第33話 まるでデートじゃないか

花子とともに訪れたショッピングモールは、外見だけ見ると何かの工場のように思えたが、中に入ると全体的に丸みを帯びていて、建物の中心に設置されたエスカレーターが交互に行きかい、天井には色彩豊かなオブジェが飾りつけられ、とても立派な作りをしていた。



「どうして今まで気が付かなかったんだろう?」壮太はショッピングモールに入ると、全体を見回して不思議そうな顔をした。

「いつも病院に直接向かっていたんですよね?それじゃ、わからないですよ」

「花ちゃんはよく来るの?」

「たまにです。可愛い雑貨を取り扱っているので」そう言うと、花子は天使の笑みをみせ、壮太は未だに慣れないせいか、立ち眩みをしたようにフラッとした。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫だけど、これは慣れることができなそうだ」

「何に慣れるんですか?」

「いや、うん、人が多いなってね。うん、そう」壮太は苦しいと思いつつ、しどろもどろで答えた。

「じゃあ、3階に美味しいジュースのお店と、ちょっと見てみたい雑貨があるので、そこで一休みしましょう」



「五十嵐さん、ちょっとごめんさない。電話がかかってきたみたいで」

3階に到着すると、花子は持っていた手提げカバンから、スマホを取り出した。



「もしもし、花子?今どこにいるの?五十嵐くんの姿も見つからないし、スマホは置きっ放しだし、何か知らない?」

「私と五十嵐さんは、すぐ近くのショッピングモールにいるよ」

「二人で?」

「うん」

「みんなログアウトしたから、できるだけ早く戻ってきてね」

「わかった。できるだけ早く戻るね」早坂兄妹はそこで会話を終えた。



                ✦



「花ちゃんは何だって?五十嵐の居場所も知っていたか?」着替えを終えた一ノ瀬がストレッチをしながら、早坂に尋ねた。

「居場所も何も、すぐ近くのショッピングモールにいるんだって、五十嵐くんと」

よし、一ノ瀬は言葉に出さず、ガッツポーズを作った。

「えーーー、嘘でしょ?」すでに着替え終えていた高森は信じられないらしく、「ねえ、早坂くん、花ちゃんって五十嵐くんみたいなのが好みなの?」と早坂の襟首を掴んで何度も揺さぶった。

「高森、五十嵐くんみたいなのっていうのは失礼じゃないか?」

「そうだよね。ごめん」

「高森さん、揺さぶり過ぎて僕は気持ちが悪くなっているんだけど」

「ああ、ごめん」高森は慌てて早坂から手を離した。



高森は疑心暗鬼に陥っていた。花子は1人ずつ男を陥落させるつもりなのか、それとも本当に壮太みたいな男がタイプなのか?前者だとすると侮れない、後者なら単なる物好きか。付け加えれば、もし後者であれば高森の心配事は綺麗さっぱりと無くなる。いずれにせよ、壮太を問い詰めるしかない。高森の瞳はメラメラと燃えていた。



                ✦



「早坂からでしょ?大丈夫?俺と2人とか言っちゃって」壮太は夢から現実世界に引き戻されたようで、気持ちが一気に萎えた。

「買い物をするだけですから」

「でも、早く戻らないと。一ノ瀬と高森さんもいることだし」

「五十嵐さん、1軒だけ寄らせてください。そうしたら戻りますから。すぐそこなんです。



花子が入ったのは確かに雑貨店だった。目覚まし時計や花瓶など、店内には所狭しと物で溢れかえっていた。

「ちょっと店内を見ていてください」そう花子に言われ、壮太は商品を眺めていたのだが、気になるものを見つけ、すぐにそれを持って会計を済ませた。

「あれ?五十嵐さんも何か買ったんですか?」背後から花子に声をかけられ、壮太は注射を打たれたようにビクッとした。

「ああ、うん。花ちゃんはもういいの?」

「はい。私も終わりました。それじゃ、外に出ましょう」店の外に出ると、花子は持っていた紙袋を壮太に差し出した。

「うーんと、これは何かな?」

「私からのプレゼントです」



「プレゼント?俺に?」

壮太は受け取るまでに色々なことを考えた。

もしかしたら、ここはVR空間で実はまだゲームは終わっていない。そして目の前にいる花子はAIで、喜ばせて油断したところで非道な拷問をしてくるのかもしれない。

もし、ここが間違いなく現実世界なら、俺は今日死ぬのかもしれない。事故か病気か、どっちでもいいから苦しむのは嫌だな、などと考えていた。



「どうしたんですか?」

「あのさ、どうしてプレゼントをしてくれるの?」

「ゲームの中の出来事とはいえ、命がけで守ろうとしてくれたお礼です」

「うーん、そのくらいでプレゼントを貰っていいのかな?」本音を言うと喉から手が出るほど欲しかったが、本当にプレゼントを贈られるほどのことをしたのか、壮太には全くわからなかった。



「じゃあ、あげません。せっかく選んだのに」

壮太がグズグズしていると、花子は少し怒ったように紙袋を下げてしまった。

「いやいやいや、頂きます。ありがたく頂戴します」

「大袈裟ですよ」花子はいつものように天使の笑みをみせ、壮太は眩しさに堪えながら、卒業証書を受け取るように仰々しくプレゼントを受け取った。

「開けてもいいの?」

「勿論です」花子から確認を取ると、壮太は丁寧に丁寧に紙袋を開けた。中にはシンプルなターコイズのネックレスが入っていた。

「これは、ネックレスだよね?貰っちゃっていいの?」

「はい。高いものは買えませんけど、お守り代わりに使ってもらえると嬉しいです」

お守りには勿体なくて使えない。壮太には高いと安いとか、そういうことは問題ではなかった。花子がプレゼントしてくれたということが重大な事案で、感謝や感動を伝えるにも壮太の語彙力では無理だと悟った。



「ちょ、ちょっと待ってね」壮太は自分が持っていた紙袋を花子に差し出した。

「先に言っちゃうと、ハンカチが入っているんだ。ほら、花ちゃんのハンカチがコーヒーまみれになっちゃったから」

「ありがとうございます!わあ、綺麗なブルー」

「ピンクがなかったから・・・でもこれも良いかなって」

「五十嵐さん、本当にありがとうございます」神々しいとさえ感じる花子の笑顔を見て、壮太は「まずは花ちゃんの笑顔をまともに見れようにしないと」と小さな、小さな目標を立てた。


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