第26話 アンバランス

「今日の予定なんだけど、時間は前回の倍、2時間を予定していて、レベルアップをしてもらって、とにかく色々とやってもらいたいんだ」

要領を得ない説明に、壮太は「こいつは本当に趣旨を理解しているのか」と疑いの視線を向けた。

「それで、ここが始まりの町です」早坂の代わりに花子が説明をした。

「そう、ここから行ける所まで行って、色々とやってもらいたいんだ」

「お前の説明は具体性がない。花ちゃんに説明したもらったほうが早い」壮太は苛ついて本音を漏らした。

「まあまあ、五十嵐さん、お兄ちゃんも色々と考えているので」と花子が早坂をフォローしたので、壮太は何も言えなくなってしまった。



「それで、今回はみんなのレベルを1にしたから。油断をしたらすぐにやられるからね」

「ちなみにお前は?」

「僕?僕はレベル40だよ。花子はレベル30。前回と同じ」

「なんでレベル1が3人と40と30の5人パーティーなんだよ。相変わらず狂ったパーティー編成だな」

「2時間しかないんだから、しょうがないでしょ?僕と花子は保険だよ、保険」

「五十嵐が何を言っているのかわかならないけど、時間が勿体ないから、とりあず始めようぜ」何度注意をすればわかってくれるのか、一ノ瀬はひと気のない場所で、ブンブンと剣でフルスイングをしていた。



「それじゃ、僕が先頭を行くから、みんなはついてきてね」

なぜか入り口の門が錆びていたが、壮太はいちいち考えるのも面倒になり、黙って早坂の後に続くことにした。

「あれ?前回と景色が違うね?」高森は辺りを見回すと不思議そうな声をあげた。草原なのは同じだが、岩や湿原もあり、確かに変わっている。

「敵も変わっているのか?」

「それなりにね」

早坂の答えが曖昧すぎて、壮太は辺りを警戒した。早坂の言葉を鵜呑みにできない。むしろ早坂を敵だと思ったほうが良いとさえ考えていた。



グルル、グルル、獣の咆哮が聞こえる。どこだ、どこにいる?壮太は必死に辺りを見回した。

「おい、早坂。敵の姿は見つかったが、あのワンコは随分遠くから走ってくるな」壮太は50メートルくらい離れた場所から3匹の犬のような物体が走ってくるのに気づいた。距離と唸り声が全く合っていないが、もう言うまい。どうせ「開発途中だから」と決まり文句を言われるだけだ。



「失礼だな、ワンコじゃないよ。あれはモンスターだから」

「いや、あれは犬だろ?尻尾を振っているぞ」

「一ノ瀬くんまで五十嵐くんに感化されないでよ。あれは敵だからね」

全力疾走してきたせいか、こちらに辿り着いた犬のようなモンスターは苦しそうに息を切らせていた。

「なあ、息が整うまで待ってやろうぜ」その刹那、壮太の左耳をかすめるように氷の塊が飛んで行った。

「ちょ、ちょっと待った」

振り返ると、今度は火の塊が飛び、続いて雷の塊が連続で飛んでいった。

「花ちゃん、ありがとう。なんとなくコツが掴めたよ」相変わらず木刀にしか見えない杖を持った高森がはしゃいでいる。ここまで必死に走ってきた野良犬にしか見えないモンスターの一匹が、高森の不意の一撃で絶命した。



「高森さん、ちょっと酷くない?」

「あれじゃ可哀そうだ」壮太だけでなく、一ノ瀬も同情していた

「なんで?だってあれは敵でしょ?」高森は何が悪いの?とでも言わんばかりに鼻息を荒くして答えた。

「あ!逃げた!」花子が声をあげ、確かに残りの2匹の犬、もといモンスターは息も絶え絶えにに逃げ出した。

「逃がさないからね。私は色々とストレスが溜まっているの。あの2人やテストのせいで苦労させられたんだから!」

「それは八つ当たりじゃないの?」

「五十嵐くん、静かにして集中できないから」

そう言っている間に犬型モンスターは逃げおおせていた。



「ちょっと、これじゃゲームにならないでしょ?」高森は憤慨していたが「早坂、もうちょっと敵を敵らしくしてくれないか?俺には動物虐待にしか思えない。動物愛護団体から抗議を受けそうだ」壮太は改めて早坂に懇願した。

「うーん。まあ、言われてみればそうかもね。牙を大きくしたり、涎を垂れているほうがいいのかもしれない。でも、この先にモンスターらしいモンスターが出るから、そこではちゃんと戦ってね」

モンスターらしいモンスターってなんだよ?壮太は頭が痛くなり、脳に悪い影響が出ていないか心配になっていた。



高森が無慈悲に止めを刺した場所から、およそ500メートルほど進むと、落下した隕石のような岩の塊が地面に突き刺さっていて、壮太は違和感を覚えた。どうにもおかしい。前回よりもだいぶマシにはなったが、やっつけで仕事をしているとしか思えなかった。



『ケケッ、人間だ、人間だ』

岩の塊の後ろから、2匹のモンスターが姿を現した。壮太の知識ではゴブリンに見えた。確かに、今回は敵らしい敵の外見をしている。

「早坂、あの赤いのはゴブリンで良いのか?」

「多分ね」

「その他人任せな答えはやめろって!」

「だって本当に他人任せだから」早坂は完全に開き直った。

『おい、人間、その可愛い娘を寄こせ』

「おい、あいつ喋っているぞ」一ノ瀬が驚き、壮太もこの展開は予想していなかった。

「嫌に決まっているでしょ!」高森は勇猛果敢に言い返した。

『ギギッ、お前じゃない。そっちの可愛いほうだ』そう言ってゴブリンは花子を見た。

「え?私?」花子は気まずそうに自分を指さすと、ゴブリンは「そうだ」とで言うように大きくかぶりをふった。



「殺す、ぶっ殺す!」高森は見たこともない恐ろしい形相でゴブリンを睨みつけ、目を閉じて「焼け焦がしてやる」と何か聞いてはいけないようなことを、ぶつぶつと呟き始めた。

「高森さん、待ってください。今は魔法は使えません」花子は急いで高森の詠唱を止めた。

「なんで?どうして?」高森は恨めしそうに花子を見ると「さっき3回も使ったので、時間でマジックポイント回復するかアイテムを使うしかないです」花子は高森でもわかるように丁寧に説明をした。



「じゃあ、一ノ瀬くんと五十嵐くん。2対2でお願い」

「あいよ」一ノ瀬は勢いよく飛び出すと、例によって剣をバットと勘違いしているとしか思えないようにフルスイングをした。

「だからさ、お前も少しは学べよ」そう言いつつ、壮太は一ノ瀬の運動神経なら仕留めたと思ったが、ゴブリンはバク転して華麗に避けた。

「おい、なんだ、あいつ速いぞ!」

「いや、前回は俺たちが少し強かっただけで、今回は敵と同じくらいだから当たらないんだろう」

「五十嵐、お前は遠くから援護を頼む。あ、俺を撃つなよ、いいな!」

信頼されていないものだ。「はいよ」壮太はホルスターから拳銃を取り出して、両手に拳銃に持つと狙いを定めた。ゴブリンは2匹で一ノ瀬を襲っていて、壮太のことなど気にも留めていないようだ。



「こいつら!」壮太は腹立たしくなり、冷静にジャンプしたゴブリンの着地点を狙い、勢いよく発砲した。

「やった」外れるわけがない。俺はFPSが得意なんだ。壮太はそう自分に言い聞かたが、ゴブリンは壮太の放った弾丸を、マトリックスのネロよろしく、手をブンブンと振り、後ろに倒れてもおかしくない態勢で弾丸を避けた。

「おい、早坂、さすがにあれはないぞ!あんなの当てられない。あの着想はマトリックスからだよな?パクったな?そうなんだろう?」

「うーん、どうもゴブリンのほうがレベルが高いみたいだね」早坂は「マトリックリス」という言葉を無視して、呑気に分析を始めた。



リボルバーなので、いちいち引き金を引くのが面倒だ。どうしても二発目が遅れてしまう。壮太は引き金を引き終えると「どのくらいレベルが違うんだよ!」と怒鳴り散らした。

「多分、あのゴブリンはレベル5はあるね」早坂は冷静に答え、右手を顎に置いて考えるようなポーズをとった。

「それじゃ勝てるわけないだろうが!こっちはレベル1だぞ。少しは助けてくれないとどうにもならないぞ!いや、死ぬだろうな」

「お兄ちゃん、助けないと」

「うーん、もう少しだけ様子を見よう」早坂は花子の提案を断り、傍観を続けた。

「おい、本当にどうにかしろって!」いくら撃っても当たらない壮太の叫び声が虚しく響き渡っていた。

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