06

――陽が昇り、泊っていたホテルから外へと出た一心いっしんたちは、明日の作戦まで英気を養おうと東京観光することにする。


トゥルーにどこへ行きたいかを訊ねられた一心だったが、これまでの十数年間で一度も遊びに出かけたことなどなかったため、美味しいものが食べられればどこでもいいとすべてを任せた。


彼女が選んだのは神楽坂。


どうやらトゥルーは、この日本の昔ながらの文化を残しながらもヨーロッパを彷彿とさせる街並みが気に入っているようだ。


以前にも、別の作戦で来たこともあるらしい。


「今日は時間を忘れてブラブラしよう」


いつも笑顔だが、めずらしくはしゃいだ様子のトゥルーを見た一心は、彼女にもこんな子供っぽい一面があることに驚いていた。


そして思う。


いつも深く被っているフードを取って素顔を見せてくれたとき、トゥルーはとても幼い顔をしていた。


はっきりと本人から聞いたわけではないが、その大人びた考え方をしていても彼女は自分よりも年下なのだと、一心は改めて思う。


(きっとトゥルーがいたとこは、この子を子供でいさせてくれなかったんだ……。そりゃそうだよな。奴隷に歳なんて関係ないし……)


「ほら一心! 早く早くぅッ! あんまり遅いと置いてっちゃうよ!」


トゥルーの生い立ちを思い出すと胸が痛む。


だが一心は、これから幸せになればいいと考え、俯いていた顔をあげる。


トゥルーが言ってくれたように、自分たちの人生はこれからだ。


過去なんて忘れるくらい毎日笑って、ずっと彼女と過ごすのだと、一心はホロを抱いて先を歩いて行くトゥルーの後を追いかけた。


神楽坂といえば有名なのは、自動車などの進行方向が午前と午後で変わる逆転一方通行である。


午前は坂上から坂下へ、午後は坂下から坂上へと変わるあまりない道がある。


さらにメイン通りから無数の路地があるのが神楽坂の特徴だ。


一歩中に入るとそこには石畳の敷かれた路地が続き閑静な雰囲気が見え、路地には昔ながらの風情ある風景はもちろん、小さな雑貨店やレストラン、さらにはカフェなど並んでいる。


散歩しながらお気に入りの場所を探してるだけで、あっという間に時間は過ぎていく。


「そろそろ腹が減ったなぁ」


「じゃあ、お昼にしようか。何を食べたい?」


「ホテルの朝めしはショボかったから、なんか豪華な感じのヤツ食いたい」


トゥルーの訊ねられた一心は、ずいぶんとアバウトな言い方をした。


そんな彼に、怪訝そうな目をしたホロが言う。


「豪華ってなんだよ……。君は高級料理のフルコースでも食べたいのかい?」


「いや、そういうなんかドレスコードってヤツがある店じゃなくてさぁ。なんかこうガッツリ食えて、なんか特別な気分になるっていうかぁ」


「今の言葉の中に“なんか”が三つも入ってたよ。一心にとって“なんか”は便利な言葉なんだね〜。ボクはなんかなんてバカっぽいからあまり使わないけどさ~」


「おい、ホロ! ケンカ売ってんのかお前!」


「別に〜。ただ使い勝手がいい言葉だな~って思ってね~」


一心がホロの言い方に声を荒げると、白いキツネはさらに彼を挑発。


このまま揉め事になりそうだったが、トゥルーが二人の間に入る。


「二人ともケンカダメだって。それよりもお昼よ、お昼」


トゥルーはそう言うと、ニコッと微笑みながら言葉を続ける。


「ちょっと歩くけど、行ってみたいカフェがあるの。そこのお店なら一心のいう豪華ってのもクリアできると思うわ」


それから一心たちは、トゥルーのいうカフェに行くために飯田橋駅のほうまで歩いた。


目的地である店に辿り着くと、すでにトゥルーが電話で予約を入れていたのもあって、店員にテラス席へと案内される。


「ちょっとトゥルー。ボクも入って大丈夫なのかい? 人間から見たらボクはただの動物なんだよ」


トゥルーに抱かれながら小声で訊ねてきたホロに、彼女は心配ないと答えた。


どうやらトゥルーは、ホロのことも考えてか、ペット同伴可の店を選んだようだ。


「これってコンロだろ。まさか自分たちで焼くのか?」


「そうよ、バーベキューよ! みんなで盛り上がっちゃいましょう!」


都心にありながら、その解放された空の下に華やかに咲き立つ桜並木。


限りあるその美しき姿をより楽しむためか、このカフェではデッキサイドにある桜並木のすぐ下で本格的なイタリアンスタイルのBBQパーティができるようになっていた。


一心はデッキサイドメニューから何を頼もうか選ぶが、ピザはおろかパスタすら食べたことのない彼には、どれが美味しいかわからなかった。


もちろんホロは人間の食べ物に興味はなく、バーベキューの食材以外のものはトゥルーが選ぶことに。


「じゃあ、マルゲリータとフォルマッジ。サラダはバーベキューセットについてくるからいらないか。一心とホロもドリンクはオレンジジュースでいいよね?」


「ああ、トゥルーの頼むもんはぜんぶ美味いし」


「ボクはなんでもいいから、それでいいよ」


一心とホロの返事を聞いたトゥルーは店員を呼んで注文すると、それと同時にバーベキューの食材が運ばれてきた。


店員がコンロに火を入れた後はセルフサービスだと言い、丁寧な物腰でその場を去っていく。


「俺、バーベキューって初めてだ」


「実はワタシも! さあ焼こう! もちろん野菜も肉もバランスよくね!」


一心は経験のないバーベキューに戸惑いながらも、嬉しそうに食材を焼いていくトゥルーを見てつい笑みがこぼれてしまう。


街を目的もなく歩き、意味もなくそこで見たことについて言葉を交わす。


そして、彼女と一緒に食事を取る。


今日みたいな日がこれからも続けばいいなと、一心は笑顔のトゥルーを見ながらそう思った。

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