第31話 何が何でも
「ふう、どうやらもう岩は飛んでこなそうだ」
「一ノ瀬、頭を低くしろ。高森さん、気づかれないように後ろにさがるからね」
「私たちは戦わないの?」
「無理、絶対に無理。だから間違っても魔法なんか飛ばしちゃダメだよ!」
「グオオオオオ」オークの咆哮で空気が震える。
「そうみたいね。ゆっくりと下がろう」
壮太たちが盾でヤドカリになって下がり始めた頃、高レベルの3人は苦戦を強いられていた。
「早坂氏。あれはレベル30以上あるように感じるでござるが?いかがかな?」
リアンは足と腹を重点的に拳と足を連打しているが、ダメージを与えている実感が湧いていないようだ。
「そうみたいです。ちょっと強すぎます」
「太郎さん、何かありましたか?皆さんの心拍数が急激にあがりました。それと、フィールド上の赤い点が激しく点滅を繰り返しています」天からの声も慌てている。間違いなく問題が発生しているということだ。
「大丈夫。イレギュラーが発生したけど、合図を送るまでログアウトしないでね」
「お兄ちゃん、大丈夫なの?」花子は心配そうに早坂を見た。
「平気だよ。おーい、五十嵐くんと一ノ瀬くん、前衛で防いでくれないと詠唱できないから、こっちに来て」早坂は大声で壮太たちを呼んだ。
「全く、あの馬鹿、俺たちのレベルを忘れているんじゃないか?」
「いいのか、呼ばれているのに?」正義感からなのか、使命感なのか、それとも単に無知過ぎるのか、一ノ瀬が立ち上がりそうになったので、壮太は強引に一ノ瀬を座らせた。
「止めろって。それでも行きたければ1人で行け。どうせ瞬殺されるから」
「ねえ、静かに下がろうよ?」
高森に促され、盾で姿を隠したまま3人4脚でもするように、壮太たちはゆっくりとゆっくりと後ろへ下がった。
「紅蓮の炎で突き抜けろ、ファイアークランプ!」花子の凛々しい言葉が響く。
「よし、サンダーレイン!」
早坂は相変わらず端折っている。「何か恰好の良いセリフを付け足せよ」と壮太は大楯で隠れながら文句を言った。
「お?効いているでござる。よろめいた今がチャンスでござる」
ドカドカドカ、シュシュ、音しか聞こえないが、リアンがラッシュをしかけたのだろう。
「グオオオ」耳をつんざく咆哮の後に、ドスンと地面が揺れた。
「ふう、思ったよりも手間取ったね」
「これも我らの連携あってこそでござる」
壮太はそろりと盾から顔を出すと、オークを中心に三角形を描くよう、早坂、花子、リアンが立っていた。
「花子、できれば捕獲をして解析したいんだけど、できそう?」
「やってみる」花子を目を閉じると、いつも以上に時間をかけて詠唱を始めた。
「グガガ」オークは息も絶え絶えだが生きていた。しかも斧を手放していない。
「あちゃ、仕留めきれなかった。花子、気をつけて」
オークはよろめきながら、花子に近づいていく。花子は集中しているので、早坂の警告に気づいていないのだろう。
「くそ、あのバカ兄貴め!」壮太は立ち上がると大楯を持った。
「どこに行くの?」
「あのままだと花ちゃんが危ない」
「瞬殺されるんじゃないのか?」
「それでもいいんだよ」そう言うと、壮太は花子を目指して駈け出した。
あの美少女が、天使のような花ちゃんが斧で真っ二つなんて考えたくもないし、そうはさせるか。壮太は立ち上がり、まだふらついているオークを横目に猛ダッシュした。
「よし、間に合った。大丈夫、花ちゃん」
花子から返事はない。よほど集中しているのだろう。
よろめきながらも、確実にオークは近づいてきている。
「よっしゃこーい!」壮太を大楯で花子を完全に隠し、いつ斧で攻撃されていいように覚悟を決めた。
「早坂氏、我らは助勢しないで良いのでござるか?」
「五十嵐くんがどこまでできるか、それを確認してからで良いと思います」
「わかったでござる」早坂とリアンは傍観を決め込んだ。
ズシン。
「ほら、かかってこいって!ヘイヘイ」
ズシン、ズシン」
「ビビるなって!こいよ!オラ!」
一ノ瀬と高森は早坂と合流し、その様子をかなり離れた場所で見ていた。
「五十嵐くん、相当ビビっているね」
「なんか、野球部の練習の掛け声みたいだけど、恰好良いじゃないか、五十嵐の奴」
「今更なんだけど、花子には物理バリアの魔法をかけておいたから、五十嵐くんの、あれは無意味なんだよなあ」早坂はシレっと言ってのけた。
3メートルはあるオークがボロボロの斧を構えると、壮太もさすがにビビり、掛け声が出せなくなったが、花子という天使のような美少女だけは何が何でも助けると覚悟を決めていた。
「グアアアア」耳をつんざくようにオークが吠え、よろめきながらも斧を振り下ろすと、壮太は一瞬で光の粒子となって消え失せた。だが、両膝をついて瞼を閉じている花子には弾かれ、斧は早坂たちの方向へ飛んで行った。
ドガッ、斧が早坂の目の前に突き刺さる。だが、早坂は微動だにもしなかった。
「早坂、大丈夫か?」
「うん、僕も物理バリアをかけているから」
「あれがバリアなの?」高森は壮太が一瞬で喪失したことよりも、薄い透明な何かに覆われている花子を見て驚いていた。
「凄いな、あれだけで弾くんだから。このことを五十嵐が知っていたら良かったのに」一ノ瀬は残念そうに頭を抱えたが、「でも、五十嵐くんの行動は勇敢だったよ。僕は改めて彼を見直した」と早坂は嬉しそうに笑った。
✦
「うん?あれ?」壮太のデバイスがゆっくりと外され、「お疲れさまでした、五十嵐ん」と研究員が労ってくれた。
「あちらで死んでしまうと、一時的に再ログインできない設定にしてあります。安全を考慮したうえです。ご理解ください」
「あの、花ちゃんは無事ですか?」壮太は再ログインできなくなることなど、どうでも良かった。気がかりなのは、花子の、あの後のことだけだ。
「ええ、特に変わりはありません」
「そうですか。良かった」壮太は自分が花子を守ったと勘違いしていた。
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長い詠唱を終えると、オークの背後から無数の鎖が飛び出してきてオークの動きを封じた。
「お兄ちゃん、上手くできたかな?」
「上出来だよ」
「リアンさん、助かりました。フォローをありがとうございます」
リアンは手を左右に振り「いやいや、これしきなんでもないでござる」と最後までブレずに「ござる」を使いこなした。
「高森さんたちも無事で良かったです」
「今回は私の出番がなかったみたいで残念だったけど」
花子は一ノ瀬にも同じように声をかけようとしたとき、壮太だけがいないことに気がついた。
「あれ、五十嵐さんはどこにいるんですか?」
「うーんと、なあ、高森、どう説明すればいいんだ?」
「格好つけて犬死にで良いんじゃないの?」
「それだと五十嵐が可哀そうだろう」
「ごめんなさい、私は集中していたんのでよくわからないんですけど・・・どうしたんですか?」花子は一ノ瀬と高森を交互に見て、申し訳なさそうに改めて壮太のことを尋ねた。
「わかった。きちんと説明する。五十嵐はオークに真っ二つにされたから、多分死んだと思う」結論だけ先に話すと、一ノ瀬は経緯を丁寧に説明した。
「お兄ちゃん!どうして五十嵐さんに物理バリアのこと言わなかったの!」花子は憤慨していたが「いや、言う暇もなく五十嵐くんが飛び出したからさ」早坂はいつものようにのらりくらりと答えた。
「言い訳はいいよ。私は先にログアウトするから。五十嵐さんにきちんとお礼を言わないと」
「わかった、わかったから。じゃあ、花子だけ先にログアウトして」
「姫、またどこかで」
「はい、リアンさんもお元気で」
そう言うと、花子はウインドウを開いて、すぐにログアウトした。
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