第44話 激戦

「よりにもよってベヒーモスか・・・」敵の正体がわかり、壮太もどう対処すれば良いのか考えを巡らせた。

「ねえ、そのハンバーガーみたいなのって何なの?」早坂と一ノ瀬は実物を見た。壮太はゲームの知識がある。おそらく花子もわかっているだろう。高森だけがキョトンとしている。



「ええと、確かウインドウの中に図鑑みたいなものがあったはずです。ちょっと待ってくださいね」花子はウインドウをを開くと、「多分、これだと思います」とベヒーモスの見本を立体化させた。

「何これ?怪獣?こんなのと戦おうと言ってるの?角まで生えているじゃない」

「まあ、そうなるよね・・・」高森の反応は至って普通のことだ。壮太は家庭用のRPGでならソロでも倒したが、VRMMOであの化け物に勝てる気がしなかった。



「もう少し猶予があるなら、避けて通りたいんだけどなあ」

早坂の言うことは最もだ。壮太も避けられるのであれば、それに越したことはなかった。

だが、戦うの避けたとしても問題の先送りにしかならない。誰かが戦ってコアを無力化しなければならないのだから。



「俺は戦いたい」一ノ瀬は即決した。

「私は正直に言うと嫌だ」高森は申し訳なさそうに拒否を示した。

「うーん、俺も嫌には違いないんだけど、人数がそれなりにいるし、戦ってみても良いと思う」少し考えた結果、壮太はやってみる価値はあるし、勿体ないとも思った。手の届くところにコアがあるなら、自分たちでなんとかしたい。



「私は戦うよ」花子は一ノ瀬同様に即決した。口調が決意が滲み出ていた。

「明確な拒否は高森さんだけか・・・さてどうしたものか」

「早坂、この際、高森さんには見えない位置で待機してもらうのはどうだ?戦うのは俺たち4人だけで」

「私もそれが良いと思う。高森さんに無理強いはできないよ」花子は壮太と視線を合わせて頷いた。



「高森さん、それでも良いかな?あまり離れちゃうと、他のモンスターに襲われかねないから、僕たちの目の届く場所で隠れていてもらいたいんだけど」

「ごめん、そうさせてもらうね」

「謝ることはないよ。正直言って俺も相当ビビっているから」壮太は苦笑し、「僕だって本当は嫌なんだよ」と早坂も笑った。



「これで決まりだね。こういうことを言いたくないけど、覚悟を決めてね」

「そうだな、グズグズしていると決心が鈍りそうだから、とっとと行くか?先頭は・・・勿論、俺だよなあ。仕方がない」インベントリから新しい大楯を装備し直すと、壮太は盾を構えながら走り出した。

「みんな、できる限り俺の後ろについてきて」

「頼もしいね、五十嵐くん」そう言いながら、早坂は壮太に防御アップのバフをかけていた。

スキー場でリフトを使わずに駆け上がる感覚だが、レベルのおかげで苦にならない。むしろ、上がりきったら、呼吸を整える前に苦労するはずだ。



「五十嵐、もう見えてくるぞ。気をつけろ!」

「気をつけろって言われても、俺は盾で防ぐことしかできないからな!げっ、本当にベヒーモスじゃん」壮太はその大きさに驚愕した。高森は怪獣と称したが、怪獣では生易しいと思った。

立ち上がると10メートルはあるだろう。恐怖で感覚がズレているのかもしれないが、猛牛を悪戯で巨大化させてしまったようで規格外だ。



「グオオオオーー」咆哮で空気が振動する。壮太は冷や汗をかいていることにさえ気づけなかった。

「早坂、五十嵐、どっちでもいいから指示をくれ!」一ノ瀬は壮太を追い抜くと、立ち止まって後ろを振り返った。

「バカ!そこで止まると危ないって!」狙いすましたようにベビーモスが右手を振り下ろしたが、一ノ瀬はすぐに反応して攻撃をかわしていた。



「一ノ瀬、この際、お前の盾も俺にくれ!それで早坂と花ちゃんを守るから、悪いけどお前は避けるなり、当たるなり、自分でどうにかしてくれ!」

「当たりたくはないけど、まあいいか。ほらよ」一ノ瀬は壮太に自分の盾を投げた。その間も右、左と交互に繰り出すベビーモスの攻撃を易々と避けている。



「さすがだ、やっぱりあいつ恰好良いな。モテるはずだ」

「呑気なことを言っていないで、僕と花子をしっかり守ってね!」

「最悪、花ちゃんだけは何が何でも守る。いざというときはお前もああやって避けてくれ」

「無茶言わないでよ。僕に一ノ瀬くんと同じことができるはずがないじゃん。あ、花子は五十嵐くんを優先して回復して。一ノ瀬くんのフォローは僕がするから」



「あれ?なんか連携がとれていないか?このポンコツパーティ?」

「だからさ、そういうことを言っている場合じゃないからね」

早坂の言った通り、一ノ瀬にかすりもしないので諦めたのか、ベヒーモスは唸り声をあげながら壮太たちに突進してきた。



ドカン。交通事故が起きたような鈍い衝突音が鳴り響く

「おいおい、凄いぞ、これ!」一ノ瀬の盾と自分の大楯の二段構えで突進を食い止めたが、そのまま体がもっていかれそうになる。レベルが63もあるのに、ここまで衝撃を受けると思ってもみなかったた。



「五十嵐、平気か?」ベヒーモスの体の大きさで姿は見えないが一ノ瀬の声だけ聞こえる。

「全然平気じゃないけど、今のうちに攻撃をしてくれると物凄く助かる」

「わかった」一ノ瀬がジャンプしてベヒーモスの背後に姿を現すと、剣を片手、両手と持ち替えてベヒーモスの赤黒い体を切り刻む。着地とジャンプを繰り返し、リズムよくダメージを与えていく。



「早坂、あいつ、やっぱり凄いわ」

「それはわかったから、ちゃんと踏ん張っていてよ!」

早坂は詠唱を繰り返し、空気の刃で何度も角を攻撃した。



「五十嵐さん、頑張ってください」花子の手が壮太に触れ、温かい感触が体を包み込む。

「うん、こっちもやれるだけやるよ」

隙を見て銃槍を傾けてで発砲するが、全く効いている様子がない。壮太は素直に盾役に徹することにした。



背後から一ノ瀬に物理攻撃をうけ、前方から早坂の魔法攻撃を受け続け、さすがにベヒーモスの勢いが落ちてきた。ただ、壮太の大楯と鎧もかなりのダメージを負っているのがわかった。肉体は回復できても装備までは回復できない。



「早坂、ちょっとヤバいぞ」

「わかってる。耐久値がかなり落ちているね。五十嵐くんは気づいていないかもしれないけど、最初の位置から10メートルくらい押されているんだから」

「マジで?」

「大マジだよ」



花子から発せられている温かさが徐々に低くなっている。花子もかなり消耗しているようだ。

「花ちゃん、大丈夫?」

「何とか大丈夫ですけど、長引くとちょっと危ないですね」

ダメージは確実に与えているが、それと同様にこちらも消耗している。決め手がないとこちらが先に消滅しそうだった。



「こっちだよ!牛の化け物!」突然、高森の声が聞こえる。壮太たちの斜め左で杖をかざしている。

「ちょ、ちょっと高森さん、危ないって!」

高森に気づいたベヒーモスが方向を変えようとしたとき、暗雲が立ち込め、稲光が走った。見慣れた光景だ。



「五十嵐さん、私たちはなんとかするので、高森さんのところに行ってください!」

「悪いけどそうさせてもらう。さすがに無防備すぎる」

壮太は早坂兄妹から離れて、駈け出した。一ノ瀬から借りた盾はもう使い物にならないくらいに損傷し、壮太の取り換えた大楯も、いつ割れてもおかしくないほどヒビが入っていた。



「はあ、はあ、無茶し過ぎだけど、ありがとう」

「ごめん、怖くて隠れていたけど、あと少しでどうにか倒せそうだから」

高森の隕石落としが決め手になるかもしれない。全員が巻き添えになると困るが、早坂と花子は上手く離脱するだろうし、一ノ瀬はあれだけ自由に動き回れるのだから巻き込まれはしないはずだ。



ベヒーモスは新しい獲物を見つけて興奮しているように唸り声をあげたが、勢いを失っているのは明白だった。

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