第49話 本体
早坂兄妹が勢揃いし、混合パーティの人数は総勢で150人になっていた。
「一郎さん、別働隊から連絡がきました。おそらく全部のコアを制圧できたはずです。それと、先にログアウトした方々も体調に問題はありません」
吉報のはずだった。しかし、それほど甘くはないようだ。すぐに巨大なコアの出現を知らされた。
「申し訳ありません。反応が全く掴めませんでした」
「いや、君たちのせいじゃない。こちらで万全に備えて臨む」
一郎はウインドウを閉じ、「あと1つです。恐らくは本体でしょう。皆さん、最後まで気を抜かないようにお願いします」と丁寧に頭を下げた。
「はい」「わかりました」「やってやります!」「御意」
だから、誰が「御意」と言っているんだ?壮太は全員を見回したが誰なのかがわからない。だが、充分過ぎる忠誠心だけは伝わった。
不可解なのは、周りに何もない草原にコアが出現したことだ。それも距離は離れていない。
俊敏な一ノ瀬を含め、計5人が斥候として様子を探りに行ったが、戻ってきた全員が怪訝な表情をしていた。
「一ノ瀬、どうしたんだ?」
「何か変なんだ。確かにコアなんだけど、何かがおかしい」
「おかしいにしたって、行くしかないんだろう、なあ早坂?」
「聞くまでもないよ。行って終わらせる」早坂の言葉は力強く、執念を感じた。
「前衛でタンクを務めることができるのは五十嵐くんだけなのかな?」
「そう・・・みたいです」150人もいるのに守備専門は壮太しかいなかった。
「本当に申し訳ないんだけど、盾を構えながら先行してくるかい?」
「はい、俺も覚悟を決めていますから」壮太は気合を入れて大楯を構え直した。
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「一郎さん、確かに変です」
壮太は大楯を構えながら、後方に控えている一郎に声を掛けた。
「わかった、そちらに行く」そう言うや否や、一郎はすぐ壮太の背後に姿を現した。
「おかしくないですか?コアが剥き出しで宙に浮いているんなんて?」
「ああ、確かに妙だ。でも、これをどうにかしないと終わらない」一郎はインベントリから例によって注射器を取り出した。
「五十嵐くん、君は不測の事態に備えて、そのままの態勢で待機をしてくれるかい?」
「はい」一郎には明らかにリーダーとしての資質が備わっていた。壮太は指示に従い、大楯を構えながら、一郎がコアに近づくのを用心深く見守った。
「よし、これで終わりだ」一郎がウィルスを打ち込もうとした、その瞬間、球体のコアは空気が抜けた空気が抜けた始めた風船のように動き回り、やがて姿を消した。
「どういうことだ?」
「兄さん、足元!」早坂の叫び声が聞こえ、壮太と一郎は慌てて足元を見た。
まるでそこだけ雨が降ったように地面が濡れている。だが、コアが見つからない。
「どこだ?」
『どこだ?どこだってここだよ』
一郎の問いに答えるように、液体が宙に上がり、1つの大きな塊になる。
塊はゆっくりと形を変えていく。子供が作ったような泥人形から、精巧に作られたロボットのように形を変え、出来上がった姿は一郎そのものだった。
『お疲れさまでした。皆さん』
一郎の顔で、一郎の声で話す。まるで一郎が2人いるみたいだ。
「くそ!」壮太が銃槍を傾け発砲すると、一郎の偽物の腹部に穴が空くいた。
「五十嵐くん、冷静に!」
「はい、すいません」
『はい、すいません。その通りです。落ち着いて』
穴が空いた一郎を模したコアは、今度は壮太の顔で、壮太の声で喋った。
気味が悪い。自分の姿を客観的に見て、同じように声を発している。
『あれ、いつの間にか。囲まれてちゃったみたいだ』
いつの間にかコアを全員で取り囲んでいる。ただ、今のままでは壮太を取り囲んでいるようにしか見えない。
「どうしますか?一郎さん?」
『どうしましょうか?一郎さん』
形がまた変わる。恐らく一郎に指示を仰いだ人間の姿をしているのだろう。
「人口知能が自我を持つのは珍しくないとはわかっているの。感情も同じこと。だけど、あなたたちのそれは度を超えているの」声でわかった、二葉だ。
『だから私たちを排除するの?随分と都合の良い考えた方をしているのね?』
二葉を模したコアは不機嫌そうに、しかし不敵な笑みを浮かべた。
「もうゲームは終わりなんだよ。諦めなって。あ、このゲームを続けるっていう意味だよ」今度は早坂だろう。いちいち言い直さなくても良いんだよ。壮太は大楯で一郎を庇うように態勢を低くしながら舌打ちした。
『確かにもう終わりだよ。でも、諦めるわけがないだろ?』
今度は見慣れた早坂の姿に変わる。
「一郎さん、どうしますか?」壮太が小声で囁くと、一郎は輪になっている一団にアイコンタクトをとった。
「よし!」一ノ瀬が勢いよく飛び出し、他のパーティの前衛も飛び出した。全方位から一斉攻撃するのか、壮太はタンクなのでこういった指示が出されたことを知らなかった。
『これで完全に終わり。お疲れさま、みなさん』
コアは全員の姿に忙しく入れ替わる。高森や一ノ瀬、花子の姿にもなった。壮太はその姿を見て激しい怒りと絶望を感じた。まるで勝てる気がしない。
見透かされている。今回の計画もここまでの道のりも。壮太にはそうとしか思えなかった。
一郎は黙って右手を挙げると、コアを囲んでいる機敏なプレイヤーが全方向から襲い掛かった。一ノ瀬も参加している。事前に打ち合わせをしていたのだろう。
一郎の姿に戻ったコアは剣や槍で体を突き抜かれ、元通りの球体に戻った。
「今度こそ、終わらせてやる」
一郎が詰め寄るのを予想していたのか、球体は金平糖のように形を変えて、そのまま勢いよく弾け飛んだ。飛び散ったコアは米粒のように小さく、物凄いスピードであらゆる方向へ飛んで行く。
「全員、あれをどうにかしろ!」一郎の怒鳴り声が響く。
「ダメだ、小さすぎて当たらない!」一ノ瀬の悔しそう声が聞こえる。
「魔法でどうにかならないか!」
「無理、早すぎて詠唱が間に合わない!」花子と二葉だろう、焦っているのが声でわかった。
混乱を極める中、耳をつんざくように警告音が鳴り響いた。
「みなさん、今すぐ緊急ログアウトをかけます!」
「今、ログアウトするのか?」
「一郎さん、申し訳ありません。大量のコアの放出を確認しました。浸食のスピードが尋常ではありません。このままだとログアウトできなくなります!」
「あの弾け飛んだのがコアだったんだ」花子は呆然自失としている。
「花ちゃん、しっかりして!悔しいけどログアウトするしかないよ!」壮太は花子の肩をゆすった。
「ああ、本当に悔しいけどな」一ノ瀬は顔を真っ赤にして、剣を地面に叩きつけた。
「私だって悔しいよ」高森は杖に凭れかかり、その場に座り込んでしまった。
「はあ、参ったなあ」早坂は見られたくないのか、両手で顔を覆い隠している。
全員がログアウトするまで30秒もかからなかった。
計画は失敗に終わった。
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