第35話 不安と不穏

早坂からβテスト再開の知らせがないまま、大学生の長い夏休みは終わりを迎えた。

一ノ瀬は気の合う仲間とバスケットボールをしていると聞いた。まあ、小さな同好会みたいなものだろう。

高森は、原田、井上とではなく別の女子生徒と行動を共にするようになった。壮太は高森を含めて4人というのが気がかりだった。一ノ瀬を巡って第2ラウンドが勃発しないか、その懸念を拭うことができなかった。

壮太は壮太で、至って普通の友達と過ごしていたが、暇な時間を持て余し、アルバイトでも始めようかと考えていた。


 

9月中旬、残暑が終わってくれそうな秋風が吹き始めると、壮太は久しぶりに、いつもの学食で早坂と再会した。

「五十嵐くん、久しぶりだね。相変わらず1人なんだ?」

「うるせえ、さっきまで一緒にいた友達が授業に行っただけだ」

早坂はどうしても壮太を「ぼっち」として扱いたいようだ。思えば、こいつが初めて声をかけてきたときもそうだった。

「お前、授業とか出ないで大丈夫なのか?」

「まあ、出席だけはしていることになっているから、大丈夫なんじゃないかな?」

いつの間に早坂は代返してくれる友達ができたのだろう?いや、こいつのことだ、出席しているのは大学生ではないのかもしれない。



「一ノ瀬くんと高森さんは?」早坂は辺りをキョロキョロと見回した。

「知らないよ。お前、俺たちがいつもつるんでいると思っているのか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど、なんだか味気無いと思って」

「そう思うなら、手に塩でも振って舐めろ。おい、そんなことより、あれから音沙汰無しだけど、どうなっているんだ?俺は花ちゃんに会いたいんだ」

「あのさ、君の目的は未知のVRMMOなの?それとも花子なの?」

「それは・・・」あれ?どっちだ?壮太は即答できずにいた。VRMMOは勿論楽しみだったし、実際に凄い体験をしたと思うが、両方を天秤にかけると、一瞬で花子に傾く。傾き過ぎて天秤は壊れてしまうだろう。



「それは、もちろん花ちゃんだ」

「君は僕のことをポンコツ呼ばわりするけど、ポンコツは五十嵐くん、君のほうだ!」

早坂は『犯人はお前だ!』というように人差し指で壮太を指さした。

「うるさい、お前がポンコツなせいで、俺がどれだけ苦労したと思っているんだ!パチモンのFPSに一ノ瀬への無責任な助言、βテストですらないゲームのアバターで遊びやがって!」

「それは僕だけのせいじゃない!色々あるんだよ、君にはわからないだろうけど!」

醜い、実に醜い言い争いを、食堂にいた他の学生は遠巻きに、そして関わらないように知ら振りを決め込んでいた。



「はあ、はあ、もうやめようよ」

「そうしよう、はあ、はあ、こんなの無意味だ。話を戻そう。本当にどうしたんだ?致命的なエラーでも発生したのか?」

「はあ、はあ、疲れた。そういうのじゃないけど、あ、その飲み物を少しちょうだい」

「お前と間接キスするみたいで嫌だけど仕方がない。全部やるよ」壮太は残っていたペットボトルのお茶を早坂に差し出した。ゴクゴク、プハアッと、早坂はCMに絶対起用されないような飲み方で、お茶を喉に流しこんだ。



「うーん、まだ足りないけど、まあいいか」

「おい、質問に答えろって。どうなっているんだよ?最近、VRMMOの話題も以前ほど目にしなくなっているぞ」

「五十嵐くんだから話せるんだけど、どうも様子がおかしいんだ」

「様子って?」

「開発全体の話」

「開発全体?あれだけ大々的に宣伝して、でも脳に直接影響を与えるから、モラルとか医療の問題とかで色々と騒がれていたけど、実際に稼働できているじゃないか?」

「そうなんだよ、そこがまさにネックになっているんだよ。あれが一企業で完成させられるような代物ではないことは五十嵐くんにもわかると思うんだけど」

「莫大な利権争いか?」

「花子も同じようなことを言っていたなあ。それよりも、問題は試みが初めてだから、万が一事故が起きたら、誰がどうやって責任を取るかで揉めている感じかな?利益よりも補償だよ。予想もできないイレギュラーが多発するようじゃ、怖くて販売なんかできないでしょ?」

「そんなこと、最初から決まっているんじゃないのか?」

「いや、離脱する企業があれば新規参入もあって、複雑化しすぎちゃっているのがマズイんだよ」

「確かに・・・」

いつの間にか2人は真剣な面持ちで冷静に話し合いをしていた。そのおかげで、他の学生は迷惑をかけられることなく、スマホをいじったり、読書をすることができていた。



「それで、ずっと気になっていたんだけど」

「何?」

「俺たちみたいに、デバイスをつけて実際にテストプレイしている人間って、どのくらいるんだ?」

「うーん、正確な数までは把握していないけど、8000人、いや、1万人以上はいいると思う」早坂は天を仰いで考え込んだが、結論は変わらなそうだった。

「そんなにいるのか?」

「少ないほうだよ。まだ初期段階のテストプレイなんだよ?デバイスの数だって限られているし」

「おいおい、俺たちの脳は本当に大丈夫なのか?それに、やっぱりまだβテストまで達していないじゃないか?」



急に心配になる。選ばれたというのはあくまでも好意的な表現で、実験の為に集められたと考えると悪意に変わってしまう。

「問題は僕たちみたいにテストプレイをしていると、必ずといっていいほどイレギュラーな事態が起こるってこと」早坂は壮太が見たことのないくらい真剣な表情をしていた。事態がそれだけ深刻なんだろう。

「まあ、俺もレベルが桁違いだろうオークに瞬殺されたからな。そもそも、お前が教えてくれれば良かったのにな」と苦虫を噛み潰したような顔で早坂を睨んだ。

「あれもまさにイレギュラーだよ。あんなことが起こるはずがないのに。やっぱり、企業間同士で探り合いをして、実験中に実験しているのかも・・・」

「ややこしいけど、意味はわかる。俺たちのテストプレイに更に第三者がテストを重ねてきたってことだろ?」

「そう考えるのが自然なんだけど、でもさ?」

「でも?」

「はっきり言って、そんなことをして何の得になるのかな?複数企業の共同開発なのに、情報を秘匿したって、は独占開発なんてできないよ」

「確かに、お前の言う通りだ。は家庭で気軽に遊べる代物じゃないからな。現段階では、だけど」

「僕としても悔しいんだけど、不確定要素が多すぎる現状では、テストはできないし許可もおりないんだよ」



「あれ、早坂くん。久しぶりだね?」女子生徒4人組が近づいてきて、その中心にいた高森が前に出てきた。

「ああ、高森さんも元気そうでなによりだよ」

「裕子、私たちはあっちに行っているから」新しくつるみ始めた高森の友人たちは、すんなりと別の席へ移動した。

「あの中に一ノ瀬狙いはいないよね?」

「あのさ、いちいちそんなことを確認していたら友達なんてできないよ?でも、いないはず。ほとんどのが子が彼氏いるし」高森は呆れ顔で壮太を見てから「それで、早坂くん、テストの続きってどうなっているの?」と壮太と同じように問い質した。

「そのことなんだけど・・・」早坂は壮太の会話を高森にもわかるように丁寧に、それでいて簡潔に説明した。



「そうか・・・それじゃ、仕方ないね」高森も残念そうに下を向いた。時給目当てだと思っていた高森が、今は時給を断っていること知って壮太は驚いた。

「俺、高森さんを見直した!」

「なんでそんなに感激しているの?失礼だよ!」

「ごめんごめん」

「時給は確かに欲しいけど、なんていうのかな、あの未知の体験を優先してできることがどれだけ凄いのかは、さすがに私も理解しているから」

「いやあ、高森さんの好感度が初期値に戻りそうだ」また言わなくても良いことを言ってしまい、壮太は慌てて口を閉じた。

「だから、五十嵐くんは・・・」高森が怒り出すと「ごめん、僕はもう帰られないと」席を立ち上がった。



「え?お前、もう帰るのか?というかこんな感じで進級できるのか?」

「別にいいんだよ。そういうことは」

「何がだよ?」

「この問題が解決しない限り、僕は休学する。最悪、中退しても良いと思っている。悪いけど、また今度ね。何か進展があったら、すぐに連絡するから」

早坂の真剣な表情をみて、壮太は早坂の並々ならない決意を汲み取った。



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