第29話 未知との遭遇
8月中旬、壮太たちはいつものように急な集合をかけられ、それでも全員揃ってログインしていた。あれだけ感動したダイブなのに、すぐに慣れてしまったせいか別段何とも思わなくなっている。壮太は人間は際限のない貪欲な生き物だと痛感した。
それにしても呼び出されるスパンが短すぎる。たかだか2週間やそこいらで開発が劇的に進んでいるとは到底思えなかった。
「それで、今日の俺は何をしろと?」ログイン前、壮太は訝し気に早坂に尋ねた。
毎回職業を変えられるのは壮太だけで、一ノ瀬たちは一度も変わっていない。ただ、一ノ瀬は盾があるのに全く使っていない。盾など無用の長物だった。
「五十嵐くんには前衛をお願いしたいから、これなんかどう?」
「良いね、これなら良い」壮太は早坂の提案に珍しく喜んで即決した。
壮太の職業は、タンク役として槍と大楯を扱うランスになっていた。
早坂は賢者に拘り、花子も賢者、高森が魔法使いだと、後衛が3人で前衛が一ノ瀬だけになってしまう。これではパーティとしてバランスに欠き、いざというときに攻撃を防ぎきれない。この状況を打破するために、壮太はもう1人の前衛としてランスで納得したし、壮太もこの職業が割と気にいっていた。あくまでも別のゲームでのことだが。
「これは見た目よりも軽くて良いな」巨大な槍に大楯なので歩くのが大変だと思っていたが、壮太が予想していたよりも、遥かに軽くて動きやすかった。
「あのさ、このゲームの職業ってどのくらいあるんだ?」珍しくアバターをいじくられていない壮太は、大楯を地面に置くと、ずっと抱いていた疑問を早坂に尋ねた。
「さあ?僕にも見当がつかない。ただ、少なすぎると物足りないし、多すぎると、どうしても似たり寄ったりになっちゃうからね。鋭意研究中・・・だと思う」
「聞いた俺が馬鹿だった」早坂の答えは想像通りで、壮太は聞いたことを後悔した。
「まだテスト段階だから」
「お前のそれは言い訳にしか聞こえないんだけど?」
「まあ、実際に言い訳だから」早坂はなぜかニコッと笑った。
「だから五十嵐くんには本当に感謝しているんだ。いつもありがとう」
「え、おいおい、急にどうした?」突然、早坂が礼を言っていきたので、壮太はたじろいだ。
「お兄ちゃん、それで良いんだよ。私からもお礼を言わせてください。いつもいつも本当にありがとうございます」
早坂兄妹に揃って礼を言われ、壮太は口を開けてポカンとしていたが、花子に感謝されたのが嬉しくて「いやあ、そうならそうと言ってくれれば。花ちゃんは俺が全力で守るから。お兄さん、安心して下さい」と決め顔で大楯をドスンと置いた。
「やっぱり、五十嵐くんはチョロい、チョロすぎる」やり取りを聞いていた高森は、誰にも聞こえないように小声で毒づいた。
「君の兄になったつもりはないけど、今回は見逃そう」礼をしたと思ったら、いつもの早坂に戻っていく。ただ、壮太にはそんなことはどうでも良かった。早坂から「ありがとう」と言わせたし、花子からも感謝された。今日はここで終わって良いとさえ思っていた。
「なあ、早坂、またここから始めるのか?前回の続きからとはいかないのか?」
傍観してた一ノ瀬は、茶番が終わったのを確認して早坂に尋ねた。確かに、一ノ瀬の言う通り、今回も始まりの町にいる。
「ああ、それね。大丈夫。そこまで一気に転移するから。えーと、ワープってこと」「それじゃ、花子、よろしく」相変わらず早坂は人任せだ。花子に合図を送ると、花子の魔導書が捲れ、壮太たちの体が透明になり、蝶だか、蛾だかわからない謎の生き物でレベルアップしていた森林に転移していた。
「へえ、大したもんだ」
「でしょ?」
「お前は何もしていない。その得意気な顔をやめろ。一ノ瀬、感謝なら花ちゃんにしろ」壮太の言葉に花子は少し照れたように笑った。
「今日は、この先の洞窟に行こうと思うんだ」
「洞窟って、まだ早すぎないか?前衛の俺たちはレベル2だぞ」
「まあ、後方支援するから大丈夫だよ。あ、高森さん、無暗に魔法を使わないでね。僕たちが生き埋めになるかもしれないから、魔法を使うときは花子の指示に従って」
「えーつまんない」なぜか高森の杖は相変わらず木刀のままのようで、壮太は早坂の悪意を感じたが、当の高森が気にしていないようなので黙っていた。
「あった。結構大きいな」
「入口は随分と狭いな」
「そうそう、僕と花子はわかっているんだけど、五十嵐くんたちに説明するのをすっかり忘れていた。アイテムを使うときは、右下あたりで三角を作ってみて。そうすればインベントリが表示されるから」
「イン、弁当、何だって?」
「一ノ瀬、いちいち説明するのが面倒くさいから、とりあえず言われたり通りにしてみろ」
壮太は右下で三角を作った。早坂の言う通り、確かに所持品が表示された。
「そこから、ランタンを選んで装備して」
「なあ、早坂、なんでランタンがRANTANのローマ字表記なんだ?」
「そこは、ほら、まだ開発中だから」
「わかった、わかった。もういい」やはり聞くべきではなかった。壮太はローマ字表記のランタンをタップして装備した。
「花ちゃん、これで良いの?」
「はい。大丈夫です。高森さんってゲームに興味がないって聞いていたのに飲み込みが早いですね」
「そう言って貰えると嬉しいなあ」
女子二人は楽しそうに会話している。壮太は2人が何か駆け引きをしているように感じたが、それ以上考えると怖いので思考を一時的に停止した。
「五十嵐、俺も装備できているのか?」一ノ瀬の腰にゆらゆらとランタンの光が灯っている。
「うん、できているけど、あんまり飲み込みが早いとムカつくから、できたとしてもできないフリをしてもらいたい」
「お前も無茶苦茶なことを言うな。高森は褒められていたぞ」
「いいんだよ、可愛い女の子2人で微笑ましいじゃないか。あ・・・」
「どうした?やっぱり装備できていないのか?」
「いや、装備はできているんだけど、可愛い女の子が2人っていうのに俺が物凄く違和感を覚えただけだ」花子だけでなく、高森も外見だけは充分に可愛い。まあ、可愛いのレベルは違うが、2人とも可愛いと言うのは間違いない。
「どういうことだ?」一ノ瀬にわかるはずもない。「いや、気にするな。それに気にしたところでどうにもならないから」と話を無理やり終わらせた。
壮太の脳裏には、高森が怒りに任せてゴブリンを何度も何度も殴りつけている姿が焼き付いて消えない。その女子を可愛いと言って良いのか悩んでいた。
「みんな、装備が終わったら行くよ」
なぜか後方支援の早坂が先頭を歩き出した。入口こそ狭くて埃まみれだったが、中は
広々として、ヒンヤリしている。洞窟というよりも鍾乳洞のほうがピンとくる。丁寧に足場まで作られているせいか、壮太は洞窟を探索しているというより、観光している気分だった。
バサ、バサ、バサ、大量のコウモリが天井から振るように飛んでくると壮太は大楯を構えたが、一ノ瀬が片手剣でどんどん切り倒していく。コウモリの大群はリズムゲームでもするように次々と一ノ瀬に切られ、パンパカパーンとセンスのない効果音が鳴
り、一ノ瀬がレベルアップしたことを知らせた。
「一ノ瀬、空気を読め。俺が可哀そうだろ?」
「いや、まさか全部当たるとは思わなかったから」
これで、一ノ瀬がレベル3、高森がレベル4、早坂はレベル40、花子はレベル30。花子に関して文句はないが、早坂は卑怯者だ。兎にも角にも壮太だけレベル2のまま置いていかれた。
滝の音が聞こえてくると「ちょっと待ってください」と花子が真剣な声で皆を制したので、それぞれが来襲に備えた。高森は剣道をするように両手で杖を持って待ち構えていたが、いい加減に杖を杖として扱って欲しいと壮太は思わずにはいられなかった。
「誰かがいるのはわかるんですけど、NPCではないようですし、うーん、いまいちわかりません」
「よし、僕が見てこよう」
「お兄ちゃん、単独行動は止めて。私も行く」花子が早坂に続いたので、壮太たちも仕方なく早坂の後に続いた。
花子が言ったように誰かがいる。人間なのは間違いないようだが、なぜこんなところに1人でいるのかがわからないが、滝の傍で座りこんで辺りをキョロキョロと見回しているのがわかった。
「おーい、そこで何をしているんですか?」
「お前は怖いもの無しだよな。まあレベル40だから怖いものなしなんだろうけど」
早坂は壮太の嫌味など、どこ吹く風と言った様子でずんずんと近づいて行った。
「これはこれは早坂氏。奇遇ですな」
「もしかしてリアンさんですか?そうです、早坂です」
「え、リアンさん?」そう言うと花子も駆け足でリアンと呼ばれた人物に近づき、「私です、花子です。お久しぶりです」と丁寧に頭を下げた。
「おおお、姫までご一緒か?」
「なあ、なんだあれ?」一ノ瀬は呆然としている。
「いいか、一ノ瀬、金持ちは変なのが多いんだ。覚えておいて損はないぞ」
壮太は「早坂氏」と「姫」と聞いただけで、あっちへ振り切っている人間だとすぐに理解した。
「いいか、未知との遭遇だと思え。それが一番わかりやすい。それと高森さん、あの人は本物の人間だから攻撃しちゃダメだよ。ああいう人間もいるんだからね」壮太は
注意を怠らなかった。
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