第50話 夢の終わり
10月27日、午後7時をもってVRMMOの開発は全面凍結。
再開の目途が立たないので凍結では済まないだろうが、破棄とは言い難いのか、その表現を避けていた。
このことがマスコミにリークされ、翌日の22時に緊急の記者会見が開かれた。
自我を持った人工知能に奪われたなんて知られたら、世間は大騒ぎになるだろう。
その点については各企業からマスコミに圧力をかけることで防ぎ、政府には根回ししてようだ。だが、計画が頓挫したことだけは明白だった。
損害額はどこまで膨れあがるのか、参加企業のトップは頭を抱えた。
そして、VRMMOを待ち侘びていたユーザーも落胆の色を隠せなかった。
✦
「屈辱だよ。僕たちはずっと試されていたんだ。死に物狂いで戦ったのに」
その晩、早坂家には壮太たちだけではなく、一郎や二葉もいた。
「太郎、お前の責任じゃない。あまり自分を責めるな」
「一郎さん、今後、VRMMOはどうなるんですか?」聞かなくても予想はついていたが、壮太はそれでもきちんと説明を受けたかった。
「うーん、今まで以上に難しくなるだろうね。まずは損害額を確かめないと・・・」
「賛同する企業も減るでしょうね。ほら、花子、そんな顔をしないの?せっかくの美人が台無しよ」二葉は泣きそうな花子を抱きしめていた。
壮太たちが必死の思いで戦ったモンスターは足止めだったのか、それとも単に試されていたのか、もしかしたら遊ばれていたのかもしれない。だが、もはやそれを知る由もない。相手が一枚も二枚も上だったいうことだ。
「五十嵐くん、一ノ瀬くん、高森さん。お詫びと言っては何だけど・・・」
一郎はそう言うと、3人の前に銀行名が記載された封筒を置いた。
「いえ、こういうのは頂けないです」高森は丁重に封筒を返した。
「俺も結構です」一ノ瀬も、高森の同じように封筒に手をつけようとしなかった。
「勿論、俺もです。成功報酬なら喜んで頂戴しますが、何もできませんでしたから」
結局、全員が受け取りを拒んだ。
「それじゃ、いつかこのプロジェクトが再開して、きちんと完成したら、そのときは受け取ってくれるかな?」一郎は無理に笑って見せた。
「そう・・・させて頂きます」一郎に応えるように壮太も笑って見せた。
「五十嵐くん、一ノ瀬くん、高森さん」神妙な面持ちで早坂が声をかけてきた。
「どうした?」
「僕は今の大学を辞めて、別の大学、理系の大学に入り直す。どうしても僕は諦めきれない」
「そうか・・・」壮太と高森は以前に聞いていた。大学を中退しても構わないと。
「え?早坂、辞めちゃうのか?どうしてだよ?」一ノ瀬は聞いていないので、わかりやすく取り乱した。
「僕はあの世界を夢物語で終わらせたくない。僕にできることがあるなら、何だってやってやるさ」真剣に話す早坂を見て、一ノ瀬は何も言い返さなかった。
「中途半端になっちゃったけど、僕たちのクラン活動は一時休止だね」
「やっぱり、クランとは言えない気がするんだけど」
「五十嵐くん、細かい事を気にしないの。クランでもギルドも何でもいいんだよ。但しリーダーは僕だからね」早坂の頬を涙が流れる。
「やめろって、俺まで泣きそうだ」壮太がそう言う前に一ノ瀬は貰い泣きしていた。
「いや、これは泣くでしょう?」高森まで泣いている。
「五十嵐さん・・・」花子まで泣いていた。
「花ちゃん、泣いたら可愛い顔が、ほんの少しだけ可愛くなくなっちゃうよ」
「なんです、それ?」花子が少しだけ笑顔になり、壮太はほっと胸を撫でおろし「今までありがとうね」と頭を下げた。
「クランがなくなったら、私も必要とされないんですか?」
「まさか!だけど、花ちゃんに会える理由がなくなっちゃう。あ・・・」壮太は慌てて口を塞いだ。
「理由がないと会えないんですか?」
「え?それって・・・」
「前々から聞こうと思っていたんだけど、花ちゃんって五十嵐くんのことを好きなの?」
「ちょ、高森さん!デリカシーがないし、直球すぎる」壮太はここで泣きそうになった。
「好きというか、私にもまだよくわからないんです。ただ、五十嵐さんのことをもっと知りたいのは本当です」
「花ちゃん!」
「私が言うのも変だけど、どうして?五十嵐くんのどこが良いの?」
「高森さん、その聞き方は悪意しか感じないよ!」
「うーん、五十嵐さんって、何となくお兄ちゃんに似ているんですけど、でも全然そんな事も無いよう気もして」花子は明確な答えが見つかっていないようだ。困った顔をしている。
「それって謎かけなの?」黙ってみていた一ノ瀬が不思議そうな花子を見た。
「そうなのかもしれません」そう言って、花子は壮太たちに満面の笑みを見せた。
✦
壮太たちは早坂から借りていたPCを返すことにした。そのときに、壮太は一ノ瀬がPCを貰っていないことを初めて知った。
「あいつ!なんでそういうことをするのかな!」同情から一転、壮太は早坂の謎の行動に苛つた。PCの梱包で手こずると思い、3人のスマホはスピーカーにしていた。「まあまあ、早坂に悪気はないんだ。いずれ、お前にそのまま貰ってつもりだったんだから」
事情を知っている一ノ瀬は早坂を庇い、「早坂くんに直接返すのは難しいだろうね」と高森は返す方法を考え込んでいた。
「ああ、そのことなんだけど、花ちゃんに相談したら郵送で構わないって。届け先の住所も聞いておいた。
「花ちゃんに相談って・・・抜け目がないね、五十嵐くんは」
「高森さんは、ちょくちょく棘のある言い方をするね」
「これを送り返すと、何だか本当に全部が終わりみたいだな」一ノ瀬は2人に構わずしみじみと胸の内を明かした。
「終わるか終わらないか、俺にもわからないけど、早坂はどうやっても終わらせないつもりだみたいだよ」
「何年後にになるかわからないけど、私は楽しみに待つよ」
「そうだな。俺はいつまでも待つぞ」
電話で話しているのに、全員が涙声だった。
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