第41話 前門の虎後門の狼

「えーと、ゴブリンに、ワームに、コボルト。それから、あれはガーゴイルか?あとはサハギンって海のモンスターまでいるのか?節操がないなあ」

壮太は予め物理、魔法両方の軽減のバフをかけてもらっていた。ただ、余りも数が多すぎるせいで、いくら壮太が真ん中で大盾を構えたところで、容易に通り抜かれてしまう。



後ろから火の玉、氷の玉、雷の玉がでたらめな順番でモンスターの集団を目掛けて飛んでいく。モンスターを狙うのはわかるが、なぜか壮太のすぐ真横を飛んでいく。

「もう嫌だ。どうか当たりませんように」壮太には「前門の虎後門の狼」だった。



「なあ、五十嵐だけ前に出過ぎじゃないのか?」

「あれで良いんだ。高森さんと僕でできるだけ数を減らすから。大きいのや硬いのは五十嵐くんに任せるとして、そうだなあ、一ノ瀬くんは五十嵐くんと僕たちの中間辺りに移動して、こっちにこないように防いで」

「わかった。うお、体が軽るい。なんだか引っ張られているようだ」

レベル2、3辺りまでしかあげていないのに、それをいきなり30倍近く強引に跳ね上げると体が追い付かない。一ノ瀬は走り出したと思ったら、すぐに姿を消した。

一ノ瀬だけでなく、高森もコントールが効かず、モンスターのいない地上や空に魔法を放っていた。



「花子は高森さんと僕で後方支援だから。できる限り五十嵐くんに、継続回復の魔法をお願い」

「わかった。やってみる。五十嵐さん、頑張ってください」花子は小さく呟いた。



「これは楽でいいな。チーターって普段こんなことをしているのか?」

ドン、壮太の大楯に衝突するだけでモンスターが消滅する。銃槍も構えているが、出番がない。

『ケケッ、バーカ』

『マヌケ』

『ウスノロ』

『ヘイボン、ボンジン』

妙なことに感心していると、口の悪いゴブリンが壮太と距離をとって通り抜けていく。また、こいらか・・・それにしても言い過ぎだ。

「あームカつく!追いかけたいけど、そうはいかないし・・・お前ら高森さんに殴り殺されてこい!」

大楯を構えながら、後ろを少しだけ振り返ると、罵声ではなく単に悪口を言っていたゴブリンの集団は一ノ瀬に切れらて次々にと光の粒子になった。



「これ、凄いなあ。通販でやっている、何でも切れる万能包丁みたいだ!五十嵐、後ろは任せろ!」

「通販の包丁って・・・例えが悪いなあ」そう思いながら、壮太は銃槍と大楯をぶつけて太鼓を鳴らすように叩いた。

すると、眼前から迫ってくるモンスターは、狙いを壮太だけに絞ったように集まってきた。



空を飛ぶモンスターは早坂が的確に撃ち落としていた。後はゴブリンの残党。やたらと硬そうなゴーレムくらいだが、まだ数が多い。

バン、バン、「こっちだ、こっち」

バン、「ほら、ビビっているのか?」

壮太は注目を集めるように大声を上げ、銃槍と大楯を何度もぶつけた。



「ねえ、あの光景に見覚えがあるんだけど・・・」高森は言い難そうに小声で早坂に話し掛けた。

「うん、そうだね。でも、五十嵐くんがタゲ、ええと、ターゲットっていうことなんだけど、タゲをとってくれたから、あそこに敵が集中している」

「早坂くん、何か落とす魔法とかないの?そうすれば一網打尽にできるんだけど?」

早坂は「うーん」と首を傾げ、「あるにはあるけど、強すぎると五十嵐くんも耐えられないから加減をしてね。花子、教えてあげて」



「高森さん。隕石を落とすような想像ってできますか?」

「隕石ね・・・うーん、隕石、隕石」と高森がぶつぶつ言い始めた時点で杖が反応していた。

「花ちゃん、もう魔法が撃てそうなんだけど・・・」高森は激しく震え出した杖をどう扱えばいいのか困惑していた

「わかりました。難しいと思いますけど、その隕石の先端を凹ませるように想像してください」先端を少しでも凹ませれば壮太へのダメージは軽減できる。花子はそう考えていた。



「わかった」高森は頷くと、震える杖を強引に振りかざした。すると瞬く間に空が暗くなり、雷鳴が轟き始めた。あちこちに稲光が走っている。

目を凝らすと巨大な隕石の先端が辛うじて見える。凹むどころか、尖っているように見えた。

「やっぱり無理だよねえ・・・」

「お兄ちゃん、呑気なことを言っていないで!五十嵐さんにもっと強化魔法をかけないと!あ、一ノ瀬さんにもかけないと巻き込まれちゃう!」

「一ノ瀬くんは僕に任せて。花子はこのまま五十嵐くんに継続回復をお願い」早坂は花子に指示を出すと、一ノ瀬にできるだけの強化魔法をかけた。



群れの中心とも言えるゴーレムは、大楯で塞いだからといって消滅してくれない。ただ、ほとんど衝撃は感じなかった。壮太は重装備なのに、上下左右と軽快に大楯を動かし、飛び掛かってきたゴーレム以外のモンスターを大楯だけで消滅させていた。レベルが高いと、これほどまでに体が自由に動くのかと感心していた。



「これなら、なんとかなりそうだ」

そう思った矢先、壮太は稲光を見て、周囲が暗くなっていることに気がついた。

「あ、これはヤバい・・・いくらんなんでもやり過ぎだって!どうせ高森さんでしょ?」壮太は他のRPGで同じような現象と、その後のことを知っていた。



「五十嵐、待っていろ、いま助太刀に行く!」背後から一ノ瀬の勇敢なセリフが響く。

「一ノ瀬、戻れ戻れ!お前まで巻き込まれるぞ、こっちに来るな!」

「何だって?」数秒の間に一ノ瀬が壮太の横に立ち、ジャンプしてきたカエルのようなモンスターを切り裂いた。

「お前は足が速すぎるんだって。いいから早く逃げろ!あの空を見ればヤバいってわかるだろ?」壮太は盾の構えが解けないので、「空を見ろ」と言うようにブンブンと首を縦に振った。

「ああ、急に天気が悪くなったな」

「お前は能天気すぎる!あれは高森さんの仕業だ。ともかく俺みたいに重装備じゃないとお前がもたない。とっとと逃げろって!」



「お前を1人で置いていくなんて、俺にはできない」恰好つけたつもりはないのだろうが、一ノ瀬は壮太の横から離れようとしなかった。

「むしろ、迷惑なんだよ。放っておいていいの!置き去りにしていいの!」

「いや、でも」と言いながら、一ノ瀬は踊るようにモンスターを切り裂いていく。

「でももヘチマもない。やばいやばい!」

雲に覆われた空に赤味が混じり、稲光が一段と強くなった。



「一ノ瀬、早く逃げろ!早坂はどうでもいいから、花ちゃんと高森さんを守ってくれ!」

「わかった。五十嵐、死ぬなよ」

「うるせえな!早く行けって言ってんだ!そういう格好つけたセリフはいらいないし、ムカつくだけだ。もともと死ぬ気がないのに、お前がいると俺の生存率が低くなるんだよ!」

「すまないが俺は行く。後は頼んだ」

一ノ瀬の離脱は想像以上に早かった。走ると言うより、飛んでいるように見えた。



「やっと行ってくれたか・・・」壮太は一ノ瀬の離脱を確認すると、大楯を構え直し、銃槍をゴーレムに向けて発砲した。

発砲ではダメージがあまり通っていないようだが、ゴーレムは大楯に苦戦している。「グググゥ」2メートルはあるだろうゴーレムはもどかしいのか、低い唸り声を上げていた。



バシィ。落雷のような音が響き渡ると、ゴゴゴと音を立てながら隕石のような物体が空に姿を現した。目視でもわかる。そして、自分がいかに危険な状態なのかも理解した。

「大きすぎるんだよな。まあ、いきなりレベルが60だから仕方がないのかもしれないけど。うう、やっぱり嫌だな・・・」

壮太は覚悟を決めて瞼を閉じた。心の中では「まるで、ジオンのコロニー落としだ。いや、アクシズなのかもな」とゲームとは全然関係なことを考えていた。



「随分と大きいな」早坂たちと合流を果たした一ノ瀬は、その光景に魅入っていた。

「確かに相当大きいね。あれだと、塔も潰れちゃうけど、もう手遅れだね」

「本当にごめん。まさかあんなのが出てくるとは思ってもみなかったから」

「高森さん、急に強くなり過ぎちゃったんだから仕方がないですよ。それに五十嵐さんの装備と強化なら持ち堪えられるはずです」

4人が見守る中、壮太の姿は落ちてきた隕石で完全に見えなくなった。



空は青空に戻り、雷鳴も止んだ。小鳥のさえずりさえ聞こえてきそうだ。

ただ衝突した衝撃で土煙がモクモクと上がり、どうなったのかがわからない。

「あちゃあ、やっぱり塔も崩れたかあ」

ボロボロと崩れいく塔の破片が雨のように降り注ぐが、早坂たちまでは届かない。念のために、それだけ距離をとっていた。



「一ノ瀬くん、何か見える?」

「煙やら石やらで、よくわからないんだけど、うーん、あれは人影か?」

そう言うなり、一ノ瀬は駈け出していた。飛ぶように走り、落下物を華麗に避けると「大丈夫だ!生きているぞ!」と大声をあげた。



「五十嵐、大丈夫か?」

「さすがにきつかった・・・強化と継続回復をかけていなかったら、もたなかっただろうなあ。ゲホ、ゲホ」

埃まみれではあるが、壮太の装備は壊れることなく、傷がついた程度で済んでいた。

ただ、大楯はかなりダメージを受けてしまったようだ。衝突する寸前で体を覆い隠したせいか、ヒビがはいっていた。





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