08
騒ぎを聞きつけた店員が割って入ろうとするが、
店内がさらにざわつき始めると、そこへ外のテラス席にいたはずのトゥルーとホロが現れた。
トゥルーは慌てて一心を羽交い絞めにして、若作りしている男から引き離す。
「ちょっと一心! 落ち着いてよ!」
「トゥルー? だけどこいつがよッ!」
だが、トゥルーが止めても一心は収まらなかった。
余程頭に血がのぼっているのか。
いつもなら彼女の言うことを素直に聞くというのに、何を言われても怒りが収まらないようだ。
周囲の光景を見回したホロは、一心をなんとか抑えているトゥルーの肩に飛び乗って耳打ちする。
「不味いよ、トゥルー。こんなところで騒ぎを起こしたりなんかしたら、明日の作戦に影響ができちゃうかもしれない」
「わかってるわ……。一心、お願いだから静かにして!」
トゥルーが何を言おうが、それでも暴れる一心。
店員たちも集まってきており、今警察を呼んだと言ってきているのもあって、トゥルーとホロが焦っていると――。
「あんたがそいつの保護者か? ったく、これだからDQNは困るんだよ。暴力に訴えれば自分の思い通りになると思ってやがる」
若作りしている男がそう言った。
男は警察を呼んだということと、一心から引き離されて恐怖が薄れたのだろう。
先ほど同じテーブルについていた気の弱そうな男に向かって何か言っていたような態度――高圧的な物言いで吐き捨てる。
「さっさと消えろよ。身内の不始末に謝りもしないで、フードなんか被ったままで顔すら見せないなんて保護者として最悪だな」
若作りしている男の言葉が、怒鳴りつつもこれまで手は出さなかった一心の
その身体と顔には、刺青のような模様が現れていく。
それは、一心が
彼を羽交い絞めしていたトゥルーは、当然その圧倒的な力に振り払われてしまう。
「テメェ……トゥルーまでバカにしたなッ!」
「一心ダメッ!」
トゥルーの言葉も虚しく、一心は男の顔面を殴り飛ばした。
魔導具で身体能力向上した拳で殴られた男は、座ったままの態勢から店の壁まで吹き飛んでいく。
店員たちが一斉に一心を止めようと飛び掛かったが、いくら大人の男が数人掛かりでも、普通の人間では
まるで風で飛んできた紙きれでも払うように、いとも簡単に倒されてしまう。
「テメェが何もんなのかなんてこれっぽっちも興味なんてねぇが、何か偉そうになれる立場にでもいるんだろうな。調子に乗ってんな、テメェ!」
一心は、背中から壁に叩きつけられたせいで、呼吸が苦しくなっている男の頭を摘み上げる。
吊り上げられた男は、両足をブラブラと揺らしながら悲鳴をあげる。
「助けてくれ! 誰かこいつを止めろよッ!」
「誰もテメェなんて助けねぇよ。きっと普段の行いが悪いせいだろうな。テメェがさっきまで一緒にメシ食ってた連中はビビッて逃げちまったぞ」
一心はゆっくりと男の頭を掴んでいた手に力を込めていく。
頭蓋骨が軋む音が鳴り出すと割れた皮膚から血が噴き出し始め、男はあまりの痛みに泣き喚いていた。
小便を漏らし、清潔だったカフェの床が血と尿で汚れていく。
そんな男の悲痛な叫びを無視して、一心は言う。
「俺は違う。テメェみてぇに誰かに偉そうになんてぜってぇしねぇし。もしトゥルーとホロが襲われていたら、たとえ勝てねぇ相手でも逃げないで戦う」
「わかった! わかったから! 俺が悪かったッ! もう二度と偉そうになんてしないから許してくれぇぇぇッ!」
「許さねぇよ、バーカ。人を無意味に傷つけるような奴は死ね」
「やめてぇぇぇッ!」
このまま男の頭が握りつぶされるかと思われたが、その寸前で一心の動きが止まった。
その理由は、店内が一面火の海になっていたからだった。
それは、トゥルーの
「一心、もういいでしょ。早くこの場から去ろう。急がないと警察が来るわ」
トゥルーが穏やかな声で一心を諭したとき、店内にはすでに人はいなかった。
突然燃え始めたため、客も店員に逃げ出した後だった。
「トゥルー……。だけど、こいつは君のことまでバカにしたんだ。許せるもんか」
「ありがとう。でも、もう十分よ。これ以上ここで暴れると、明日の作戦に支障が出てしまうから」
「えッ!? そいつはヤバいな……。君に迷惑がかかっちゃうもんな……」
一心は掴んでいた男の頭を放すと、トゥルーと共に店を出た。
燃え盛っていた店内の炎は、トゥルーがコントロールしているのか、彼女の意思によって一瞬で消えた。
真っ黒になったカフェの外観を見て一心は思う。
先ほどまで天国だと思っていた場所が、いきなり地獄になってしまった。
自分のせいではあることはわかっているが、先ほど殺そうとした男のような人間がいる限り、この光景は虐げられている者たちの心の中に広がっていくのだと。
「ああ~やっちゃね、一心。ボクは別に人間がいくら死んでも構わないけど、あまりトゥルーに迷惑をかけちゃダメだよ~」
ホロがいつもの調子で一心に声をかけると、彼は申し訳なさそうに俯いた。
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