♠辛くても我慢

 寝室から妻の喘ぎ声がする。それも結構な音量だ。AVの音声ではないことくらいは長い付き合いだから良くわかる。

 こんな声を聞いたのは凄く久しぶりな気がするし、そんな声を出させることができるアンドロイドの性能に驚いてしまう。それ、俺がヤリたかったことだよ。


 その声を聞きながらリビングで二度ほど自分自身の始末をしたのは妻に内緒だ。


 妻が真っ赤な顔をして寝室から出てきた。一糸纏わない体をシーツで隠しているが、そこには大きなシミが見える。


「粗相をしたの。恥ずかしいから見ないで」


 甘酸っぱさと少しのアンモニアが混ざる臭いを残しながら洗濯機の所に行き、そのままトイレに立てこもってしまった。中から荒い息遣いがはっきり聞こえている……



 彼女から今日のプログラムは終わったと告げられた。明日以降も続くので体調を整えておいて欲しいと言うことだった。



 寝室で同衾していると興奮が止まらないのかなかなか寝られない。シャワーを浴びてきた妻も同じようで寝息とは違う呼吸をしている。


「なかなか眠れないね」

「そうね」

「俺は彼女とシてないから安心して寝てくれ」

「私もやましいことはしてないけど、ちょっと……」

「シーツのことは気にしないで。今度は俺がそうさせたいから」

「…っ…」


 そう言って、俺の後ろから抱きついてくる。昔はこうだったという感覚が蘇る。

 彼女の体温が高い。上気しているのだろう。ごく弱い明かりしかないので表情はわからないが、呼吸が僅かに荒い。


「彼女から今日は絶対にシてはいけないと言われているけど」

「私もそう……でも」

「俺も我慢してるんだから」

「挿れなければいいんでしょ。なら」


 言葉と同時に俺の上にのしかかり、強引に唇を合わせてくる。

 もの凄く熱を帯びていて、 どれほど興奮しているかが良くわかる。普段なら我慢できずに服を脱いでいるところだ。


「ウ…ググッ…ハァ…」


 強引に口を開けさせられ、舌が入り込んできて俺の舌を絡め取っていく。ここで責め返すのは絶対に悪手だ。アンドロイドから今日は絶対に交わってはダメだと念押しされている。そうしないと現状維持で満足する可能性が大きくなるのだそうだ。俺達は変わらなければいけないから今は性欲を抑えるのだと。


 数分が過ぎたが、こちらから挨拶程度の反応以外は返さない。

 さすがに梨奈も少し疲れたみたいで舌の動きが鈍くなった。その隙に口を離した。


「なぜ…させてくれないの」


 初めて聞く言葉だ。いつもは「しよ」とか「する」とかは俺から言い出していた。彼女からしたいという意思表示を聞いたことは一度もなかった。


「梨奈が大好きだからだよ。これからもっともっと沢山できるようになりたいから」

「う、うん…でも…私、我慢できなくて」

「俺だって我慢するのは辛いさ。でもそれを乗り越えれば、その先に…」

「何の保証もないでしょ。今日できなければ明日からまたレスかも知れないのよ」


 涙を流しながらそう訴えてくる。

 梨奈もレスについてしっかり考えていてくれたのかと思うと嬉しくなってこちらから抱きしめてしまった。

 上に乗る彼女の重さがダイレクトに伝わってくる。これがそのまま愛情の重さという物なのだろう。

 だから自分はそれをしっかりと受け止め、返さないといけない。


「梨奈も僕達の関係を気にしてくれていたんだね。とても嬉しいよ」

「グスン…そうよ、私だって今までの…ままじゃいけないと」

「だからこそ、二度とそうならないようにするために今は我慢だ。こうやって自分を解放できたのも彼女のお蔭だろ。だったらそれを信じてみようよ」


 梨奈は聞き分けのない女性ではない。


「グス…」

「僕は大好きな梨奈のためなら我慢するよ。ほら」


 臨戦態勢の下半身に手を触れさせ、自分だって耐えていることを理解してもらう。


「う、うん…貴男も辛いのよね。私も我慢…しなきゃね」


 身体を九十度捻り、向かい合って横向きになる。


「梨奈が眠るまでこうしているから」


 泣き疲れたのか頭を撫でていると程なく呼吸が寝息になった。


「…俺のカラダは落ち着かないんだよな」


 トイレで自分をクールダウンすると梨奈の寝息をBGMにして早々に眠ってしまった。

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