第39話 やるなら最初から全力で

決行日は10月27日に決定した。1日で決着つける。成功か失敗かのどちからかでしかない。

壮行会ではないが、決行の3日前に早坂は壮太たちを自宅に招いた。都内の一等地というだけでも腹が立つのに、早坂家は3件分を1件で独占していた。

壮太は「これが金持ちが住む邸宅か」と感心しつつ、この豪邸で早坂が自由気ままにくつろいでいる姿を想像すると、妙に腹立たしくなり、豪華なドアに砂でもかけてやろうか、などと馬鹿なことを考えてしまった。



「いらっしゃい」

「ようこそ」

早坂と花子が出迎え、壮太は「お前は邪魔だ」と早坂を押し退けた。

「そんなことをして、五十嵐くんは小心者だから緊張しているんじゃないの?」

「なんだと!」体だけ大学生の小学生が喧嘩を始めると「ほら、じゃれてないで行こう」と高森から凍てつくような視線を送られ、壮太と早坂は口を閉じた。



「凄い部屋だな!」20畳の部屋を見て一ノ瀬は感嘆の声をあげた。

「本当、お金持ちって良いなあ!」高森は羨望の視線の眼差しを部屋中に向けている。

「ケッ」

三者三様だが、壮太の「ケッ」だけは明らかに違っていた。こんな豪邸に花子と住んでいると考えただけで腹が立った。



「わざわざ、迎えの車まで寄こしてくれるとは思わなかった。俺は電車で行くつもりだったんだけどな」お人好しで善人の一ノ瀬は、好待遇に感激していた。

「私は多分、車を寄こしてくれると思っていた」高森も相変わらずだと思ったが、かくいう壮太も迎えが来ると思っていたので何も言えなかった。



「とりあえず、座って」早坂の部屋には見るからに高級そうな椅子が3つ並んでいた。花子は早坂のベッドに腰をおろし、早坂は両膝を組んで楽しそうに椅子をクルクルと回転させていた。

「あれは、お兄ちゃんの癖なので気にしないでください」と花子が気を遣い、割ってしまったときの弁償代が心配になる高級そうなティーカップに、良い香りのする紅茶を丁寧に注いでくれた。

「いいか、一ノ瀬、割るなよ」

「お、お前もな」

紅茶を飲むのに手が震える。高森は気にせず飲んでいたが、一ノ瀬と壮太は「割ったらどうしよう」と気後れしていた。



「決行日は伝えた通りなんだけど、ここからは僕たちだけの注意点というかルールを説明するね」早坂は高級そうな紅茶を味わって飲まず、冷ましてから一気に飲み干した。

「あー、勿体ない」

「五十嵐くん、そんな目で僕を見ないで。一ノ瀬くんもだよ」

「ほら、2人とも貧乏感丸出しだよ。早坂くんの話をちゃんと聞こう」

高森の言う貧乏感とは造語だが、よく言い表したものだと壮太は感心し、早坂の話の続きを待った。



「いくら猶予が1日しかないとはいえ、僕たちは安全重視でいくから。危ない、無理だと判断したら即ログアウトして。1人死亡した時点でパーティ全員がログアウトするかもしれないから、それも頭にいれておいて」

  


「かなり慎重だな」

「慎重に慎重を期しても足りないくらいだよ」

「でも、それだと残りの他のパーティに負担がかかりすぎないか?」大勢の人間が一気にログインすると聞いて、他のパーティが離脱したときのことが壮太は心配だった。



「きちんと説明すると、一斉にログインすると言っても参加者全員がまとめてログインするわけじゃないから。少しずつ時間をずらしてログインをするの」

「波状攻撃か?第1波、第2波みたいに?」

「まあ、そうだね。あとは個々のパーティの力次第だよ。どこまで続けられるか、それは実際にやってみないとわからないから」

早坂の言う通り、こればかりはやってみないとわからないだろう。あの世界に何十回も訪れているなら熟練しているだろうし、そうでないなら壮太たちよりも慣れていないかもしれない。



「次に初期レベルと職業なんだけど・・・」

「最初から全開でいくんだろ?」

「さすが、五十嵐くん。そう、やる以上は全力でいくよ」早坂は喜々としている。

「話がみえないぞ」当然と言えば当然だが、一ノ瀬と高森には何のことだかわかっていない。花子はわかっているように見えた。

「現時点でこちらで操作してあげられる最高レベルが60だから、最初から全員がレベル60だよ」

「それってズルくないのか?ほらチートとかなんとか散々言っていたじゃないか?」

「いや、むしろチートは向こうだ。レベル60でもどうだかな・・・」壮太はレベル60でも心許なかった。現状ではコアの本体が、あの世界を自由に動かすことができるはずだ。

「コアを無力化し続ければレベルの上限が解放されると思うんだけど、五十嵐くんの言うように楽観視しないほうがいいね」

「ねえねえ、花ちゃん、レベルが60くらいあると凄い魔法を使えるの?」

「私もレベル60でプレイしたことはないんですけど、かなり強い魔法を使えるはずです」

「よし」高森はその言葉を聞いて力強く頷いた。



「次に職業だけど、早坂くんは前衛のタンク役でガンランスが良いんでしょ?」

「そう、ガンランス」

「あのゲームから完全にパクったね。でも、この際それは置いて置こう」



「それで一ノ瀬くんは前衛と中衛を兼ねて、ミスティクナイトでお願いしたいんだ」

「はあ?なんだって?」

「また、凄い所を引っ張ってきたなあ」壮太は思わず笑ってしまった。

「戦士の上級職、うーんと、戦士が更にパワーアップして、しかもある程度の魔法も使える職業。一ノ瀬くんは動きが早いから、ウォリアーだけじゃ勿体ないし」

「ともかく、戦士の強化版ってことだな。それで、魔法も少しだけ使える職業で良いのか?」答えが正しいのか、一ノ瀬は不安気に聞き返してきた。

「うん。五十嵐くんには徹底的に守りに徹してもらうから、一ノ瀬くんは前線で自由に動いて」



「あとは僕たち後衛3人なんだけど、この際、攻撃特化と回復特化に別れて貰おうと思って」

「私は攻撃特化でしょ?」高森は目をギラつかせている。

「高森さんはそれしかないでしょ?だから、ビショップ。まあ、攻撃魔法の専門家だと思って」それを気いて、高森はもう一度「よし」と頷いた。

その様子を見て、壮太は段々不安になってきた。やたら構わず魔法を発動したら、すぐにマジックポイントがなくなってしまう。それに、今までとは桁違いの威力がある魔法をコントロールできるのだろうか?高森だってまだ初心者だ。



「五十嵐くんは心配していると思うけど、基本的に花子が高森さんをサポートするから安心して」

「何を心配しているの?五十嵐くんは?」

「いや、魔法を使い過ぎると後が大変だよって、そういうこと」

「まあ、よくわからないけど、思い切りやってやるんだから!」

高森の意気込みが空回りしないことを壮太は切に願った。敵味方関係なしに攻撃されては何の意味もない。



「それで、僕が賢者なのは変わらないんだけど、花子にはヒーラーでお願いしようかと思っているんだ」

「お前と同じ賢者にしないでか?基本職のヒーラーか?」

「私とお兄ちゃんで決めました。無理に上級職にしないで、ヒーラーでいこうって。私は回復に専念します」



「早坂、職業のことだけど、これだけパクりまくるとメーカーから訴えられるぞ?」

「それは僕たちには関係ないね。知ったこっちゃない、だよ」早坂は愉快そうに笑い、壮太もつられて笑った。

「やっぱり似た者同士だよね、早坂くんと五十嵐くんって」高森は少し呆れた顔をした。

「だから、お兄ちゃんと五十嵐さんは仲が良いんです」そう言った花子はどこか誇らしげだった。

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