05
――再び歩けるようになってから数日後。
城ヶ島は、神奈川県三浦半島の南端に位置する島。
周囲長約4km、面積0.99km2で、神奈川県最大の自然島である。
島にある岬の一つである安房ヶ崎は、神奈川県の最南端でもある。
この島にはその名の通り自然がそのまま残されており、人工物とは縁の無い世界だ。
自動車も近づけないため、船の航行音以外に人工音は聞こえないのもあって、人目を気にせずにすむ場所であった。
一応、東西の岬を結ぶハイキングコースが整備されているが、少し外れればまるで無人島にでも来たかのような光景が広がっている。
「それじゃ始めるよ〜。準備はいいかい?」
ホロが波打ち際に立っている一心に声をかけると、彼はコクッと頷き返した。
すると、一心の胸に埋め込まれた水晶が輝きはじめ、次第に彼の全身、顔までまるで刺青のような模様が浮かび上がっていく。
身体に現れた模様は、
この状態に変身すると身体能力を飛躍的に高めることができ、水晶(ルーン文字が刻まれている魔導具)の持つ魔力で超常的な現象を発現させることができる。
「もう完全に魔導具をコントロールできているみたいね」
「じゃあ、次は性能のテストだ。マテリアル·バーサーカーを出すよ」
トゥルーが感心していると、ホロが何もない空間から魔法陣を開いた。
そこから現れたのは、デフォルメされた布でできた巨大な人形だった。
着物姿で両目はボタン。
口は糸で縫ったような感じの仕上がりだ。
マテリアル·バーサーカーは、トゥルーやホロが所属する組織が使役する使い魔だ。
その姿は様々だが、主に貴金属や子供が喜ぶようなオモチャの容姿をしているものが多い。
「ほら、ボケっとしてないで戦闘態勢に入りな」
ホロがそう言うと、現れた人形タイプのマテリアル·バーサーカーが一心へと向かってきた。
いつの間にか握られていたノコギリを構え、一心の身体を刻もうと飛び掛かってくる。
一心は刃を避けて、その顔面に左ジャブ。
それでも止まることなく向かって来るマテリアル·バーサーカーのノコギリを躱しながらエルボー――右の肘打ちを叩き込んだ。
これにはさすがに怯んだ布人形と距離を取り、そこからさらに上段回し蹴りを放った。
マテリアル·バーサーカーの首があり得ない方向に曲がると、一心はここが勝機とばかりに掴みかかり、背後を取ってその曲がった首をスリーパーホールド。
絞め落とすのではなく、その首をもぎ取ってみせた。
「ほんの数日であの戦いっぷり。いやはや、これはとんでもない拾い物だったかもしれないね〜。まあ、勉強のほうはからっきしだけどさ~」
「一心はやっぱり身体を動かすほうが好きみたい。いや、違うわね……。これまでずっと思い通りに動けなかったんだもん。きっと自由に動けるのが、楽しくてしょうがないんだと思う。ワタシにもわかるわ、その気持ち」
「ふーん、そんなもんかね〜。ま、ボクとしてはもうちょっと一心が頭が良くなってくれれば、複雑な作戦が立てられるんだけど、それは時間的に難しそうだ」
ホロとトゥルーがそんな会話をしていると、一心が二人に駆け寄って来る。
もぎ取ったマテリアル·バーサーカーの首を掲げながら、実に誇らしそうだ。
「どうだ、見たか俺の実力! これならいつでも戦えるだろ」
「うん。武器なしの近接戦闘ならもうワタシよりも強いかもね、一心は」
「だろ! 俺は最強になったんだ! これからは俺がトゥルーを守るよ!」
嬉しそうに歯を見せる一心を見たホロは、「はぁ」と大きくため息をつくと、彼の頭上に飛び上がって言う。
「調子に乗るのは構わないけど、もうちょっと勉強のほうも頑張ってもらいたいもんだね」
「なんだよホロ。俺はもうかけ算だってわり算だって覚えたぞ。漢字だってよっぽど変なのじゃなきゃ読めるし」
「だったらランチェスターの法則について説明してみてよ」
「ぐッ!? それは……まだ無理だけど……」
「だろうね。いくらトゥルーの教え方が上手いからって数日じゃこんなもんだ。でもまあ、プランB出行くことにしたから、君がバカのままでも問題はないよ」
「お前って、いちいちムカつく言い方するよな……。俺だって頑張ってるのによぉ……」
「だって事実じゃ〜ん。それは紛れもないことなんだから認めなよ~。それじゃ明後日には作戦を決行するから、今から休息といこうか」
「マジか!? じゃあ俺、なんか美味いもん食いたい!」
「本当に単純だな〜、一心は。さっきまで怒ってたくせに、もう機嫌が直っちゃってるよ~」
「うるせぇぞホロッ!」
声を張り上げてホロに掴みかかった一心。
そんな彼のことを、ホロはからかうように宙を飛んで逃げていく。
その光景は、まるで十代の友人同士のやり取りのようだ。
そんな一心とホロの追いかけっこを楽しそうに見ているトゥルー。
出会った頃とは違い、すっかり明るくなった一心の姿に、彼女は喜んでいるようだった。
「二人とも、いつまでケンカしてるの。早く美味しいもので食べに行きましょう」
「そうだな。トゥルーの言う通りだ」
トゥルーに声をかけられると、一心は先ほどと同じようにすぐに機嫌が良くなった。
ホロはそんな彼に向かって呆れた様子で言う。
「まったく、トゥルーの言うことは素直に聞くんだから」
「そんなの当たり前だろ。説明するまでもない」
「はいはい、わかってます。よ~くわかってますよ~」
それから一心たちは城ヶ島を出て、明後日の作戦を行う場所である都内へと向かった。
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