第27話 その女狂暴につき
「ふん」「えい」「おらあ」一ノ瀬の掛け声が響く。だが、力強く響いているのは掛け声だけで、一向にダメージを与えることができない。
「くそ」「手が、手が痛い」「もう嫌だ」そして壮太の愚痴が一ノ瀬の掛け声に掻き消されそうになりながら延々と続いた。
「お兄ちゃん、ごめんね。私、やっぱり見ていられない」花子は魔導書を持つと何やら呪文を唱え、その直後、花子の手から光が発せられた。
すると、アクロバットしているように動き回っていたゴブリンは、花子から発せられた光に包まれ、素早い動きが極端に鈍くなった。
「花ちゃん、ナイス!」予備が尽きそうになった壮太の弾丸がゴブリンを目掛けて飛んでいく。ゴブリンはマトリックスではなくバク転で避けようとしたが、速度が落ちたせいで弾丸がゴブリンの足を捉えた。
『イジジ、イジジ』ゴブリンが倒れこむのを確認すると、壮太は「今だ、一ノ瀬!」と合図を送った。
「おうよ!」
そのとき、壮太と一ノ瀬の間を突風が吹いた。砂塵が舞いあがり、壮太と一ノ瀬には何が起きたのかわからなかった。
『グフゥ』足に弾丸が命中したゴブリンが悲鳴をあげた。
「何がお前じゃないよ、私のことを何だと思っているの?」突風だと思ったのは高森だった。木刀に見える杖は完全に木刀と化していた。
「あんたに言われなくって」高森は木刀をゴブリンの脳天を目掛けて振り下ろした。『ゴゲェ』ゴブリンが苦しそうに悶絶する。
「わかっているのよ、私だって!」『ゲブッ』同じことが続く。
「ねえ、花ちゃんと比較される辛さをわかっているの?え?」高森はバーサーカーと化したのか、目を逸らしたくなるほど乱暴に、そして容赦なく殴り続けた。
『ゲブブゥ』
「私だってそれなりに可愛いの?わかっているの?」
壮太だけでなく全員が、おまけにもう一匹のゴブリンまで石のように固まってしまった。
「あの、高森さん、もういいんじゃないんですか?」花子は目を背けながら高森を宥めたが、余程腹が立ったのか高森は止めようとしなかった。
高森が文字通りボコボコに殴っていたゴブリンは、『ウギャー』と断末魔をあげ、光の粒子になった。
「あとは、あんたね」高森は恐怖で震えている、もう一匹のゴブリンに杖ではなく杖を引き摺りながら近づいていく。
やはりこのゲームはR18だ。あんなのホラー映画の殺人鬼そのままだ。壮太はそう思いながら「ストップ、ストップ!」と高森を制した。
「そうだ、高森、もう気は済んだだろう?」
「いや、まだ気が晴れない。どいて、2人とも」高森の暴走を止めるために、壮太と一ノ瀬は通せん坊をするように両手を広げたが、「どいてくれないなら、まとめてやるけどいい?」と壮太と一ノ瀬を交互に見た。
「そのやるって、殺すのやるでしょ?俺はFPSで高森さんに一度殺されているんだ。二度目はなしだよ!」
「仲間を攻撃するなって!」一ノ瀬も必死だった。
そのとき「あれ?」と花子が不思議そうな声をあげた。
いつの間にか、生き残ったゴブリンは土下座をしていた。
「命乞いをしても遅いと思うよ」高森はゾッとするような低く冷たい声を出し、木刀を振りかざした。
『あなたは美人、あいつは外見だけ。本当の美人はあなた。あいつは偽物』
たどたどしいが、人間の言葉を話している。そして必死に命乞いをしている。
「ほう」静観していた早坂は興味深そうに、その光景に魅入っていた。
「わかればいいの、わかればね」高森が杖を下ろした瞬間、冷気が走り、謝罪に謝罪を重ねたゴブリンが一瞬で氷漬けにされていた。
「なんか、そう言われると気分が悪いですね」ゴブリンを氷漬けにしたのは花子だった。レベル30の攻撃魔法はさぞ効いただろう、氷の塊と化したゴブリンは、ばらばらと地面に崩れ落ちた。
「ちょっと待った。何なのこの展開?」早坂はレベリングをすると言っていたはずだ。それがどうしたらこういうことになるのか、壮太の頭が追い付かなかった。
「勝てるかもしれなかったのになあ」そう言いながら一ノ瀬は肩で息をしていた。
「花ちゃん、ハイタッチしよう!」
「はい!」高森と花子はハイタッチして喜んでいるが、壮太にはその光景さえ恐ろしく感じた。
「早坂、何もかも調整不足だ。そもそも、レベル1じゃレベル5のモンスターに勝てるわけないだろうが!」
「ごめんごめん。でも、モンスターがああやって命乞いをするとは思わなかった。しかも人間の言葉を話してた。これは大きな収穫だ」早坂は満足そうに頷いた。
「収穫といえば収穫だ。高森さんは怒ると怖い、というより容赦なく殺しにくる。それにまさか花ちゃんまで・・・」壮太はそこまで言って2人を見た。
「何?五十嵐くん?」
「どうしたんですか?五十嵐さん?」
笑顔の2人が壮太を見つめていることに気づき、「いや、本当に何でもないです。ごめんなさい。すいません」と謝った。
「ねえ、花子、さっきみんなに強化魔法をかけた?」
「うん、速度アップだけね。筋力アップはかけていないよ」
「なるほど、本能がアバターのステータスを一時的に上げたのか。面白い、実に興味深い」
早坂はどこかのドラマで見たイケメンのお決まりポーズをとったが、壮太には突っ込むだけの気力がなかった。
「太郎さん、間もなく終了します」前回と同じように、空からマイクで話す声が聞こえた。
「え?もうそんな時間なの?もう少し続けたかったんだけどなあ」
「私もまだ戦いたいんだけど」あれだけ殴り倒したのに、まだ殴り足りないのか、高森は不満そうに、杖だか木刀だか判別のつかない木の棒で地面をいじり始めた。
「だって、さっきの戦闘で高森さんのレベルが4に上がったから、後はレベル1の男どもを上げないと。ごめんね」
「おら」「ほい」「えい」「そら」壮太と一ノ瀬の掛け声が代わる代わる木霊する。
壮太と一ノ瀬は悲しいことに注目を浴びることなく、蝶々のような蛾のような虫を合わせて5匹ほど討伐して、やっとレベル2になった。
「まあ、今日はこんなもんだよね」
「何がこんなもんだ。お前なんか参加すらしていないくせに」ぜえぜえ、壮太はかなり息がきれていた。ゴブリンとの戦闘で精魂尽き果ててしまったようで、アバターの体は鉛をつけられたように重くなっていた。
「五十嵐さん、ちょっと待っていてくださいね」
花子が背後から近づいてきたとき、壮太は無意識のうちに距離をとっていた。
「もう、そんなに怖がらないでくださいよ。大丈夫ですから」花子の魔導書から暖かい光があふれ、壮太の体を包んだ。精神共に疲弊しきっていた壮太の体は、ログインしたときと同じように軽くなっていた。
「どうです?怖くないでしょ?」花子は意地悪く、だけど可愛く微笑んだ。
「あれは、あのゴブリンが悪いんです。ただ、高森さんって結構怖いんですね」花子は壮太にそっと囁いた。
「いや、高森さんが狂暴なのはある程度知っていたけど、あれはちょっとなあ・・・あれ?花ちゃんだって怒って氷漬けにしたじゃん!」
「あれは冗談ですよ。でも女心を踏みにじると怖いですよ。わかりましたか?五十嵐さん」
花子は天使の微笑みを見せ、壮太は無意識で女神を敬うように祈りのポーズをとりそうになって慌てて手を離した。
「いや、俺はまかり間違っても花ちゃんを侮辱したりしないよ。するわけがない」それは壮太の魂の叫びだった。
「私に限らず、高森さんにも注意してくださいね」
「うん、本当に気をつける」
「今日はここまでみたいですね。やっぱり今日も楽しかったです」
美少女の笑みですっかり元気を取り戻した壮太は、「花ちゃんほど可愛い子はいないから。嘘じゃないから、本当だよ」と告白したが、花子はすでログアウトしていた。
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