第36話 継続か頓挫か
10月に入っても開発は遅々として進まず、このままでは開発が頓挫するのではないかと囁きだされた。
これで何十回目だろうか、大口の出資社の代表が20名ほど集まり、オンライン会議が開かれた。早坂の父親も出席している。
「一体どうなっているんですか?」第一声はもはや、お決まりになっていた。
参加者が疑心暗鬼の状態では、まともな話し合いなどできるわけもなく、会議と言うより言い争い、犯人捜し、責任の押し付け合いになっていた。
「もし、プロジェクトが頓挫したら、うちの損害額は大変なものになります」
「うちだってそうだ。リストラは勿論、規模の縮小、それだけじゃ済まない!」
「なんだってこんな嫌がらせをするんでしょうか?わが社には従業員が1000人いるんです。路頭に迷わせる気ですか?」
「この会議に参加していない企業の身辺調査はどうなっているんです?」
早坂の父親は机の上で両手を合わせ、黙ってその様子を眺めていた。
「早坂さん、あなたはどうなんです?」年配の男性が早坂の父に疑念の目を向けてきた。
「どうなんですと言われましても・・・私どもも皆さんと同じで窮地に陥ります。そんなことは言わなくてもわかっているのではないですか?」早坂の父は疑いを晴らすようにモニターに映る男性を睨んだ。
「人間の生命に関わりかねない問題です。認可などおりませんよ」
「まったく、こんなことになるなら開発に携わるべきじゃなかった」
「同感ですな。利益どころか損失しかださいとは」
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いつも通り、何も変わらない。変わったといえばテストの全面中止。開発が進んでも検証ができないと、前進しているとはいえない。かといってこの状況下でテストを敢行するにはリスクが高すぎた。
「皆さん、誰かが意図的に仕組んでいるとしても、明確な証拠を見つけない限り、どうにもなりません。次の会議までにもう一度、各社徹底的な調査をお願いします」
進行役の代表の一言で、会議と言う名目の罵り合いは終わった。
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「はあ」早坂の父親は大きな溜め息な吐いた。早坂の父は今年で62歳になった。小柄だが高級なスーツを着こなし、しかも顔立ちが整い、おまけに髪の毛がふさふさとしていたので、実年齢よりもかなり若く見えた。壮太が見れば妬み嫉みで息子の太郎にグーでパンチをしていただろう。
「社長、少し宜しいですか?」早坂の5人目の兄妹を誕生をさせ兼ねない、美人で若い秘書が耳打ちをした。
「わかった。このことは関係各所にすぐ連絡を。我が社に責任を押し付けられたら堪ったものではない。全ての情報を、今日の会議に参加した企業に、すぐに送ってくれ」
「畏まりました」グラマラスな美女が踵を返して部屋を出ようとすると「ちょっと待ってくれ」と美人秘書を呼び止めた。
「内々のことですまないが、一郎、二葉、太郎にも、このことを伝えて欲しい」
「承知しました。花子さまには宜しいのですか?」
「花子はまだ高校生だ。どうするかは太郎に判断を委ねる。とりあえず三人だけで良い」
「はい、畏まりました。そのように致します」
「それから、このゴタゴタが片付いたら、また食事に行こう」早坂の父親は会議に参加していたときとは真逆な、柔らかい表情で秘書に微笑んだ。早坂家の5人目の兄妹は本当に誕生しそうだった。
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ジリリン、ジリリン、目覚まし音の着信が鳴る。壮太は発信者を確かめると『早坂太郎』だった。
「今、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。どうしたんだ?」
「本当に申し訳ないだけど、明日、朝一であの病院に来てもらいたいんだ」
「はあ?朝一って、俺は5限まであるんだぞ」
「そのために、代返要員を用意したから」
「代返要員って、なんだその造語は?」
「ごめん、急いでいるんだ。来れるか来れないかだけでも教えて」確かに早坂は何がそうさせているのかわからないが、やたらと慌てているのが電話でもわかった。
「よし、わかった。俺は行く」
「ありがとう。9時に五十嵐くんの家に迎えの車を行かせるから、用意して待っていて。それじゃ」
ブツ、切られた。ただ、のっぴきならない事情があるのだろう。壮太は風呂に入ってすぐに就寝した。一ノ瀬と高森がどうするかはわからないが、ここまできたら、最後まで付き合う覚悟は決めていた。
明朝9時、五十嵐家には相応しくないベンツが止まっているのを確認して、壮太は鞄を持って車に乗り込んだ。車内にはすでに高森がいた。眠そうに欠伸を繰り返している。
「ふはあ、おはよう五十嵐くん」
「おはよう。まさか高森さんがいるとは思わなかった」
「ここまで来たら私も付き合うよ。代返要員もいてくれることだし」
「高森さん、五十嵐さん、このまま一ノ瀬さんの御自宅に向かいます」
スーツを着た若い男性は、バックミラーで壮太と高森を見た。
「お願いします」
ベンツが静かに動き出す。壮太は外を眺めながら、焦る早坂の様子を思い浮かべていた。
「今日は雨なんだってね」ガサゴソと、高森は自分の手提げ鞄の中を探りながら呟いた。
「初めて、あそこに行ったときも雨だったよね?」
「そうだっけ?」興味がないのか、覚えていないのか、多分その両方だと思える高森は気のない返事をした。
「そうだよ。土砂降りだった。よく覚えている」
20分ほど走ると、住宅街に入り、背の高い男がビニール傘をさしていた。
「おう、五十嵐!あれ?高森もいるんだ?」
「その反応はなんなの?」
「いや、意外だったから。おい、五十嵐は真ん中に移動してくれ」
壮太が真ん中に動くと、左側に座っていた高森も腰を浮かせてドア側に寄った。
「結局、みんな行くんだなあ」後部座席で真ん中に座る壮太は感慨深そうに溜め息を吐いた。
「そりゃ行くだろう?やっぱり気になるし。五十嵐は行くと思っていたけど、高森までいるとは思わなかった」
「だって代返をしてくれて、ノートまでとってくれるなら私が大学に行く必要もないでしょう?」
「それはそうだ。ごめんごめん。ところでさ、初めて、あの病院に行くときも雨だったよな?」
壮太は苦笑し「俺たちはどうでも良いことを覚えているんだよ」とシートベルトを締め直した。
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