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ホロの言葉で一心はもちろん、もみじまで黙ってしまった。


同じとはそういうことか。


悪魔にも家族はいるのかと。


だがもみじはすぐに怒りの表情へと戻り、白いキツネに向かって言い返した。


先に仕掛けてきたのは過越の祭パスオーヴァーのほうで、人間側が反撃するのは当然だろう


戦争を始めたくせに被害者のつもりかと、乾いた時期に火をつけられた山のような勢いで声を荒げる。


「始めたほうがなに言ってんだ! 父さんは世界を守るために戦ったんだ! 同じはずない! 同じであってたまるもんか!」


「ふむ。君のいうことにも一理ある。人間のルールに当てはめるならまあわかるよ。でもそれってナンセンスじゃないかな?」


「ナンセンス?」


オウム返しをした一心と睨みつけているもみじに、ホロは話を続けた。


相手が攻撃を仕掛けてきたからといって他の生命を奪っていいのか。


生きるために殺すというなら、悪魔側にもそのルールは適用されるはずだ。


自称食物連鎖の頂点である人間は、これまであらゆる動植物、害があるといって駆逐してきた虫や細菌に至るまで多くの命を奪っている。


「それが知能がないから構わないという理由なら、悪魔であるボクらはどういう扱いになるんだろうね? やはり敵だから殺すのか? 話し合いの余地はないのか? そもそも人間同士でさえ命を奪い合ってるくせに、一方的にボクらを避難するのはおかしいくないかな~?」


実際に戦争が始まる前から人間が世界に及ぼした影響で、悪魔は生命の危機にさらされているのだとホロは静かに言った。


白いキツネの問いに、一心ももみじも答えられなかった。


一心はホロに言っていることを半分も理解できず、一方でもみじはわかっていても答えられないといった様子だった。


だが、それでももみじは口を開く。


「あんたが口から出まかせを言っているとしても、それが正しいことであったとしても、どちらでも……私たちから父さんを奪ったことは許せない!」


「もみじ、お前……」


一心はこれまでのもみじの言葉を聞いて、彼女への印象が変わり始めていた。


最初に出会ったときは、勝手に彼女が世界を守るために戦っていると思っていた。


しかしもみじの事情を知っていくうちに、彼女が悪魔への憎悪で戦場に身を投じているのだと、このときに確信した。


正直一心には、世界を守るとか鬼頭おにがしらたち大人の考えはよくわからない。


トゥルーや目の前にいるホロが自分にそうしてくれたように、もし悪魔が世界を良くしてくれるなら人間が負けたって構わないとすら思っている。


それでも今のもみじの気持ちは理解できる。


大事な人を失うのは辛いことは知っている。


ただそれは奇しくも一心の場合は、もう顔すら忘れかけている好きだった母親や虐待していた叔父ではなく、最後まで自分を案じてくれた悪魔側の人間――トゥルーだったというだけだった。


トゥルーは死の間際に一心へ、生きて幸せになってほしいと言って自害した。


自分が彼女のことを忘れることはないだろう。


たとえトゥルーの顔や声を忘れても、彼女のいってくれた言葉はずっと自分の中で生きていく。


だからこそ湿っぽくなることなく、明るく務めてきた。


これはこれから先、誰が死のうと同じだ。


死んだ人間のことを想うのはいい。


だが、それで残された者の人生が破壊されるのならそれこそ本末転倒だ。


もみじの父親のことは顔も名前も知らないが、おそらく娘たちの未来を守るために戦ったはず。


きっとトゥルーが自分に言ってくれたことと、同じことを想っていたはず。


そう思った一心は、もみじに声をかける。


「よくわかんないけど、お前の父さんは復讐なんて望んでないんじゃないか?」


「あん!? いきなりなに言いだしてんの!?」


「娘が化け物になるかもしれないのに絶縁者アイソレーターになって……戦ってほしいなんて望んでないって言ったんだよ」


「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? ともかくこいつを――ッ!」


もみじが声を張り上げたと同時に、ホロの身体が光を放ち始めた。


何かの魔法かと二人が身構えると、白いキツネはクスクスと笑いながら言う。


「時間だ。これでやっと魔導具をリーダーに送れるよ~」


勝ち誇った様子でホロは言葉を続けた。


瞬間移動の魔法は上級悪魔でも使える者が少なく、ホロの場合は絶縁者アイソレーターの魔力を媒介、または供給しないと使用できない。


それでも小さな物くらいなら、魔力を十分にためれば使えるようになると。


「いや~一時はどうなるかと思ったけど、なんとかなったね~。長い話に付き合ってくれて感謝するよ、お二人さん。君らから奪った魔導具は送らせてもらうね~」


「させるかッ!」


もみじが飛び掛かったが、時はすでに遅く、ホロは隠し持っていた水晶の瓶を掲げ、それを転移させた。


そしてもみじの攻撃を避け、天井高く飛んでいく。


宙に浮きながら二人を見下ろしているホロに向かって、一心が口を開く。


「さっきの話も、ウソだったのかよ……?」


「うん? なんのことだい?」


「お前ももみじと一緒で、戦争で家族を殺されたって話だよ! ウソなのか!? どうなんだ!?」


一心はここでもまた場違いなことを言っていた。


今は魔導具を取り返せなかったことに肩を落とす場面だが、彼はホロの話が真実なのかを気にしている。


魔導具が過越の祭パスオーヴァーのもとに渡れば世界の危機かもしれないというのに、一心にはそんなことはどうでもよさそうだった。


先ほどのもみじ以上に声を張り上げている一心に、ホロは冷たく返事をする。


「一心……。君はちょっとは自分で考えるようにしたほうがいいんじゃないか? まあ、どうせここで死んじゃうから意味ないけどね~」

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