第30話 お決まり

「おや、そちらのお三方は早坂氏のお知り合いでござるか?」

「はい。僕のクランメンバーです」

リアンと呼ばれたのは、小柄な女性で眼鏡をかけた、一見するとどこにでもいそうな普通の女性だった。ただ、なぜかタンクトップを身に纏い、麻で作られたような七分丈のパンツを穿いている。



「どうもどうも、拙者は西園寺唯さいおんじゆいと申す者です。趣味はBLと百合の同人誌漁りです。気軽にリアンと呼んでくだされ」

「えーと、私は高森です」

「俺は五十嵐です」

「えーと、うんと・・・」

一ノ瀬は反応に困っているようだが、壮太は一ノ瀬を急かすように右肘で脇腹を

突いた。

「俺は一ノ瀬です。一ノ瀬渡です」

「ほうほう、高森氏に五十嵐氏に一ノ瀬氏でござるか」

壮太は喋り方だけは「こういう人はいる」と認識していたが、「リアン」の意味がまったくわからなかった。恐らく、一ノ瀬と高森は全てわかっていないはずだ。高森が唯一、「BL」だけわかるかもしれないが、それでも未知との遭遇を果たしはずだ。



「リアンさんは、どうしてこんな所にいるんですか?しかも独りで?」

「早坂氏と目的は変わらないでござるよ。フィールドワークの真っ最中でござる」そう言うと、リアンと呼ばれた女性は黒縁の眼鏡をかけ直した。

「あの西園寺さん・・・」

「どうしたでござるか?高森氏」

「あの、どうしてリアンなんですか?」高森は勇気があるのか、それとも好奇心が強いのか、壮太が触れないようにしていたことを平気で口にした。

「単純に恰好良いからでござる」

「じゃあ、その喋り方は職業が忍者だからですか?」

「いやいや、拙者のジョブはモンクでござる。これは口癖のようなものでござる」



壮太は頭を抱えたくなった。この自称リアンという人は、西園寺唯と立派な名前があり、ここにいるということは関係者の独りで、要するに金持ちの関係者だ。それなのに趣味がBLと百合の同人誌漁りだとか平気言うし、ベタなヲタクの喋り方をする。しかも一昔前のヲタクだ。今どきここまでベタな喋り方をするヲタク知らないし、見たこともない。



恐らく、一ノ瀬と高森は半分も理解できていないだろうが、それで良いと思った。下手に知ると悪影響を与えかねない。

しかし、肉弾戦を得意とするのモンクだとはと思ってもみなかった。ただ、服装を見れば納得もできた。



「リアンさんは、まだ研究室にいるんですか?」

「はい、研究の真っ最中でござる」

「リアンさんは東大の大学院生なんです」花子の追加の紹介で、壮太は打ちのめされたようにうずくまった。

馬鹿と天才は紙一重だとよく聞く。ただ、この人は馬鹿とは違う。ただの痛い人だ。財を成すには何か特殊な試練でもあるのだろうか?壮太はそう思わずにいられなかった。



「ここには何かありましたか?モンスターとかは?」

「全部拙者が成敗したでござる。あと目ぼしいものはなにもなかったでござる」

「全部ですか?凄いですね!」花子は羨望の眼差しでリアンを見た。

「ちなみに、リアンさんのレベルって?」

「お恥ずかしながら35でござる」そう言うとリアンは頭を掻いた。

恥ずかしいって・・・あんた、本当は馬鹿じゃないのか?と言いそうになって壮太は口を押えた。レベル40と30の賢者にレベル35の女性モンクが、始まりの町近辺をうろつくなんて、プレイヤーキルを目的にしている悪質なユーザーとしか思えない。



「僕たちはレベリングを兼ねて探索中なんですけど、ここにはモンスターはいないんですね」

「申し訳ないでござる」

「じゃあ、場所を移動しようか?」

「早坂氏、拙者も同行してよろしいでござるか?」

「僕と花子は全然問題ないですけど、五十嵐くんたちはどう?」

「どうって・・・」断れるわけがない。早坂はそれを承知の上で聞いてきた。やっぱりこいつは性格が悪い。「ええ、勿論」と壮太は精一杯の作り笑顔を見せた。



ズシン、ズシン、唐突に天井からパラパラと小さな岩の塊が落ちてくる。

「あれ、全部やっつけたはずじゃ、痛い」早坂は岩が直撃したようだ。痛いはずがないのに想像以上に衝撃が大きかったのか、両手で頭を押さた。

ズシン、ズシン、音は更に大きくなり、巨大な何かが姿を現した。全身が緑色に覆われていて、縦にも横にもやたらと大きい。斧をブンブンと回して「ゴオゥ」と大きな咆哮をしたそいつは、壮太の知る限り「オーク」で、しかも大きさから考えると、普通のオークではなかった。



「ちょっとちょっと、何なのあれ?」高森は戸惑い「あいつ、かなり大きいな」と186センチある一ノ瀬はのんびりと見上げている。

「拙者のミスでござる。まさかあんな大物がいるは・・・」リアンは素早く動き、軽快にジャンプをして拳と足で連打した。さすがいんちきをしているレベルだ。動作が早すぎてよくわからない。壮太は無駄に感心していたが、オークは何事もなかったというよう平然としていて、それどころか力を溜めているように見えた。



「これはやるしかなさそうだね」

「うん」

珍しく早坂と花子が戦闘モードに突入している。ということは・・・



「一ノ瀬、高森さん、俺たちは逃げよう!あれは無理!絶対に勝てない!」壮太は2人に声を掛けて入口に向かって一目散に走りだした。

花子のことは心配だったが、レベルが30もあれば簡単に死にはしないだろう。

「もう、今日はわけがわからない。リアンって何よ!」高森は走りながら大声を上げた

「それはいつものことだよ」壮太も大声で返した。

「あれは強そうだ」一ノ瀬は一ノ瀬で危機感が希薄すぎる。

「強いとかじゃなくて、俺たちには手出しもできない。呆気なく踏み潰されるだけだ。俺はこんなところで死にたくないから」

やはり一ノ瀬は運動神経がいい。へろへろになった高森を抱えているのに壮太よりも早く、今にも崩れ落ちそうな洞窟から逃げ出していた。



「はあ、はあ、キツイ」

「もう無理、私はもう走れない」

「ヒヤヒヤしたな」

「あれ?もしかして、あの3人は生き埋めになっちゃった?」

轟音を響かせながら洞窟が崩れ落ちるさまを見て、高森は心配そうな顔をした。

「本当だ。おーい、花ちゃん!大丈夫?返事をして!花ちゃん!」

壮太にとって早坂とリアンの生死など問題でなく、ゲームとはいえ花子の安否だけが気がかりだった。



壮太の返事に呼応するように、崩れ落ちた洞窟からピンボールで弾き出されたように3つの影が姿を現した。

「良かった、花ちゃん、無事で本当に良かった」壮太は3つの影が早坂、花子、リアンと知って安堵の溜め息を吐いた。

「五十嵐くん、僕の心配は?」

「うるさい!こっちは生き埋めになるところだったんだぞ!」

「おー良いでござるな。平凡な青年同士の罵り合いから愛の確認へ。グへへェ」

あの人は無視しよう。そうだ、そうしよう。リアンの嬉しそうな絶叫を、壮太は耳を塞いでシャットダウンした。



「それで、は倒したの?」

「うーん、無理だった」

高森と早坂のやり取りの最中に、オークが「ウガアア」という咆哮とともに姿を現した。オークが姿を現した勢いで、岩の破片が左右上下とあらゆる方向から飛んでくる。一ノ瀬は粗末な盾で、壮太は大楯で高森を庇った。

「毎度毎度、調整不足だな、このゲーム。本当にリリースできるのかよ」壮太は岩の衝撃を受けながら、お決まりのように独りごちた。

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