第25話 2回目の挑戦
テストは滞りなく進み、出来に関しては項垂れるようなものだったが、入学して間もないのだから「こんなものだろう」と壮太は勉強不足を正当化していた。
一ノ瀬と高森の結果は知らないし、知らなくても良いとは思っていたが、早坂だけは本当に早坂本人がテストを受けたのかがわからず、モヤモヤとした気持ちを拭い去ることができなかった。
そして、早坂がほんの数十秒で伝えた8月4日を迎え、一度学校に集まってから、同じ病院へ、同じように向かった。2回目ともなると一ノ瀬と高森は恐怖心をどこかに置き去りにしたように無邪気にはしゃいでいた。
「みなさん、お久しぶりです」
エレベーターを下りる、満面の笑みで花子が立っていた。夏休みなのでさすがに制服ではなく、白いTシャツにベージュ色のガーリースカートを穿き、足元はサンダルという、夏らしい装いをしていた。
「ほら、五十嵐くん、花ちゃんに見惚れていないで行くよ」高森にこずかれて「いや、別にそういうんじゃないから」と言い訳をしたものの、壮太の目は完全に花子に釘付けになっていた。
「そういえば、早坂。相談した件だけど、どうなった?」
数日前に、壮太は早坂と電話で話していた。早坂が日程だけ伝え、あまりにも早く電話を切ったせいで、壮太には相談する時間さえ与えられなかった。仕方なく、後日、壮太は改めて電話をかけていた。
✦
「シーフが嫌なら何が良いの?」早坂はどうしても壮太にシーフというより盗賊をやらせたいらしく「具体的なリクエストがないと困るんだよねえ」と高圧的な態度をとった。
「アーチャーはどうだ?」本当なら後方で弓を打つなんて壮太の性に合わないが、もう囚人服の盗賊は御免だった。
「そうすると、前衛が足りないんだよね」
「いや、そもそも盗賊だって前衛じゃないだろ?」前衛と呼べるのは一ノ瀬の戦士だけだ。もしも近距離攻撃をされたら、あのパーティーはレベル40と30の賢者以外、あっという間に屍になるだろう。
「うーん、じゃあ、今回は僕が前衛かあ・・・」
「ナイトなんか良いんじゃないか?」
「まあ、それでも良いんだけど」早坂は煮え切らず、壮太は焦りを覚えた。
「なあ、思いついたんだけど、銃を使うキャラとか作れないのか?」
「ファンタジーに銃って・・・いや、案外面白いかもしれない」
無理な注文だと思ったが、早坂は壮太の提案に理解を示した。
「剣と銃で銃剣士か、もしくは2丁拳銃にして近距離から攻められたら為す術がないっていうのは面白いかもしれない」
早坂はときどき平気で恐ろしいことを言う。壮太はこいつの本性はサディストではないかと思うようになった。
✦
前回と同じように男性と女性で部屋が別れ、ベッドはホテルに宿泊する前のように綺麗に整えられ、病院着が丁寧に置かれていた。
「またこの病院着を着るのか?」
「仕方がないだろ?諦めろ」
「そうそう、五十嵐くんは文句が多いんだよ。あ、そういえば・・・」
「何を思い出したんだ?」先に着替え終えた壮太は、どうせろくでもないことだろうと思いながら、なかなか着替え終わらない早坂に問い掛けた。
「高森さんが花子のシスターをやりたいって言うんだけど、2人の意見を聞いておこうと思って」
「どうせ最終的に決めるのはお前なんだろ?まあ、いいや。俺は高森さんは前回と同じウィッチで良いと思う」
「ウイッチって何だ?」
「魔法使いかな?まあ、魔法使いもウィッチも同じようなものなんだけど」一ノ瀬の質問には早坂が答えた。
「なんだか紛らしくて混乱しそうだ」
「ともかく、ヒーラーは花ちゃんで決まり。異論は認めん」
壮太がなぜ「魔法使い」でなく「ウイッチ」と答えたのは、理由があってのことだった。
高森が窯で何か怪しげな調合をしているイメージは湧かなかったが、金庫に金を貯め込んでケラケラと笑っている様子は容易に想像できた。時給代に拘る高森が回復に向いているとはどうしても思えない。それなら、清楚な美少女である花子に優しく回復魔法をかけてもらいたかった。
「僕も高森さんにはしばらく後方支援をお願いしたいから、今回も魔法使いでお願いした。一ノ瀬くんもそれでいい?」
「俺に聞かれてもなあ。よくわからないけど、同じままでいいんじゃないのか?」
「そうだよな、お前に聞いてもわからないよなあ」
「五十嵐、憐れむような顔をするな!それで早坂、俺は変更なしか?」
「うん。一ノ瀬くんは戦士のまま。僕としては暫く変えるつもりはないよ」
「そうか、戦士か・・・やっぱり響きが良いな」
「一ノ瀬、フルスイングはやめろよ。剣とバットじゃ違うし、剣の場合、最悪誰かの首を刎ねかねない。それに高森さんが真似をするから本当にやめろよ」
壮太は一ノ瀬に念押しをした。
✦
皆の準備が整い、「始めます」という声と同時に、壮太たちは再び色彩豊かなトンネルをくぐり抜けた。今回は円柱の建物で止まることなく、全員が同じ場所にそれぞれの姿を現した。一ノ瀬は戦士のままで、高森も魔法使い、そして花子は敬虔な可愛いらしいシスターの衣装を身に纏っていた。
「おい、兜で顔が覆い隠されてわからないんだけど、お前が早坂なのか?」壮太の真横に兜を被り、写し鏡くらい大きい盾を手にして銀色の鎧を身に纏った、やたらとごつい奴がいる。他を見回しても早坂が見当たらないので、こいつが早坂で間違いないだろう。やっぱりこいつはズルい。装備が豪華過ぎる。戦士である一ノ瀬が不憫だ。
「そういう、西部劇に出てきそうな髭面は五十嵐くんでいいの?」
早坂に指摘されて、壮太は全身を見回した。また髭面だが、それ以外は特に弄られていないように感じた。少なくとも前歯はビーバーになっていない。ただ、剣と魔法のファンタジーの世界で、顎髭を貯えた賞金首のようななガンマンなのはどうかと思った。
「銃を使うキャラなんておかしいと思うだろうけど、五十嵐くんのアイディアは参考にさせてもらったよ」
「それで、俺の防御方法は?」壮太は盾のようなものを探したが、何も見つからなかった。
「ないよ」
「ないって、どういうことだよ?」
「言葉通りだよ。逃げるか、避けるか、後方に下がって撃つしかないね。拳銃はホルスターに2丁あるけど、無限じゃないからね。使いどころを誤るとあっという間にやられるから、あ、ちなみにリバルバーだからね」
「リボルバーか、厳しいなあ。できればオートマチックが良かったんだけど。それで、俺はどうやって戦闘に参加すればいいんだ?」
「後方支援なんだから、銃で撃てばいいんだよ」
「お前に誤射したら、ごめんな」壮太は意地悪く笑ったが「味方に攻撃をしたときは、故意だろうが故意でなかろうが、ペナルティが課されるから忘れないでね」と兜のせいでくぐもった声が返ってきた。
「お前の声が聞き取りづらい、兜をとらないと話ができないぞ」
「ふう、とりあえず、みんな集まってくれる?」早坂は壮太に指摘され、仕方なく兜をとった。
「ここは町か?随分と今日は参加者が多いな」一ノ瀬はNPCを参加者と勘違いしているようだ。「今日はどこから参加しているんですか?」などと話しかけている。
ゲームの知識が皆無の一ノ瀬が勘違いするのもわかる気がした。確かに前回よりはかなりマシになっていた。前回は町そのものが消失していたが、今回は開発途中とは言え、町の体を成している。規模こそ大きくないが、NPCが大勢いるだけでも開発が進展しているように感じた。
「一ノ瀬、いちいち説明するのが面倒だけど、ここにいる人は参加者じゃなくて、機械が作りだした人間もどきだ」
「凄い技術だな。どこからどう見ても生きている人間にしか見えないぞ」一ノ瀬は目を輝かせて、少年のように無邪気に面白がっている。
「それで、早坂、今日は何をするんだ?」壮太が予定を尋ねていると、一ノ瀬と高森は懲りもせず商人らしきNPCに何か語りかけていた。
「おい、早坂の話を聞けって」壮太が2人を呼び戻しに行くと、「よう、悪党」とNPCが話しかけてきたので、壮太は躊躇せず銃を構えた。
「五十嵐くん、気が短すぎるよ」高森は呆れ顔で壮太を制した。
「だってこいつが俺のことを悪党呼ばわりするからさ」壮太は仕方なく銃をホルスターに戻した。
「俺はお兄さん、恰好良いねって言われたぞ」
「私は可愛らしいお嬢さんって言われた」
「早坂、NPCが差別するぞ。これは由々しき問題だ。俺の扱いが酷すぎる」
「話が進まないから、とりあえずこっちに戻ってきて。それからNPCに攻撃したらペナルティをくらうよ」
「なんか腑に落ちないんだよなあ」
「五十嵐さん、そう言わずに、とりあえずお兄ちゃんの話を聞いてください」
「うん、わかった。ごめんね」
鶴の一声ではなく、花子の一声で、壮太はポンコツ一行の輪に戻って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます