第37話 問題と解決策

壮太たちは「visitar」と書かれた名札を受け取ると、足早にいつもの部屋を目指した。



「おはよう、待っていたよ」白衣の男性と何やら話していた早坂は、壮太たちを見ると笑って見せた。後頭部の寝ぐせなど気に留めない早坂は、随分と疲れているように見えた。

「早坂くん、ちゃんと食事を摂っているの?」高森も同じことを感じたのか、早坂を問い詰めている。

「うん、最低限は摂っているよ。それできちんと説明をしたいから、この上の会議室に移動するよ」

壮太たちは無言で頷き、早坂の後に続いた。どう説明すれば良いのかわからないが、壮太は、ここにいる人間が神経を尖らせているように感じた。緊張感があり過ぎて、いつもとは違う場所にいるような感覚さえ覚えた。



「入って、会議室とは呼べないけど、ここで説明するから」

ドアを開けた先に広がるのは、確かに会議室と呼ぶには狭く、楕円形の机が置かれ、簡素な椅子が置かれていた。

「どこでも良いから座って」

「なあ、早坂、花ちゃんは?」花子の姿だけ見当たらない。いつもいるので、いないとしっくりこないし、壮太は久しぶりに花子の顔を見たかった。

「高校生なんだから学校でしょ?」

「高森さんの言う通り、花子は学校だよ」

「言われてみれば、うん、まあ、そうだよな」冷静に考えれば当たり前のことだったが、この場に花子がいれば多少は雰囲気が和らぎそうだったので、残念に思いながら壮太は目の前の椅子に腰を下ろした。



「これから話す話は他言無用でお願いしたいんだけど、まあ、バレたらバレたで仕方がないんだけど・・・」

どっちなんだよ、と壮太は思いながら、素直に続きを聞くことにした。茶化している場合ではなさそうだ。



コン、コン、不意にドアがノックされ、全員の視線が入口に集中した。

「おはようございます」姿を現したのは冬用の制服を身に纏った花子だった。

さすがだ。やはり美少女の冬服も絵になる。髪が少し伸びたようにも見えるが、やっぱり可愛い。



「どうして学校に行かないんだ?」早坂は聞いたことがない強い口調で花子を詰問した。壮太は久しぶりに花子を見て喜んでいたのだが、早坂の激しい口調で背筋を伸ばした。

「学校は休んだよ。私だけ除け者なんて酷いよ」花子はそう言って近くの椅子に腰を下ろし、「二葉姉さんから教えてもらった」と早坂が聞くつもりだっただろう質問に先に答えた。



「参ったなあ、二葉姉さんも勝手なんだから。いくら花子と仲が良いからとはいえ、余計なことまで教えちゃって・・・この件は父さんから僕に一任されているんだ」

「私だって、クランの一員じゃないの?」花子は頑として譲らなかった。

「もういうレベルの話じゃないんだって、花子にもわかっているんだろ?」

壮太には、この兄妹が何のことで言い争っているのがわからなかったが、場所を移し、花子には隠していたということから、思っていた以上に何か大変なことが起きているのは容易に理解できた。



「聞くだけなら良いんじゃないの?」

「高森さん、ありがとうございます」花子は丁寧に頭を下げた

「俺も高森と同じだ」一ノ瀬は高森に賛同した

「無責任かもしれないけど、俺も高森さんと同意見だ。その後のことは直接話しあえば良い」除け者と言い方をされてしまうと、さすがに可愛そうだ。壮太も一ノ瀬に続いた。

「一ノ瀬さんと五十嵐さんも、本当にありがとうございます」

「それで、どうするんだ?早坂?」

「わかった、わかったよ。花子はみんなを味方につけるんだもんな。ずるいよ」

早坂は不本意だが、花子の参加を認めたようだ。

「じゃあ、改めて説明するね」早坂は知っている限りの情報を話し始めた。





早坂の話を要約すると、イレギュラーな事態が勃発するのは、人間が関与しているのでなく、そこに機械の意思が働いているということだった。

早坂が考えていたような、企業間の探り合いだとか誰かが故意に邪魔をしているとか、そういうことではなかったようだ。むしろもっと厄介だ。犯人が人間ではないとすると、少しでも対処の方法を間違えると全てが崩壊してしまうだろう。



「AIが自我に目覚めちゃうって、本当にあるんだな」非常事態だが、壮太は感心していた。興味深いが、そんなことを考えている暇はなさそうだ。

「複数の企業の開発で、優秀なスタッフが集まり過ぎちゃったんだよね。その要因は大きいと思う。頑張り過ぎたら悪い結果になるなんて笑えないよ」軽口を叩いているようだが、早坂にはかなり堪えているようだ、表情が硬い。



「それってかなり危険なんじゃないの?」

「俺たちの体にも異変が起きるとか、そういうことはないのか?」

「高森さんと一ノ瀬くんの心配は最もだけど、実害はないよ。それは安心して。の目的は、あの世界の乗っ取りだから」

「兆候とはなかったのか?」

「実はさ、よくよく思い出してみるとあったんだよ」早坂を腕組をして険しい表情をした。

「レベルが違いすぎるオークの出現もそうなんだけど、その前、ほら、ゴブリンが人間の言葉を喋って命乞いをして、結局、高森さんに撲殺されたでしょ?」

「早坂くん、その言い方はないんじゃない?」高森は不服そうに顔を赤くして起こったが、事実、命乞いをしたゴブリンを無残に撲殺している。壮太と一ノ瀬は早坂に「問題ない」というような視線を送った。



「ともかく、あの時点でおかしいと思うべきだったんだ。あの行動は感情がないとできない。死にたくない、助けて欲しいと思わなければ、あんなことはしないし、できるわけがないんだ」

「俺は、あれが仕様だと思った」ゲームに精通している壮太には、あの世界のモンスターはそういうことができるものだと思い込んでいた。通常では有り得ないが、未知のVRMMOの世界では、今までの常識が通じない。そう思うようにしていた。

「五十嵐くんと同じで、僕もあれが仕様だと思い込んでしまったんだ」早坂は立ち上がると、ドンと両手を突き、首を大袈裟に振った。



「あのさ、俺はゲームに疎いからよくわからないんだけど、ゲームの世界を支配して、人間を排除することが目的だとしても、そんなことをして得でもあるのか?」

「損得じゃないんだよ、一ノ瀬くん。今のところ自我が芽生えたと言ってもそれほど大きなことはできない。だけど、このまま放っておくと計画は白紙。内容全部がリセットでデータも全消去。今後、VRMMOの開発自体、誰もしなくなるんじゃないかな?」

「その状況下で、俺たちに何をしろと?」事態は把握したが、壮太たちが朝一で集められたことが、まだ繋がらない。

「まあ、解決策はあるけど無理強いはしないよ。それもあって、わざわざ集まってもらったんだから」

「だったら、その解決策を詳しく教えろよ」

「わかったよ。わかったからそんなに急かせないで」早坂は途中の自動販売機で買ったブラックコーヒーを一気に飲み干した。

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