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階段を駆け下り、引きずられている一心いっしんは当然のごとく頭を打っているが、もみじは気にせずに急ぐ。


彼女が動くたびに頭を打っても、一心は気を失ったままだった。


力を開放してた状態というものあったのだろうが、もし一心が絶縁者アイソレーターでなかったら確実に死んでいる(もちろんもみじはわかっていてやっているだろうが、それにしても酷い)。


もみじが一階にたどり着くと、そこでは対魔組織ディヴィジョンズのメンバーたちが戦っていた。


相手はスーツやドレスを着た黒い影のような化け物――マテリアル·バーサーカーの集団だ。


前衛には虎徹こてつしずかが立って刀や薙刀で応戦し、二人の背後からは鬼頭おにがしらとゆきが援護射撃をしているのが見える。


「まだこんなにいたのッ!?」


もみじはマテリアル·バーサーカーの数に驚きながらも集団へと突進。


掴んでいた一心の足を離し、敵の中へと突っ込んでいく。


前回り受身の要領で前転し、高く上げた足をマテリアル·バーサーカーへと叩き込みながらも、そのままの勢いで一気にディヴィジョンズのメンバーたちと合流した。


「もみじッ! 上はどうなってる!? 一心は無事かッ!?」


鬼頭が声を張り上げて訊ねると、もみじは苦い顔をしながら答えた。


目的の魔導具は取り返せなかったが、過越の祭パスオーヴァーのホロとここにいたイタリアンマフィア――カモッラを指揮していた男は捕らえた。


今は二階で拘束し、まだ戦闘中だと思い、ここへ駆けつけたと。


「すみません、鬼頭さん。作戦失敗……。私のミスです」


「お前たちが無事なら構わん。それよりも残りのマテリアル·バーサーカーを始末するぞ」


「了解!」


鬼頭の指示で虎徹と静、さらにゆきは組んでいた陣形を変化させた。


それはもみじのような絶縁者アイソレーターが戦線に参加すれば戦い方が変わるからだ。


これまで前衛に出ていた虎徹と静は下がり、当然もみじが前に出る。


鬼頭とゆきは変わらず後方からの援護になるが、それでも先ほどよりも大胆な戦闘ができるようになる。


何よりの変化はやはりもみじの持つ絶縁者アイソレーターの特殊能力――治癒の魔法だ。


即死や人体の欠損さえしなければどんな怪我も治療できる彼女の力は、現代の軍事医療では到底追いつかないほどの奇跡を起こせるため、当然それに合わせて戦闘スタイルもよりアグレッシブなものにすることができるのだ。


もみじはMMORPGでいうところの攻撃役アタッカー盾役タンク回復役ヒーラーを一人ですべてこなせる万能タイプなのもあって、もし彼女がゲームキャラクターだったら余程ひねくれた者でもない限り、使用するようなスペックを持っている。


だが、もみじに頼ってばかりではない。


対魔組織ディヴィジョンズのメンバーたちも必要な戦力だ。


鬼頭は世界的にみても数少ない対魔戦のプロフェッショナルであり、元々軍人というのもあって、現場の状況判断は彼がいるといないでは味方の生存率はかなり変わってくるだろう。


虎徹と静もまた絶縁者アイソレーターではないながらも前線を張れる貴重な人材だ。


それぞれ越前えちぜん家、三条さんじょう家と高名な神職の家系出身で、刀剣類の扱いならばもみじすら凌ぐ実力を持つ。


ゆきも負けてはいない。


現在中学生である彼女は最年少でディヴィジョンズに入隊を許された人間だ。


戦闘に関しては他のメンバーより劣るが、悪魔や魔法に造詣が深く、見たこともない魔獣や武器、さらに魔法を一目見ただけで解析できる知識を持っている。


対魔組織ディヴィジョンズのメンバーが使用している銃器の弾丸も、ゆきの魔法解析によってより強力になったことでマテリアル·バーサーカーを倒せるほどになった。


一心が入る以前から、対魔組織ディヴィジョンズの日本支部はこのメンバーでずっと戦ってきたのだ。


このチームには足手まといも役立たずもいない。


「やっぱお嬢がいるとサクサクいけるな」


「コラ、虎徹。まだ戦闘中。無駄口を叩かない」


「へいへい」


虎徹が軽口を言うとそれを静がたしなめたが、彼女の顔にも少しだけ笑みがこぼれていた。


それだけもみじが頼りになるということだ。


ディヴィジョンズのメンバーは、もみじを中心に次々とマテリアル·バーサーカーを狩っていく。


致命傷を負った魔獣らはその命が尽きると、光の粒子となって消えていった。


もみじが戦闘に参加してからわずか数分。


一階にいたマテリアル·バーサーカーはすべて駆逐され、一階と二階すべてのフロアを調べ終わると、鬼頭が皆に言う。


「作戦終了。これより撤退する」


全員が返事をする中、一心はまだ気を失っていた。


すぐ側で銃声や魔獣の咆哮が聞こえていたというのに、スヤスヤとまるで幼子のように眠ったままだった。


「こいつ、お姉さまのお役に立ったのですか?」


そんな一心のことを、ゆきは疑わしい視線でじーと見つめる。


それもしょうがない。


ゆきは一心の活躍を見ていないのだ。


もみじとしては、もし一心がいなかったら危なかったが、彼女の妹は二階で何があったのかなど知る由もない。


苦い顔をしている妹に、もみじが答える。


「ええ、一心がいなかったら悪魔を捕らえることはできなかった。役に立つ奴よ、そいつは」


「ふーん。このマヌケな顔を見てるとそうは思えませんけどね」


気持ちよさそうに眠っている一心の顔を、サブマシンガンで銃口でつつくゆき。


そんな光景を見ていたその場にいた全員が、つい笑みをこぼしてしまっていた。

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