13

――高笑いながら一心いっしんが暴れ回っている頃。


トゥルーとホロも地下通路を進んでいた。


途中で転がっている人間たちの姿を見て、ホロが苦い顔をしている。


「あいつ……。必ず殺せって言ったのにまだ生きてるじゃないか……」


「何をしているのホロ。急ぐわよ」


「はいは〜い。ったく、これだから人間は嫌いだよ」


「さっきから何をブツブツ言ってるの? 一心は勝手に飛び出していっちゃうし。もしかしてあなた、ワタシの知らないとこであの子に何か言ったんじゃないでしょうね?」


「さあね~。でもよくあることだよ。これまでずっと虐げられていた人間が急に力を手に入れると、自分勝手に暴れ出すなんてことはさ~」


「一心はそんな子じゃないわ……」


「そうかい? ボクにはそんなふうに見えないけどね〜。昨日のカフェでの騒ぎだってそうさ。弱かった人間が力を手に入れると口が悪くなるし、暴力的になるんだよ。それはみんな一緒で、年齢も性別も関係なく、人間ってのはそういうものなのさ~」


呆れながら言ったホロに、トゥルーは何も言い返さなかった。


宙を飛び上がり、走り出した彼女の肩に乗った白いキツネは言葉を続ける。


「ま、トゥルーはそんなことなかったけどね〜。だから君はリーダーのお気に入りなのさ~」


「……今はそんなこと話している場合じゃないわ。ここは敵地なのよホロ。もうちょっと集中して」


「了解。君の言う通りだ。どうやら外で戦ってるマテリアル·バーサーカーもやられちゃったみたいだし、時間はもう残り少なそうだからね~」


深く被っていたフードを取り、トゥルーは走る速度を上げた。


彼女とホロが走る地下通路の奥からは、けたたましい銃撃の音と少年の笑い声、そして大人たちの悲鳴が聞こえてきていた。


(一心……。あなたは違うよね……。そんな人じゃないよね……)


トゥルーは聞こえてくる音から逃げ出すように、狭い廊下を駆けていった。


――その頃、暴れ回っていた一心の前に、新たな隊員たちが現れていた。


一人は髪の短い彼と同じくらいの年齢の少女と、若い成人の男女二人だ。


「なんだよ? まだいたのか? どうせ雑魚だろ」


一心は掴んでいた隊員を投げ捨てると、現れた隊員たちのほうへ身体を向ける。


すると、髪の短い少女がサブマシンガンを捨てて、ゆっくりと向かって来た。


「二人は先に行って。こいつは私がやる」


髪の短い少女がそう言うと、男女二人は走り出した。


その様子を見ていた一心は、ふざけたことを言うと口にして自分の横を通り抜けようとする男女へ飛び掛かったが、突然素早く動いた少女に蹴り飛ばされてしまった。


「ぐッ!? テメェ……」


「あんたの相手は私よ」


髪の短い少女はファイティングポーズを取り、一心の前に立ちはだかる。


一心はすぐに理解した。


いや、感じたと言ったほうが正しい。


この少女が自分と同じ絶縁者アイソレーターだということに。


「ふん、ようやく歯応えのあるヤツが出てきたじゃねぇか。こっちも雑魚ばっかで退屈してきたとこだ。ちょっとは楽しませろよ、男女ッ!」


一心は飛び掛かりながら考える。


たしかに動きは速かったが、軽い蹴りだった。


ダメージはほとんどない。


それにトゥルーが言っていた。


近接戦闘に関しては、彼女でさえ自分には敵わないと。


自分は取っ組み合いなら最強なのだと、体当たりを仕掛けようとする。


「同じ絶縁者アイソレーターってつっても実力に差があるんだよ! そいつを教えてやる!」


姿勢を低くし、鋭い槍を突き出したような両足タックル。


自分よりも腕力のあるマテリアル·バーサーカーすらも倒した一心の得意技だ。


このまま組んでその首をへし折ってやると、一心は自分の勝利を確信したが――。


「ええ、そうね。あんたと私じゃ実力に差がある。いえ、あり過ぎると言ったほうがいいわ」


少女はギリギリで一心のタックルを躱し、横に回って蹴りを放った。


低い姿勢で飛び込んできた一心の顔面に、彼女のローキックがめり込む。


「こんなもんで止まるかよ!」


「でしょうね。こっちも止まるつもりはない」


鼻血を流しながら再び飛び掛かった一心だったが、少女は掌底で顎を打ち、そこから左右と拳を振り分けて攻撃を続けた。


それから一心の注意が顔面に向いたところを、がら空きになったボディに膝蹴りを叩き込む。


「ぐはッ!?」


一心は腹部への膝蹴りで下がらされた。


互いに距離ができると、髪の短い少女がファイティングポーズを取りながら口を開く。


「レスリングと柔道でしょ」


「……な?」


「わかるのよ。あんたの筋肉の動きで、手つき目つきでね。あんたって声もデカいけど、体もやかましいほど語ってるわ」


一心は冷静に対峙してみてわかった。


少女の強さを、先ほどの一瞬の攻防で理解した。


この少女は自分よりも強いと。


そして思い出していた。


叔父の暴力に震える過去の自分を。


「お、俺は強くなったんだ! テメェなんかに負けるかよッ!」


「あんたは強くなんかない。その証拠に、これからあんたは私に負ける。好き勝手に暴れた代償を払ってもらう」


「うるせぇんだよ! 男女ぁぁぁッ!」


再び一心から仕掛ける。


拳を打ち抜き、そのまま少女を掴もうとする。


だが読まれている。


一心には少女を掴むことができない。


左腕で払われ、反対に右のボディブローから顔に左の正拳突きを喰らわされてしまった。


「ぐッ!? クソったれがぁぁぁッ!」


今の攻撃で一心はダウン。


髪の短い少女はファイティングポーズを崩し、一心を見下ろしながら言う。


「まだ始まったばかりよ。さっさと立ちなさい」

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