32
バタンと白いキツネが倒れると、
ホロはまだ生きてはいるが、もう戦意はなさそうだったのもあって、もみじは彼の傍に駆け寄る。
「一心!? くッ!? これは酷い……」
身体を仰向けにして状態を確認したもみじ。
医療は専門外だが、おそらく肋骨が数本折れている。
口から血を吹き出しているところを見るに、折れた骨が肺に突き刺さっているかもしれない。
両手も同じだ。
まるで糸の切れたマリオネットのように重力に逆らうことができない状態で、ピクリとも動かない。
「早くなんとかしなきゃ命に関わる……」
もみじはホロを拘束する前に一心を治療しようとしたが、そのときに彼女たちの前に一人の男が現れた。
ストライプ柄のスーツにオールバックの髪型――イタリアンマフィアを率いていたニッコロ·ロッシだ。
ニッコロはナイフを手に、倒れているホロと一心を一瞥すると、不可解そうに近づいてくる。
「そのデカいのはホロか? お前、やられちまったのかよ?」
歩を進めながら、ニッコロの表情が次第に険しいものへと変わっていく。
その顔は、まるで親の仇でも見たかのように強張っていた。
激しく口元を歪め、両目を見開いたまま歩を進めている。
「よくもオレの
そしてついに声を荒げて、一心ともみじのもとへ駆け出してきた。
もみじは一心を床にそっと寝かすと、立ち上がって向かってくるニッコロを睨みつける。
「なに? こっちは一刻を争う状態なんだけど。邪魔するんなら殺すよ」
「やってみろよクソガキィィィッ!」
ニッコロは叫びながらナイフを突き出す。
怒りで我を忘れているようには見えない動きで、首や手首など切りつけられれば支障のある部分を正確に切り裂こうとする。
本人がイタリアンマフィア――カモッラの伝統に誇りをもっているのもあるが、ただチンピラの喧嘩を超えた技術を見せていた。
だが、それでも届かない。
もみじの体にはかすりもしない。
対魔組織ディヴィジョンズのメンバーとして――。
これまで悪魔や魔獣を相手にしてきた彼女が相手では、いくらマフィアとして百戦錬磨だったニッコロでも敵わなかった。
いくらナイフを振ろうが躱され、次第に冷静さすら欠いてくる。
「クソッ!? なんでだ!? なんで当たらねぇッ!?」
「ギャーギャーうるさい」
「がッ!?」
もみじは突いてきたナイフを持った右腕に自分の左腕を巻き込んで止め、空いている右手でニッコロの顔面に掌底打ち。
続いて鼻血を流しながら呻くニッコロの腹に左の膝蹴りを放ち、屈んだその顔へ右のエルボー·バットを叩き込んだ。
もみじの見事なコンビネーション技でニッコロはそのままダウン。
握っていたナイフも落とし、床に倒れされて完全に意識を失った。
もみじは立ち上がる様子のないニッコロを見ると、慌てて一心へと駆け寄る。
それから気を失っている一心に、彼女が持つ
暖かい光がもみじの両手から現れ、傷ついた一心の身体を癒していく。
まだ目覚めてはいないが、これで命の危険は回避できた。
「ったく、いきなり自分がやればいいとか言って飛び出すんだから……」
もみじは大きくため息をつくと、気を失っている一心を見てあることに気がついた。
まさかこいつは、自分の治癒の魔法を当てにしてあんな無謀な真似をしたのかと。
だが、すぐにそんなことはないと思い直し、ハッと鼻で笑う。
「このバカがそこまで考えているはずないよなぁ。たぶん勢いで飛び出しただけ……」
そう呟いたもみじは、一心のおでこに向かって指先を折り曲げ、親指でエネルギーを蓄えてからずらして指先をぶつけた。
いわゆるデコピンというやつだ。
ピクッと反応した一心を見たもみじは、クスリと笑みを浮かべて心の中で彼に語りかけた。
敵であるホロを友だちだと言い、
これで貸し借りなしだと。
しかし、作戦は失敗した。
魔導具はホロの転移魔法によって
それでも目的の物の奪取こそ失敗してしまっても、こちらは悪魔であるホロを捕らえることができた。
東京都庁舎への襲撃では悪魔側の
そして、沖縄でもまだ単独で行動しているところからして(
イタリアンマフィアのほうは捕えても何も知らないだろうが。
この白いキツネの悪魔からは、何かしらの重要度の高い情報が得られそうだ。
「そもそも奪われた魔導具だって、こっち側からすれば何に使うのかもわからないし……。いや、今は考えている場合じゃない。とりあえずこいつらを縛って残りの敵を倒さなきゃ」
独りで考え込んでいたもみじだったが、すぐに倒れているホロとニッコロを拘束する。
腰のポケットに入れていた100マイルテープを取り出し、ホロの大きな両腕にニッコロを挟むように巻き付けた。
さらにホロの両足にもテープを巻きつけていく。
対魔術組織ディヴィジョンズのメンバーが持つ100マイルテープには、魔力が込められているため、悪魔や魔獣、
余程魔力が高い者でもない限り引き千切ることはできない。
「これでよし。それじゃ行くか」
もみじは気を失っている一心の右足を掴むと、彼のことを引きずりながら、まだ破壊音が聞こえる一階へと向かった。
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