15

――東京都庁舎襲撃から数日後。


捕らわれた一心は、とある施設に隔離されていた。


狭く真っ白な部屋で魔力を無力化する拘束具をつけられた状態で、身動き一つできない。


そんな一心の前に、二人の人物が立っていた。


一人は顔に深い傷の入った屈強な男と、もう一人は一心を倒した絶縁者アイソレーター――髪の短い少女だ。


「あれから食事も受け付けんか……」


男がそう呟くと、少女がコクッと頷いた。


それから二人は何やら話していたが、一心の耳には入って来なかった。


彼はもうすべてがどうでもよくなっていた。


トゥルーから告白された真実と、何よりも目の前で彼女が自害したことで、何も考えられない状態になっている。


目の前で会話を続けている二人に、一心は言う。


「殺せよ……。さっさと殺せ……」


呟くようにそう言った一心。


それは彼がこの場所に連れて来られてから、初めて口にした言葉だった。


そんな自暴自棄な態度を見た髪の短い少女は、激しく顔を歪ませ、一心の下顎を掴む。


「ふざけたこと言ってじゃないわよ」


「なら拷問でもなんでもすればいいだろ……。こんなところにいつまで閉じ込めておくつもりだよ」


一心は彼女に乱暴に扱われても、けして怯まなかった。


むしろ挑発するような言い方で返事をし、どうして何もしないのだとさらに煽った。


少女は掴んでいた手に力を込め、虚ろな目をした一心を睨みつける。


「あんたにはわかんないの?」


「なにがだよ……」


「あのトゥルーって子が、どうしてあんなことを言ったのかよ!」


突然声を張り上げ、一心に喰って掛かった少女。


だが、一心はどうでもよさそうに見つめ返しているだけだった。


それでも少女は言葉を続ける。


「あんたが騙されていたって私たちに知らせるためでしょ!? 何も知らないから見逃してやってほしいってことでしょ!?」


少女はトゥルーが自害する前に、何故一心に真実を語ったのかを話し始めた。


一心は過越の祭パスオーヴァーの正式なメンバーではない。


彼女はそれを証明するために、わざわざ敵がいる前であんな話をしたのだと、激しく睨みつけながら声を荒げる。


「そんなこともわかんないわけ!? あの子はね、あんたに死んでほしくないから――」


「お前なんかに何がわかるんだよ!?」


これまで死人のようだった一心は、少女の話を遮って叫び返した。


その目に涙を浮かべて、傷ついた獣のような勢いで大声を出し始める。


「俺はやっと見つけてもらえたと思ったんだ!」


これまで生きているだけで苦しかった。


母親には愛されなかったが、たとえ地獄のような生活でも我慢していた――いや、できた。


それは自分が母を愛していたからだ。


だが母は死に、唯一の拠り所を奪われ、さらなる地獄へと落とされた。


愛する者を失い、叔父に虐待される日々。


それから救われて、ようやく希望を得られたと思ったのに、それはニセモノだった。


「全部ウソだったんだ……。俺はトゥルーが好きだったのに……。彼女のためなら死んだってよかった……。もう無理……。早く殺してくれよ!」


「ふざけんなバカッ!」


少女は一心の胸倉を掴んで思いっきり引っ張った。


そして、今にも噛みつきそうな勢いで大声を出す。


「不幸だったから、裏切られたから暴れて、はい死にますで済むと思ってんのあんた!? どんだけ自分勝手なんだよ!」


少女のあまりの気迫に、一心は怯んでしまっていた。


叔父にあれだけ殴られて凄まれても、すべて受け流せていたというのに、今は全身が恐怖で凍り付いてしまっている。


「どうせ何も知らないあんたを拷問しても意味はない。それとあんたを殺さないのはね。私たちに協力してもらうためよ」


少女は声に怒気を含みながら話を始めた。


現在、世界で確認されている絶縁者アイソレーターは数十人。


魔力が高い人間は希少である。


それは、世界で暗躍する悪魔の組織――過越の祭パスオーヴァーと戦える者がごくわずかということに他ならない。


さらにイチから特殊部隊兵士を鍛える時間と費用を考えると、絶縁者アイソレーターは人間側にとって貴重な戦力なのだ。


「あんたにはうちに入ってもらう。対魔組織ディヴィジョンズね」


「俺を……仲間に入れるつもりか……?」


「あんただって過越の祭パスオーヴァーの連中に一泡吹かせてやりたいでしょ? だったら協力しなさい。これで説明は終わり」


少女は一方的にまくし立てると、男を置いて部屋を出て行ってしまった。


一心は突然のことに放心状態になってしまい、ただ出て行く彼女の背中を見つめているだけだった。


上手く考えがまとまらない。


だが一心は、少女にそれほど悪い印象を受けなかった。


それは、彼女の荒っぽい言葉には嘘がないと思えたからだ。


絶縁者アイソレーターとして、お前にはまだ使い道がある。


自分を騙した相手に仕返ししてやればいい。


飾り気のない少女の言葉は、一心自身にもよくわからなかったが、何故か心地よく響いた。


「すまんな。あれでもお前を励ましてるつもりなんだよ」


少女が出て行くと、先ほどから黙っていた屈強な男が口を開いた。

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