24

――数時間後に、過越の祭パスオーヴァーの潜伏場所の突撃を控えた一心いっしんたちは、準備を終え、与えられた部屋で待機していた。


もみじとゆき姫野ひめの姉妹は、念入りにストレッチをして身体をほぐしている。


その側では虎徹こてつがソファーで体を伸ばし、しずかはいつものように本を読んでいた。


「なあ、静さん。さっきの話……」


一心が静に声をかけると、彼女は本に栞を挟んで顔を上げる。


「ああ、海へ連れていくって話だね。悪いけど、すぐには無理。この作戦が終わったら鬼頭おにがしらさんに頼むから」


「いや、そうじゃなくて! 俺だってわかってるよ。今から海に行けないことくらい!」


声を荒げた一心に静は「じゃあなに?」と言いたそうに小首を傾げていると、彼は言葉を続ける。


「あれだ、ゆきのヤツにも事情があるとかそっちの話!」


「そっちか。でもあなた、興味ないって言ってなかった?」


「別に、今暇だし……」


モジモジとしている一心を見た静は、虎徹のほうへと顔を向ける。


すると、彼は笑みを浮かべながら手を振って返した。


そんな虎徹を見てため息をついた静は、一心を連れて部屋を出た。


二人が向かったのは、建物内にあった自動販売機のあるところだ。


それは静なりの配慮で、姫野姉妹のいる前で、彼女たちの事情を話すのはよくないと思っての行動だった。


静は自動販売機でスポーツドリンクを二本買うと、一つを一心に手渡す。


「どうせならコーラがいいんだけど」


「作戦前はこれでいい。炭酸飲料なら後でいくらでも買ってあげる」


ペットボトルの蓋を開けて渋々スポーツドリンクを飲む一心。


その表情からして、彼はあまりスポーツドリンクの味が好きではないようだ。


そんな一心を見ながらスポーツドリンクを一口飲んだ静は話を始める。


「ゆきちゃんのことだったね」


「ああ、なんであいつがあんなに俺に喰ってかかって来るのか。その、なんか事情があるんだろ」


「その話になるともみじお嬢のことも話さないといけない。長くなるから要点だけまとめるけど、それでいい?」


「ああ、わかればいいよ。それに、長い話は苦手だし」


前置きを終え、一心が納得すると静は話し始めた。


もみじとゆき二人の父親は、鬼頭、フランクたちと同じくまだ対魔戦への技術がなかった頃から過越の祭パスオーヴァーと戦っていた軍人だった。


悪魔や魔獣を相手に対抗できる武器のないため、当然のことながら当時戦闘に参加した者たちはほとんど死んでいて、もみじとゆき二人の父も戦死している。


その後に、もみじは父が回収していた魔導具を見つけ、鬼頭のもとへと持っていった。


そこで偶然にも、その魔導具が悪魔と同等の力を得られるもの――人間を絶縁者アイソレーターへと変化させるものだ知る。


「だけど魔導具は一心のように魔力を持つ人間、適性がないと魔獣マテリアル·バーサーカーになってしまう……。それでもお嬢は……」


もみじは自分に魔導具の適性がないと知りながら、水晶を埋め込んだ。


結果として運よく絶縁者アイソレーターにはなれたが、軍上層部では大変な騒ぎだったようだ。


「あいつ、そんな無茶をしてたのか……」


「お嬢らしい、といえばそうだけど。もちろんゆきちゃんもお嬢に続いて自分も絶縁者アイソレーターになろうとした……」


「した……? けど、どうなったんだ?」


静はめずらしく表情を崩して答えた。


ゆきは施設から魔導具を盗み出し、自分に水晶を埋め込もうとした。


だが彼女には勇気がなく、結局は賭けにでれなかったようだ。


ゆきは泣きながら鬼頭ともみじのもとに戻り、魔導具を盗んだことを謝罪して、臆病な自分を責め続けたと言う。


「だから、適性があって絶縁者アイソレーターになれた一心に嫉妬している。かなり短くしてるけど、つまりはそういうこと」


「なんだよそれ!? 俺は悪くねぇじゃん! ったく、ガキじゃあるまいし。そんなの八つ当たりじゃねぇか」


「ゆきちゃんはまだ子供だよ。ディヴィジョンズに入るために精一杯背伸びしてきたけど。あなたやお嬢よりも幼い……。それはわかってあげて」


静になだめられた一心は、納得はいかないながらももみじとゆきの過去を聞いて思うところがあった。


自分には生まれたときから父親がいなかったが、大事な人を失う悲しみを、彼は知っていた。


そう――。


それは一心を絶縁者アイソレーターにした金髪碧眼の少女トゥルーだ。


トゥルーは一心を騙していたが、彼はその事実を知ってもまだ彼女のことが好きだった。


母親からも愛されず、叔父に虐待を受けていた少年が初めて好きになった人だ。


利用されていたとしても、固執するのもしょうがない。


「じゃあ話は終わり。そろそろ戻ろう」


声をかけられた一心は、静に向かってコクッと頷くと、黙ったまま彼女の後について部屋に戻った。


二人が部屋に戻ると、虎徹が一心に近寄り、小声で声をかけてくる。


「そんな顔するなって、お前が何かしたわけじゃないんだからさ」


「わかってるけど……。俺、一応あいつよりもお兄さんだし、口悪いくらいは我慢してやろうかなって、思って……」


虎徹は一心の返事を聞くと、彼の肩をポンッと叩いて耳元で言う。


「偉いな、お前。誰にでも思えることじゃないぞ、そういうの」


虎徹に褒められ、一心が照れくさそうに笑みを浮かべていると、もみじが皆に向かって口を開いた。


鬼頭から通信が入り、これから国際通りへと向かうと。

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