最終話 夢の続き

早坂は本当に大学を辞めた。

そして、壮太たちは普通で刺激のない生活に戻った。

早坂が抜けると、壮太たちは以前よりも顔を会わす機会が少なくなり、電話で話すことも減っていった。疎遠とまでは言えないが、中心人物であった早坂がいなくなってしまったことは大きかった。

そのまま、壮太たちは揃って進級し、やがて大学を卒業した。



               ✦



「随分と久しぶりだな。元気か?」

「ああ、お前も元気そうでなりよりだ。消防車を見るとお前を思い出すよ」

「一ノ瀬くんの消防士はわかるとして、まさか五十嵐くんが市役所勤めになるとは思わなかった」

「高森さんは、一郎さんの秘書でしょ?恐れ入るよ、凄い執念だね」

「当たり前でしょ!そのうち早坂くんは私の義弟おとうとになるんだから」



「誰が義弟になるって?」

「おお、早坂か?久しぶりだな!」

「みんな良く集まってくれたね。聞きたくないけど、花子もいるんでしょ?」

「うん、壮太さんと一緒にいるよ」



「壮太さんって・・・なんか嫌だ。鳥肌が立ちそう」

「高森さん!これは俺が頑張り続けたからなんだよ。少しは褒めてよ」

「五十嵐と花ちゃんは、結婚の予定はないのか?」

「いや、それは・・・どうしよう、困ったね、花ちゃん」

「うん、でもまだ先のことだと思うから」

「兄としてはどうしても納得できない。よりもよって五十嵐くんとは・・・花子、あのときのダイブで脳に損傷を負ったんじゃないの?」

義兄にいさん、そんなことを言わないでくださいよ」

「あー嫌だ。義弟と義兄さんとか聞きたくもない。こんなの醒めない悪夢だよ」



                 ✦



壮太が早坂に誘われ、懸命にVRMMOで戦ってから8年の歳月が流れていた。

8年前のVRMMOの開発は多大な損害をだした。早坂家も例外ではなかったし、倒産した企業もあった。

しかし、支援者も8年の間に随分と増え、再起不能だと思われたVRMMOは赤子の段階から徐々に成長を遂げ、未知の可能性を秘めた一大プロジェクトに返り咲いた。




一ノ瀬は消防士になったと聞かされていた。しかも、妻帯者だ。

高森はコネをふんだんに生かし、今や一郎の秘書にまで上り詰めた。しかし、高森の猛アピールに一郎に届いていない。もしかしたら、知らんふりを決め込んでいるのかもしれない。




壮太は自分でも不思議だが、お堅い市役所勤めをしている。

堅実な職業に就いたのは花子の影響が大きかった。

あれから、壮太は花子と少しずつ距離を縮め、出会ってから3年で付き合うことができた。壮太にとって最初で最後のチャンスだった。それでも、まだ夢をみているのではないかと疑うこともあった。




8年も経ち、なぜ早坂から集合をかけられたのか、壮太たちは考えるまでもなかった。




「今度は平気だろうな?また掌の上で転がされるのは勘弁してくれよ」

「今回は大丈夫・・・だと思う」

「お前は何年経っても変わらないな」

「ねえ、プロジェクトのリーダーって唯さんなんだよね?」

「唯さんって誰?」

「ええと、リアンさんです。ほら独特の話し方をする」

「ええ!プロジェクトリーダーって『ござる』さんなの?」

「唯さん、今は『ござる』なんて言わないよ。普通に話しているから」

「なんだ、あのときはいただけか」

「壮太さん、そういう事を言っちゃダメだよ。唯さんはお兄ちゃんにとって先輩なんですから」



「それなんだよ!『ござる』さんの後輩って、お前、ちゃんと受験したのか!替え玉と裏口入学じゃないのか?」

「確かに。早坂くんが東大の理工学部とか、どう考えてもおかしいもんね」

「頑張りが報われたんだろ?素直に褒めるべきだ」



懐かしい。顔は見えないが、あのときのまま姿が思い浮かぶ。

「壮太さん、どうしたんですか?ニヤニヤして?」花子は壮太の部屋にいる。可愛い女子高生だった花子は、大学を卒業し、今は二葉の直属の部下になっている。

花子は段々と二葉に似てきた。二葉ほど凛々しくないが、可愛さを備えた綺麗なお姉さん。壮太にとって花子は、何が何でも繋ぎとめておきたい大切な存在だった。



「そう言えば、早坂、弟は元気か?」

「次郎くんだよね?今年で幾つになるんだっけ?」

「まだ4歳だよ。4歳だけど僕たちは5人兄妹になったわけだ」

早坂はまたどうでも良いこと言っている。しかし、5人目が誕生したと花子から聞かせらたときは驚きのあまり腰が抜けそうになった。

母親は早坂の秘書らしい。しかも、飛び切りの美人らしい。



                ✦

            


「花ちゃん、前々から気にはなっていたんだけど、聞いても良いかな?」

次郎の誕生を聞いたとき、壮太はずっと気になっていたことを初めて花子に尋ねた。

「お母さんが、今は5人いるんだよね?みんな喧嘩とかしないの?」

「ほとんどしないみたいですよ。みんな悠々自適に暮らしていますし、本宅に来ることもあるくらいですから」

やはり、その基準というかシステムが壮太には理解できない。でも、本人たちがそれで良いなら部外者である壮太が気にする必要もない。余計お世話というものだ。



                ✦



「なあ、これ以上、電話でごちゃごちゃ喋っていないで、そろそろ始めないか?あ、俺の嫁さんも参加するから、よろしくな」

「嫁さんか・・・羨ましい響きだ」

「ほら、五十嵐くん、わけのわからない感傷に浸っていないで、デバイスを装着して。ちゃんと人数分あるはずだよ」

「ああ、しかし、またβテストから始めるとは思わなかった」

「いちいち病院に行かないでもよくなったんだから、そこは感謝してよ」

「そりゃそうだ。よく安全性をそこまで高めることができたもんだ」

「まあね。優秀な技術スタッフのおかげだよ」早坂の声は自信に満ち溢れていた。




8年越しでクラン活動再開だ。壮太と花子は軽量化したデバイスを装着すると、ベッドに横になった。

「壮太さん、まだ、あのネックレスを持っていてくれていたんだね?」そう言うと、花子は壮太の手を優しく握ってきた。

「当たり前だよ。これはお守りでもあるし、宝物だから」そう言って、壮太は花子の手を握り返した。



あのときのことを忘れないように、そして花子の存在の大きさを確かめるように、壮太はネックレスを大切に保管していた。今日でつけるのは2回目だ。



「あ、言い忘れたけど、僕以外は全員レベル1だから」

「お前は?」

「一応、レベル50にしておいた。これもチート対策だよ」

「何がチート対策だよ、お前がチーターのくせに。一応の意味もわからない」



「早坂くん、五十嵐くん、いつまでも喋っていないで早くログインしようよ」

「そうだ、そういうのは向こうでやってくれ」



「わかった。早坂、改めて俺たちのクラン名を教えてくれ」



「それは勿論、『チートは許しませんです』だよ。それしかないじゃん」

「やっぱり、そうだと思った。相変わらず酷いクラン名だ」もはや笑うしかない。ここまで酷いクラン名に8年経っても拘るとは。




「さあ、みんなログインして向こうで会おう!続きのやり直しだ!リベンジだ!」




8年後の10月27日、壮太たちは再び、あの世界に向かってログインした。






                     

                完

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ポンコツクランに誘われました モナクマ @monakuma

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