04
――その日の夜に、
物心ついてから初めての経験だ。
叔父がいなくなったことで警察が動くとか、自分が消えたことで疑われるとかは考えなかった。
「おはよう。一心」
「おはよ〜う! いやはやよく眠ってたね〜。もうお昼になっちゃてるよ」
一心が目を覚ますと、目の前にはトレーニングウェア姿の女と白いキツネがいた。
トゥルーとホロだ。
昨夜のことが夢ではなかったとホッと胸を撫で下ろした一心に、ホロが声をかける。
「さあ、もう魔導具は君の身体に埋め込んだから、早速歩いてみるといいよ」
「えッ? 俺が寝てる間にやっちゃったの?」
「そうそう。てっきり朝起きるかと思ったんだけど、ずっと寝てるからさ~。起こそうとしたらトゥルーに止められるし。ボクとしては少しでも時間が惜しかったからね」
そう言われて戸惑う一心。
どうやら眠っている間に、
だが、特に変わった様子はない。
自分の手を動かしている一心を見たホロは、やれやれと言いたそうな顔で彼に近づく。
「ほらほら、そんなことしなくても立ち上がってみればわかるよ~」
宙をスイスイ飛びながら、一心の頭の上に乗った白いキツネはベットから体を起こすように急かした。
不安だった一心は、そのまま怯えた目でトゥルーのほうを見る。
「大丈夫だよ。あなたの胸には魔導具がつけられてるから」
微笑むトゥルーの言葉から、一心は着ていた服を引っ張って自分の胸を覗き込んだ。
胸の真ん中辺りには、ルーン文字が刻まれた水晶が埋め込まれている。
サイズ的には野球で使うボールほどか。
一心は恐る恐るそれに触れると、しびれを切らしたホロが声を荒げた。
「いつまで自分の身体をジロジロ見てんだい!? 早く立ってみなって!」
「わ、わかった……」
ビクッと身を震わせながらも、一心はベットから立ち上がろうとしてみるが、上手くいかなかった。
長い車椅子の生活が、彼から自分の足で立つということを忘れさせていたのだ。
その様子をイライラしながら見ていたホロ。
一方でトゥルーは一心に向かって手を伸ばす。
「一心、ワタシに掴まって」
「あ、ああ……」
差し出された手を掴み、一心はベットから立ち上がった。
そしてゆっくりと歩を動かし、問題なく足が動かせることに気がつく。
驚きながら無言で見つめてくる一心に、トゥルーは微笑み返す。
車椅子生活が一生続くと告げられていた下半身麻痺が治るという事例は度々起きているが、その多くが脊椎の周りに電子機器を埋め込み、脳から脚への信号を増幅するというものだ。
機器はさらに、損傷を受けた脊髄内の神経の修復を助けるという。
この副産物によって、究極的には一部の麻痺患者が自分の力で患部を動かせるようになるのではと期待されている。
だが基本的に再び歩けるようになる理由は、医学では説明できないのが現状だ。
先にあげたようなもっともらしい説明はできても、一度動く機能を失った足がまた動かせるようになるというのは奇跡なのだ。
現代の医学では治すことが不可能だと医者から言われていた一心の足だったが、魔導具を使えばそれも容易い。
「トゥルー! 俺、歩ける! 自分の足で歩けているよ!」
「だから最初からそう言っただろ。そんな大げさに喜ぶなって」
ホロが苦い顔をしてそう言うと、トゥルーがそんな白いキツネの頭をポカッと叩いた。
そんな二人を見た一心は笑みを浮かべると、トゥルーから手を離して狭い部屋を歩き始める。
理由もなくその場を跳ね回り、まるで遊園地に来た子供のようだった。
ホロはそんな一心の姿を呆れながら見ている。
「まったく、こっちははしゃいでる時間も惜しいってのに……」
「あなたにはわからないよね。もうダメだと思っていたことがまたできることの嬉しさなんて」
「あ〜わからないね〜。どうせボクは悪魔だから、人間の気持ちはわからんよ~」
ため息をつきながらぼやいたホロは、トゥルーに皮肉っぽい返事をすると、跳ね回っている一心に声をかける。
「ほらほら、いつまでもはしゃいでるんだよ。君はやることが山積みなんだ」
「やること? 俺のやることってなんだ?」
動くのを止め、ホロのほうへ顔を向けた一心に、ホロが不敵な笑みを浮かべて答える。
「そりゃ決まってるだろ。勉強だよ」
「べ、勉強!? ちょっと待てよ!? 俺は
「そんなのバカのままじゃ使えないからだよ。いくら
ホロは声を張り上げた一心の前まで飛んでいくと、彼を見下ろしながら言葉を続ける。
「そりゃもうあっさりと簡単にね〜。ボクは今まで何人もそういう連中を見てきた。人間だろうが悪魔だろうが、バカは戦場で生き残れないんだよね〜。君はかなり頭悪そうだし、使えるようになるまで時間がかかりそうだな~」
一心はホロの小馬鹿にするような態度に苛立ちながらも、何も言い返せなかった。
事実として彼は、これまでろくに学校に行っていなかったのもあって、漢字は書けないしほとんど読めないうえ、かけ算もわり算もできない。
せいぜいひらがなとたし算ひき算ができるくらいだ。
それと一心はあまり勉強自体が好きではない。
何も言わずに呻いている一心に、トゥルーが声をかける。
「心配しなくていいよ。ワタシが教えてあげるから。一緒に勉強しましょう」
「ホントか!? トゥルーが教えてくれるなら俺……頑張れる気がするよ!」
ホロは、沈んだ表情を一瞬で明るくした一心を見て、やれやれと頭を左右に揺らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます