14

髪の短い少女の挑発に苛立ち、一心いっしんはすぐに立ち上がった。


そして、彼女を睨みつけながら考える。


打撃中心の相手と戦うときは、まず相手の距離ではディフェンスに徹し、自分の距離で圧倒する。


トゥルーに教わったことだ。


一心は身を固めながらジリジリと少女との距離を詰める。


「意地でも掴もうっていうのにね。わかりやすい奴。なら、こっちはただ打つだけよ」


髪の短い少女が呟くようにそう言うと、そこから彼女の猛攻が始まった。


足技も交ぜた凄まじい連打の嵐は、一心と対峙する前に彼女が捨てたサブマシンガンの攻撃よりも激しい。


(タックルが決まらなくてもなんでもいい! とにかく掴んじまえばッ!)


一心は両手のガードを弾かれ、顔面に数発食らってもただひたすら前へと出た。


すると連打に疲れたのか、髪の短い少女の手が止まる。


ここが勝負どころだと、一心はこれまでスローだった動きを速め、一気に少女の懐へと飛び込んだ。


屈んだ状態で両手に腰を回し、ついに彼女を掴むことに成功する。


「よし! こっからは俺のッ!」


絞め技、または寝技に入れば勝てる。


一心は自分の勝利を確信したが――。


「誘ってたのも気がつかないなんて……。経験が足りないわね、あんた」


「何を言ってやが――がッ!?」


次の瞬間、一心の後頭部に衝撃が走り、彼は意識を失った。


タックルに対して最も有効でありながらも、総合格闘技の試合では禁止されている技がある。


それは後頭部への肘打ちだ。


低い姿勢で飛び込んでくるタックルは、どうしても掴んだ瞬間に後頭部が無防備になるのだ。


当然これは格闘技の試合ではない。


そのことは一心にもわかっていたことだった。


だが彼は自分の技を過信した。


掴んでしまえば勝てると思い込んでいた。


その結果、少女に敗れたのだった。


それから髪の短い少女は、気を失っている一心の身体を拘束。


身に付けていたベストのポケットから100マイルテープを出し、両手と両足にグルグルに巻き付ける。


「払っただけなのに……。こっちのペースに引き込まなかったら危なかったわね」


拘束を終えると、少女は一心の攻撃を払った腕がまだ痺れてることに気が付いた。


もし一心が向きになって立ち技で応戦して来ていたら。


負けはしなかったにしても、これほど楽に倒せなかっただろうと、少女は思わず息を飲んでいた。


「あんたがバカで助かったわ」


少女は意識のない一心にそう呟くと、彼の体を引きずって、地下通路を歩き出した。


その後――。


一心がぼんやりとした意識から目を覚ますと、目の前には倒れているトゥルーの姿があった。


周囲には髪の短い少女と同じ格好した男女が複数いることから、トゥルーも一心と同じく捕らえられたということがわかる。


ホロの姿がその場になかったところを見るに逃げたのか、またはまだ追いかけられているか、どちらかだろうと思われる。


「トゥルー……」


倒れているトゥルーの両手両足は粉々に砕かれていた。


元々は魔力の込められた義肢だ。


脅威と思われて破壊されたのだろう。


だが何よりも一心を泣かせたのは、傷ついたトゥルーの姿だった。


手足のない姿はただでさえ凄惨で、そのうえ体には銃弾を受けた痕、さらには彼女のまだ幼さが残る顔にも、いくつもの深い切り傷が刻まれている。


「ごめん、ごめんよぉ……。俺、君を守れなかった……」


泣きながら謝り出した一心。


そんな一心に、トゥルーはいつも彼に見せていた優しい笑みを返す。


「いいのよ、一心。あなたはよくやってくれた……。目的の物は手に入れられたんだもの……」


「でも! それでも俺はッ!」


「あなたに言っておかなきゃいけないことがあるの」


トゥルーは声を張り上げた一心の言葉を遮ると、彼に告白し始めた。


今から約十年前――。


ホロが日本へ来たときに、偶然魔力の高い少年を見つけた。


育児放棄を受けていたその少年を、さらに精神的に追い詰めておけば、自分たちの仲間――過越の祭パスオーヴァーに引き入れるのが容易だと判断した。


そのため一心の母親に事故を起こさせ、アルコール依存症であった叔父の家に行くように仕向けたと、トゥルーは今にも消え去りそうな声で話し続ける。


「すでに絶縁者アイソレーターになるには十分だったけど……。ワタシたちは……あなたをさらに酷い目に遭わせることで……魔導具の適性を強いものにしたの……」


「な、なにを言っているんだ……?」


「本当にごめんなさい……。でもね……。絶縁者アイソレーターになれば、すべて終わった後に……幸せになれるの……。これだけは信じて、あなたは生きて……」


「トゥルーッ!?」


一心は両手両足を拘束された状態で、トゥルーの身体に飛びついた。


四肢のないその身体にすがりながら、彼女の顔に自分の顔をこすりつける。


「ウソだろ!? 最初から俺を絶縁者アイソレーターにするためだったからなんてッ! そんなの……ウソだって言ってくれッ!」


「ワタシのことはもう忘れて……どんなことをしても幸せになってね、一心……」


泣きながらすがりつく一心に、トゥルーは安堵の笑みを返した。


すると、彼女は絶縁者アイソレーターとしての能力を発動。


その全身を青い炎が包み込んだ。


「くッ!? 自爆するつもり!?」


「早くそいつを引き離せ!」


周囲にいた隊員たちが、燃え盛るトゥルーの身体から一心を離れさせた。


だが、一心は暴れる芋虫のように体を振って激しく抵抗する。


「離せ、離せよ! トゥルーが! トゥルーがッ!」


一心の抵抗も叫びも虚しく、彼はトゥルーから引き離され、彼女は骨ごと灰に変わってしまった。


その鮮やかな青い炎と、灰が舞う光景を見て一心は言葉を無くし、さらには真相と彼女の死を目の当たりにしたことで放心状態になった。

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