Dummy loves(side.WE)

九戸政景

Dummy loves(side.WE)

「……よし、今日の部活はここまで!」


 ある日の午後、部活動に意識を集中させていた私は部長の声でハッと我に返り、他の部員と一緒に挨拶をしてから片付けを始めた。今日の部活動もとても有意義だったが、少し前からある悩みについても考えていたため、個人的にはちゃんとは出来ていなかったような気がした。

その事を気にしながら片付けをしていた時、肩をトントンと叩かれ、私が背後を向くと、そこには副部長である北条ほうじょう玄斗くろと先輩の姿があった。


「北条先輩、どうかしましたか?」

「いや、今日も西条さいじょうさんさえよければ一緒に帰ろうかなと思ってさ。あ、でも……野球部にいる幼馴染みの彼と一緒に帰るならそれでも大丈夫だよ」

「……いえ、大丈夫です。特に約束もしてないですし、青二せいじとも最近はあまり話してないので。それに、青二にはマネージャーで彼女の南条なんじょう先輩がいるから、私がいても邪魔になりますし」

「……そんな事はないと思うけど、一緒に帰れるならよかったよ。それじゃあ片付けが終わったら一緒に帰ろう。今日も家まで送っていくからさ」

「はい、ありがとうございます。北条先輩」

「彼氏として当然だよ。それじゃあさっさと片付けてしまおうか」

「はい」


 嬉しそうな北条先輩に対して微笑みながら頷いた後、私は片付けを再開した。さっきの話の通り、私は同じ部活動の先輩である北条先輩と付き合っている。

私が告白した事で付き合い始めたのはほんの数ヵ月前。北条先輩はサラサラとした短い茶髪とほんのり焼けた健康的な肌が眩しいカッコいい人でこれまでに手を繋いだりキスをしたりもしたけど、正直北条先輩と一緒にいるのはまだ緊張している私に対して北条先輩はとても優しくしてくれていて、一緒に帰れる日にはどんな時間になっていても私の家まで送ってくれる。

私はそんな北条先輩に感謝していて、部内や先輩の学年でも人気がある人の彼女である事は誇らしく思っているけれど、それと同時に申し訳なさも感じていて、私が抱えている悩みというのも実はそれだ。けれど、その悩みは北条先輩には話せない。何故なら、私は“北条先輩を利用している”からだ。


「……話せるわけない。これを打ち明けたらきっと北条先輩も傷つくし、私だって後悔するだろうから」


 誰にも聞こえない声で呟き、他の部員とも協力して片付けを終えた後、私は北条先輩と並びながら昇降口へと向かった。すると、その途中で北条先輩が少し辛そうな表情を浮かべているのに気づき、私はその事に疑問を覚えた。


「北条先輩、どうかしましたか?」

「え……あ、いや……ちょっと考え事をしてたんだよ。少し前に漫画を読んだ時、相手からの反応を確認するためでも誰かを傷つけるような事をしてるキャラクターがいて、自分ももしかしたら相手からの反応を見るために同じような事をするかもなんて思ってさ」

「北条先輩……私は北条先輩がそんな事をしないと思ってますよ。北条先輩はいつもしっかりとしていて、誰かのために精一杯になれる優しい人ですから」

「西条さん……うん、ありがとう。そう思ってもらえてるのは本当に嬉しいよ」

「いえいえ」


 ようやく笑顔になった北条先輩に安心感を覚えながら昇降口に着いてみると、そこには正直今は会いたくなかった二人がいた。


「あ……青二に南条先輩……」

「……琥白こはくと北条先輩か。二人も今から帰りか?」


 少し素っ気なく青二が訊いてくると、北条先輩は微笑みながらそれに答える。


「ああ、そうだよ。まさか二人とも帰り時間が被るとは思ってなかったけどね」

「こっちは少し前に終わってたけど、マネージャーの仕事を東条とうじょう君に手伝ってもらってたの。別に先に帰っても良いって言ったんだけどね」

「それは出来ませんよ。南条先輩にはいつもマネージャーとしてお世話になってますし、彼女が困ってるなら彼氏として力になりたいですから」

「ふふ、そっか。頼りになる彼がいて私は幸せだな」


 動きに合わせて長い艶々とした銀髪が流れる南条先輩の顔は言葉通り幸せそうに見え、南条先輩を見る青二も穏やかな表情を浮かべていた。でも、その顔を見て私の胸はチクリと痛む。

青二は昔から野球が好きで野球をするなら坊主頭だと言って譲らない頑固なところがあり、外で遊ぶ事も多かったからか肌はいつも黒く焼けていたけれど、そんな真っ直ぐですごく体格の良い青二は私には眩しく見え、今は南条先輩の隣にいるという事が私の心にグサリと刺さっていた。

欲しくても手が届かなかったものを前に私は唇を噛むだけで、後ろめたさと悔しさから二人に対して何も言えなかった。

そうやって何も言えずにいた時、北条先輩は私に対して微笑んでから青二達の方へ再び向き、明るい調子で話しかけた。


「あのさ、二人さえよければ俺達と一緒に帰らないか?」

「え……?」

「……俺は良いですけど、南条先輩はどうですか?」

「私も良いよ。最近、玄斗ととも話す機会は無かったし、こうやって昇降口で出会えたのも何かの縁だからね」

「そうか。西条さんもそれで良いかな?」

「あ……はい、大丈夫です」

「ありがとう。それじゃあ、みんな、帰ろうか」


 その言葉に頷いた後、私達は靴を履き替えて外に出た。時間も6時くらいになっていた事から、空は少しずつ暗くなっていたけど、北条先輩達と一緒だからか怖さは感じなかった。

先輩達が外側、私と青二が内側になるように並んで歩いていると、下校しようとしていた生徒達の視線は北条先輩と南条先輩へ向き、その様子を見た青二は苦笑いを浮かべる。


「やっぱり先輩達は人気があるからかすぐに視線を集めるな」

「二人とも整った顔立ちだし、北条先輩はバスケ部の副部長であり部のエース、南条先輩は野球部のマネージャーであり人当たりのよさとスタイルから非公式のファンクラブがある程。そんな人を彼女にしてるんだから、青二も嬉しいんじゃないの?」

「……まあな。でも、それはお前だって同じだろ? 北条先輩はそういう人気を鼻にかけないし、俺がお前と話してても嫌な顔一つしないしな」

「……うん、私にはもったいないくらい」


 その言葉は私の本心。そんなにも人気がある先輩を利用している私には本当にもったいない程の人なんだ。先輩を利用して“本当に好きな人”を揺さぶろうとしていた愚かな私には。でも、その相手はまったくそれには反応を示さないし、それは仕方ない。これは優しい人を利用しようとした自分への罰なんだ。

そんな事を思っていた私に北条先輩は微笑みかけてくれ、私も北条先輩に微笑み返す。でも、本当は知っている。その微笑みを向けたい相手が他にいて、私はその邪魔になっている事を。そして、青二達に一緒に帰らないかと言った本当の理由も。

だけど、私はそれでも真実は打ち明けられない。打ち明けても本当に望む答えにはならないってわかっているから。みんな傷ついて終わるそんなバッドエンドしか待っていないんだ。


「さあ、帰ろうか、みんな」

「……はい」

「……うす」

「うん」


 北条先輩の言葉に返事をして私達は歩き出す。けれど、私と青二の間に空いた一人分の空白は埋まらない。私自身の身勝手で空いてしまったこの永遠の空白は。





「……それで、あそこはこうして……」

「ああ、それなら……」


 隣を歩く二人から楽しそうに話す声が聞こえてくる。楽しそうにしているのは悪いわけじゃないし、付き合っている二人の邪魔をする気も俺にはない。けど、アイツの、琥白のあの笑顔が向けられている相手が俺じゃない事が悔しくて悲しくてたまらない。


「くそ……」

「東条君、どうかした?」

「南条先輩……いえ、大丈夫です。今日の部活でこうした方が良かったって思えたところがあったのを思い出しただけですから」

「そっか。けど、そういう事以外でも何か悩みや辛い事があったら遠慮なく言ってね? 選手じゃなくマネージャーだからわかってあげられづらい事もあるけど、マネージャーとしても彼女としても力になってあげたいから」

「……ありがとうございます、南条先輩。俺、南条先輩が彼女で本当に良かったです」

「ふふ……そう言ってもらえて嬉しいよ」


 俺を見る南条朱璃なんじょうあかり先輩の笑顔はいつも通り綺麗で優しく、南条先輩が彼女である事は自慢で誇りなのは間違いない。

長くて艶々とした銀髪が綺麗な南条先輩はとても物静かで大人っぽい人で、野球部のマネージャーとして外に出る機会が多いのにも関わらず、肌はいつも白く綺麗で、他の部員達は南条先輩に声をかけられるだけで幸せそうな顔をしている。

俺の告白がきっかけで始まったこの交際だが、この数ヵ月間でデートやキスなんかも済ませていて、こんなに良い感じにこの関係が続いているのは自分でもビックリだった。

そもそも同じ野球部でも一年後輩でこれといって活躍しているわけじゃない俺の告白を受けてくれた事自体が本当に驚きで付き合い始めの頃は他の部員からの嫉妬の視線が本当にキツかった。

それくらい南条先輩は人気があって、そんな南条先輩と付き合えている俺は幸せ者だ。だからこそこの悩みは話せない。何故なら俺は“南条先輩を利用している”から。


「……話せねぇよ。これを打ち明けたら南条先輩は絶対に悲しむし、誰も幸せにはなれねぇしな」


 話せないという悔しさと自分の身勝手さで辛くなっていると、一人分離れて歩いている琥白が俺の顔を見て呆れたような顔をする。


「青二、彼女さんを放っておいちゃいけないよ? 南条先輩は青二にはもったいないくらいの人なんだから、そんな事をしてたら野球部の人達から怒られるし、バチだって当たると思うよ?」

「うっさいな……別に放っておいてるつもりはないって。お前こそ北条先輩に迷惑をかけてないか? 昔から一々うるさいし、カリカリしてるとすぐに愛想を尽かされるからな」

「うるさいなぁ……別に私はうるさくないし、カリカリなんてしてません。そうですよね、北条先輩?」

「そうだね。細かいところによく目が行き届いているし、いつも女子の方を引っ張ってくれていると俺は思ってるよ」

「ほら! 一々うるさいとかカリカリしてるとか言うのは青二だけなんだからね」


 安心したように言う琥白の顔は幸せそうであり、そんな琥白の事を見る北条先輩も愛おしそうな感じだった事に俺の心はチクリと痛む。

琥白は黒くて長い髪をポニーテールにしているバスケットボールが大好きな活発的な奴で、その黒さとは対照的に肌は白くて絹のようにキメ細かであり、そんな琥白が今は北条先輩の隣にいるという事実は更に俺の心をチクチクと刺していた。

昔から欲しくても手が届かなかったものが目の前にあってもそれに手を伸ばせない事に悔しさと不甲斐なさを感じながら俺は唇を噛むしかなかった。

そうして琥白達を見ながら何も言えずにいると、南条先輩が俺の肩に手を起きながらにこりと笑う。


「東条君は本当に西条さんと仲が良いんだね」

「仲が良いというよりは腐れ縁ですよ。幼稚園の頃からずっと一緒だからか他の奴からは夫婦だなんだってからかわれるばかりで得した事なんてあまりないですし」

「けど、そうやって軽口を叩き合えるのは幸せだよ。玄斗なんてそういう事をしようとすらしないから、周りのみんなもからかい甲斐がなくてすぐに止めていったしね」

「……そういや、南条先輩も北条先輩とは幼馴染みでしたね」


 前にちょっと聞いた程度だったが、南条先輩と北条先輩も同じように幼稚園の頃からの仲らしく、家も結構近いのだという。けれど、不思議と二人だけで話しているところはあまり見た事がなかった。


「うん、私は野球が好きで玄斗はバスケが好き。だから、部活もバラバラ。東条君と西条さんだってそうだったよね?」

「はい。自分の好きな物だけは二人からずっと譲れなくて」

「好きな物は譲れない……」

「南条先輩?」


 南条先輩が表情を暗くしている事に疑問を持っていると、南条先輩はすぐに微笑みながら首を横に振る。


「ううん、大丈夫。ちょっと前に読んだ小説で好きな子に意識してもらいたくてちょっとズルい事や健気な努力をし続けてるキャラクターがいたのを思い出してただけだから。私にはそこまで頑張れないだろうなぁって」

「……そんな事ないですよ。南条先輩はいつも精一杯頑張れてますし、その頑張りのおかげで俺達は安心して部活が出来てます。だから、南条先輩だってすごい人だと俺は思ってますよ」

「東条君……うん、ありがとうね」

「どういたしまして」

「でも、西条さんがウチのマネージャーの一人になってくれてたら、同じような事を言ってたりしてね?」

「あはは、それは無いですよ」


 南条先輩の問いかけに答えながらもしもの事を考えた。もしも琥白も野球が好きで南条先輩と一緒にマネージャーをしてくれていたらどうだっただろうかと。けれど、そんな事を考えても仕方ない。

南条先輩を利用して“本当に好きな相手”に動揺してもらいたかった俺にはそんな価値はないし、本当は南条先輩の隣にいる価値すらない。実際、こんな事をしてもその相手からは何も言われていないし、それは仕方ないと思ってる。男らしくもない方法を取ってしまった俺への罰のような物なのだから。

そんな俺にも南条先輩は手を差しのべてくれて、俺も彼氏として南条先輩が困っている時には全力で手を貸す。でも、本当は知っている。南条先輩が手を差しのべたい相手が他にいて、俺はそんな二人の邪魔になっている事を。そして南条先輩が北条先輩からの誘いを受けた本当の理由も。

だけど、俺は真実を打ち明けられない。打ち明けたところで誰も幸せにはなれないし、全員が傷ついて終わるそんな最悪のバッドエンドなんて迎えるわけにはいかないんだ。


「……近いようで遠いな、この距離は」


 そう呟きながら俺は一人分離れた琥白に視線を向ける。けれど、この一人分の空白は埋まらない。俺の子供っぽい考えで空いてしまった空白は永遠に埋まらないままだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Dummy loves(side.WE) 九戸政景 @2012712

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ