第48話 早坂4兄妹

20人まで膨らんだ混合パーティにとって、小型や中型のモンスターはもはや相手にならなかった。

「皆さん、無視で良いです。コアだけを目指しましょう!」後方を走る早坂が大声をあげた。

「はい」「わかりました」「了解です」「御意」

1つだけ返答がおかしい。「御意」って何だよ?現実世界で早坂グループの傘下にいるからか?それは返事ではなく絶対服従を示す合言葉のようで、壮太は嫌な違和感を覚えた。

早坂が全体のリーダーとなり、壮太はいささか心配になったが、リーダーが誰であろうと合流を果たした一団は間違いなく強かった。



壮太は前衛のタンクとして重宝された。20人もいるのに攻撃役か回復役のどちかで、守りに徹する人間がいなかった。



「五十嵐くんだっけ?もっと前に出て!」

「は、はい」早坂と扱いが違いすぎると不満を抱きながら、「頼られていると思ってください」と事前に花子から聞かされていたので、壮太も素直に指示に従った。



ただ、コアの正体がワイバーンだったときは、壮太も恐れをなした。

「こちらに攻撃させないください!」

「できる限り、動きながら防いで!」

「五十嵐くん、今こそ君の出番だ!」離れた位置で早坂が親指を立てていて、その指をへし折ってやると思いながら、壮太は独りで踏ん張った。



ギャオオウゥと咆哮をあげ、巨大なワイバーンがブレスを吹く。波のように横に広がるブレスは完全に防ぐことができず、深緑色の霧が壮太を包みこむ。「げええ」壮太はどうしようもなく吐き気を覚えた。どうやら毒を含んでいるようだ。



「五十嵐、頑張ってくれ!」

一ノ瀬は確実に力をつけていた。攻撃は苛烈になり、動きもかなり俊敏になっている。もはや歴戦の勇者だ。

「あの人、恰好良いね!」

「うん、背も高いし。大学生かな?」

壮太の地獄耳に一ノ瀬を称賛する声が聞こえる。これじゃ現実世界と同じじゃないか。文句を呟きながらも、壮太は大楯を構え続けた。



「よっ」突然、見知らぬ男性が攻撃に加わった。

「兄さん!」「え?お兄ちゃん?」早坂兄妹の声が聞こえる。

小柄だが、くっきりとした二重瞼、下品に見えないように髪の毛の茶色に染めている男性、おそらくあの人が早坂家の長男だろう。一ノ瀬と同じように軽やかなに攻撃を加えている。



「もう大丈夫、ありがとうね」見知らぬ女性が壮太の背に手をかざして毒を浄化させてくれた。

「あ、ありがとうざいます」

似ている、花子に。ということは、この女性は早坂家の長女か?

綺麗なお姉さんと言う言葉がピタリと合う女性は、凛々しさと可愛さを持ち合わせていた。花子に会っていなければ、壮太は確実にこの女性の虜になっていたはずだ。



一斉に攻撃を受けた巨大なワイバーンは、ドスンと横たわる瞬く間に光の粒子になった。

「太郎、遅くなったな。あれ、なんで花子までいるんだ?お前、学校は?」

「休んだよ」

「休んだって・・・お前、今3年生だよな?大学入試を控えて、一体何を・・・」

「まあまあ、そんなに責めないであげて」

「お姉ちゃん!」花子は壮太を回復してくれた女性に飛びついた。やはり、似ている。顔つきというよりは雰囲気がそう思わせるのだろう。



「全く、二葉姉さんが余計な入れ知恵をしたからだよ」早坂は二葉と呼ばれた女性に詰め寄ると、口を尖らした。

「ごめんね。でも、花子だけ仲間外れじゃ可哀そうでしょ?」

「ありがとう」花子は喜び、もう一度抱き着いた。壮太には良い光景だった。

「兄さんと姉さんがいるっていうことは・・・」

「ああ、残りは本体だと思って良い。少しだけコアは残っているが、すぐに抑える」



「五十嵐、あの人たちが早坂の兄妹なのか?」一ノ瀬が鎧に付いた埃を落としながら近づいてきた。

「多分そうだろうな。でも、ほら、早坂が4人全員異母兄弟とかいうから、俺は気まずい」

「ちょっと!早坂くんのお兄さんって恰好良いじゃない!」いつの間にか、高森が壮太の横にいて、やたらと興奮している。壮太の肩をバンバンと叩いてくる。

「痛いって、高森さんは、ああいう男性がタイプなんだ?」

「うん!大人の男性で仕事もできるって感じが自然に出ているし、何より顔が恰好良い!」

「あ、そう・・・」また1人、早坂兄妹に篭絡された。



「彼らがお前の友達か?」早坂兄妹の長男らしき男性は、一ノ瀬と同じように戦士の恰好をしていた。高森の言う通り、一ノ瀬とはタイプは違うが確かに恰好良い。

「うん。僕のパーティメンバーだよ」

「初めまして。私は早坂一郎と申します。この度は、弟と妹がご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いえいえ、私は太郎さんの同級生で、高森と申します。失礼を承知でお聞きしたいんですが、一郎さんってお幾つなんですか?」

「私ですか?私は今年で29歳になります」

高森は壮太を一ノ瀬を押しのけて前に出て、丁寧にお辞儀をしたと思ったら、もう身辺調査を始めている。やはり、したたかだ。節操がない。



「うーん」

壮太は冷静に早坂兄妹を見比べた。名前から推測すると、一郎が長男で、二葉が長女。歳は差ほど離れていないように見える。しかし、名前が一郎と二葉か・・・大企業の社長というのは子供の名前に興味がないのだろうか?捻りがなさ過ぎる。

兎にも角にも、早坂兄妹はこれで全員揃ったはずだが、何かおかしい。



ああ、そうか。1人だけ似ていないからだ。

太郎だけ全く似ていない。顔もそうだが、雰囲気、佇まい、どれも似ていない。



「何を唸っているの、五十嵐くん?」

「ああ、太郎か」

「なんか、その呼ばれ方を君からされると嫌な気持ちになる」

「悪い悪い、それで、早坂、ちょっと聞きたいんだけど」

「何?」

「正直に話して欲しい。お前はどうやって早坂家に潜り込んだんだ?企業スパイなのか?」

「何を言ってるの?毒で完全におかしくなっちゃった?」

「だって、お前だけ誰とも似ていないぞ。花ちゃんだけじゃなかったんだな」

「その憐れみの視線を止めてよ。失礼だよ、全員そっくりじゃん!」

「それは・・・ないと思うな」いつの間にか高森が戻ってきていた。慰めるかのように、早坂の肩にそっと手を置いている。



「君たちは失礼だよ!」

「わかったわかった。あと少しで終わるみたいだから、話はあっちでゆっくり聞いてやる」

「ちょっと、兄さん、姉さん、花子、聞いてよ、酷いんだよ。あの人たち!」

早坂は文句を言いながら兄妹に近づいていった。本当に珍しい兄妹だ。



決定打を与えるために組まれた一郎と二葉のパーティは総勢100人もいた。本来であればもっと大人数のはずだが、どうやら予期せぬ強敵が立て続けに出現したせいで、かなりの数のパーティが離脱を余儀なくされたようだ。

それでも、早坂の兄と姉が加わったのは、終わりが近い証拠らしい。

「あと少しだ。頑張ろう」壮太は誰に言うわけでなく自分に言い聞かせた。

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