第43話 思わぬ強敵

「全体の状況って、そっちでわかるのかな?」早坂はウインドウを開くと、現状を把握するために確認をとった。

「開始から1時間20分ほど経過しましたが、全体の4分の1は掌握しました」

「おいおい、凄いじゃないか!もう4分の1も掌握しているのか!」

「一ノ瀬くん、喜ぶのは早いよ。時間が経過すると、すぐに元の木阿弥だよ。なんせ、相手は人間じゃないから」

「早坂にしてはまともなことを言うな。それでどうするんだ、これから?」

「五十嵐くんは一言余計なんだよ。それで、この近くで行けそうな場所ってあるの?」

「2キロほど南西に進むと、そこにもコアが確認できます。それからレベルの上限が解放されました。今の最大レベルは70になっています。やはり対処しきれないようです。太郎さんたちもレベルが上がっているはずなので確認してみください」

「了解。あ、詳細なマップも送ってね」早坂はそう言ってウインドウを閉じると、「みんなのレベルが上がっているはずだから、それぞれウインドウを開いて確認して」と全員の顔を見た。



「確かに上がっているな。あれ、もしかして全員がレベル62なのか?」

「いや、俺だけ63のようだ」壮太は何度も見返したがやはり63になっている。

「犬死にじゃなくて良かったね」高森は嬉しそうに壮太をバシバシ叩いた。

「いや、そもそも俺は今回は死んでないから。殺されそうにはなったけど」と精一杯の嫌味を言った。



「僕としてはできる限り潰しておきたいんだけど・・・みんなは行けそう?」

早坂が全員の顔を見回すと「行こう。時間が少しでもあるなら」と壮太は賛成し、「そうだな。次はもっと早く終わるはずだ」と一ノ瀬は妙な自信に満ち溢れていた。

「私とも賛成だけど、2キロって結構な距離があるよね。気がかりはそこかなあ・・・」



「別に現実世界で2キロ走れっていうんじゃないから、それは問題ないよ。現実で2キロ走れって言われたら、僕は途中で嘔吐するだろうし」

そう言うと、早坂は何かを詠唱し、光に包まれたと壮太たちの体が急に軽くなった。

「これなら、余裕でいけそうだ」一ノ瀬は感覚を確かめ、軽くジャンプしただけで1メートル近く跳んでいた。

「一ノ瀬くんほどじゃないけど、私もかなり軽くなった」高森は何かを確認するように体を触っている。

「お兄ちゃん、これなら行くべきだよ」珍しく花子の主張が強い。

「五十嵐くんも行けそう?」

「まあ、行けるだろうけど、装備がかなりやられているのが心配だ。まあ、行ってから考えよう。この時間が勿体ない」

「わかった。五十嵐くんの言う通り、行ってから考えるとしよう」



ガラガラ、ガラガラ、重装備なのに確かに体は軽いのだが・・・いかんせん、装備の一部が剥がれ落ちていく。

「おーい、早坂。替えの装備とかってあるのか?」

「うん、でもあくまでも予備だから、性能は落ちちゃうからね」最後方を壮太が走り、その前を早坂、更にその前には高森と花子が懸命に走り、斥候をお願いした一ノ瀬の姿は見えなくなっていた。



「飛んでくるモンスターにだけ注意して。あとはもう無視してね」

背後からリザードマンの一団が追いかけてきているが、レベルが違い過ぎて、追い付くどころかどんどん離されていく。

「よっ」「はっ」「おりゃ」並走しようとするハーピィーの集団には、早坂が走りながらテンポ良く魔法を飛ばし、命中したハーピィーは次々と断末魔の叫びをあげて落ちていく。



「早坂が頼もしく見えるなんて、俺もかなりダメージを受けているみたいだ」

「五十嵐くんは僕を過小評価しすぎなんだよ。僕はこっちでなら、かなり強いよ。そら!」早坂の呪文でハーピィーとガーゴイルの混同部隊の動きが一瞬止まり、次の瞬間には次々と落下していった。

「これこそVRMMOだ。みろ、ゴミのようなじゃないか!ふははあ」早坂は違法な薬を飲んでいるようにハイになっている。

「お前、ときどき本当に怖くなるときがあるぞ。でも、確かに別の自分になったようで楽しいな」

「君にしては珍しく素直だね。そうだね、本当に第2の人生を冒険者としてやり直しているみたいだ。だから、僕はこの世界を残したいんだ」

「そうだな、できることなら残ってもらって、みんなが平等に始めからやり直したい」

「いやあ、僕はこのままで良い。チート対策にはもってこいだ」

「そう言うと思っていた」壮太と早坂は笑いながら、高森と花子に続いた。



「ストップ、ストップ!ここで止まってくれ!」

先行していた一ノ瀬が屈んで、壮太たちにも態勢を低くしろと手でジェスチャーした。

「コアの場所は、あの丘の頂上にあるはずだと思うんだけど、今回は厳しいと思うぞ」

「どうして?」

「1匹しないないんだけど、かなり大きいし、見るからに強そうだ」

いつもであれば『大丈夫、いけるだろう!』と言いそうな一ノ瀬が慎重になっている。

「おい、早坂。どうする?」

「ちょっと待ってね。一ノ瀬くん、あそこの丘で間違いないんだよね?」

「ああ」

「よし、僕たちを追いかけているモンスターの集団もいることだし」

早坂は何やら呪文を唱えた。

「何も変わっていないようだけど、何をしたんだ?」

「透明化。だけど長くはもたないから、今のうちに僕が見てくる」

「危ないぞ」一ノ瀬は真剣な表情で早坂の心配をした。

「平気だよ。それに、後ろから追いかけてきたリザードマンたちが僕たちを見失ってている。僕だけ透明化を一度解いて、丘に向かって走り出せばあいつらも付いてくるでしょ?それで丘に近づいたら、僕はもう一度透明化して、確認次第、離脱するから」



「お兄ちゃん、気をつけてね」

「喋ると気づかれるから、静かに待っていてね」

自分たちでは変化に気づけないが、リザードマンは早坂の姿を見つけて、一心不乱に走り出した。

「そらこっちだよ。ほらほら、ビビっていないで付いて来いよ」鬼ごっこのように早坂が走り出し、30体近くいるリザードマンが早坂を追いかけた。

「ほらほら、かかってこーい!」

「結局、早坂くんも五十嵐くんと同じようなことをするんだね」高森は呆れたように壮太を見て、小声で呟いた

「俺?俺がなんかした?」

「あれは、お前の野球部の掛け声だ」一ノ瀬は高森と違って嬉しそうな顔をしている。

「全く意味がわからない。花ちゃん、この2人は何を言っているの?」

「ええと、お兄ちゃんは五十嵐さんに感化されているんですよ。私はそれで良いと思いますけど」花子は少し恥ずかしそうに笑った。



ボン、ボン、ボン、ボン。花子が言い終わるのと同じタイミングで、炎の柱が盛大に上がった。

「いや、あれは確かにキツイと思う」

「うお、ビックリさせるなよ!」

早坂はいつの間にか壮太の背後にいた。

「ねえ、お兄ちゃん、あの火柱はなんなの?」

「リザードマンが全滅したということ」

「よくわからないけど、敵味方お構いなしか・・・」壮太もでき得る限り考えを巡らせたが、如何せん、相手がわからないと答えが出せなかった。



「一ノ瀬くんの言う通り、あれは厳しいと思う。死亡者が出てもおかしくない」

早坂は真剣な面持ちで4人を見た。

「勝てるかもしれないけど、確かにリスクが高すぎる」

コアの正体を見た一ノ瀬と早坂だけが弱気になっている。それだけ状況は芳しくないことは壮太にもわかった。

「それで、どんなモンスターなんだ」

「あれは、ベヒーモスだね。しかもレベルは僕たちよりも少し低いだけだと思う。まだはっきりとはわからないけどね」

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