第24話 一ノ瀬の覚悟 諦観する高森

ジリリン、ジリリン。自室でテスト勉強をしていると「それって目覚まし時計の音じゃん」と不評の壮太のスマホが着信を知らせた。



「もしもし、五十嵐くん?少しだけ話せる?」

「高森さんから電話なんて珍しいね。あ、もしかして一ノ瀬のこと?」

「言うまでもなかったね。そう一ノ瀬くんのこと」

「あいつは生還できたの?」壮太は意地悪く、そう尋ねた

「あまり茶化さないでよ。私にも責任があるんだから」

「ごめんごめん。それであいつはどうなったの?」正直なところ、壮太にはどうなろうが知ったことではなかったが、わざわざ高森が電話をかけてきたので、興味のあるフリをした。

「一ノ瀬くんから電話を貰ったんだけど、戻ったときに2人が取っ組み合いの喧嘩をしていたらしくて・・・」

「それで?」穏やかではない。大学生の女子が取っ組み合いの喧嘩なんて、と思う反面「いいぞ、もっとやれ」と煽る気持ちもあり、壮太は少しだけ自己嫌悪に陥った。

「逃げるしかなかったって申し訳なそうに言っていた」

「あいつ逃げたのか・・・余程の喧嘩だったんだろうな」運動神経抜群でイケメンの一ノ瀬が女絡みで全速疾走している姿を想像して、壮太は笑いそうになった。

「それで、結局、一ノ瀬は高森さんの言う通り、2人のどちらとも付き合わないって言ったの?」

「それで喧嘩が更に悪化したみたい」

「それじゃ、もうあとは逃げるしかないか・・・」男らしくはないが、取っ組み合いの喧嘩に仲裁にはいるのは容易なことではないだろう。壮太は少しだけ、ほんの少しだけ一ノ瀬に同情した。



「私が知っているのはここまで。もし五十嵐くんに一ノ瀬くんから連絡があったら私にも教えてね」

「わかった」

「じゃあ、私はテスト勉強に戻るね」

「うん、何かあったら知らせる。俺もテスト勉強を再開するから」

「ごめんね、勉強中に」

「いいよ、それじゃまたね」



ジリリン、ジリリン、再び電話が鳴る。「どうしたの、高森さん、何か言い忘れたの?」

「いや、俺だ。一ノ瀬だ」

「ああ、今、高森さんと話していたから勘違いした」

「何の話をしていたんだ?」

「お前のことだよ」

「はああ」一ノ瀬は、この世が終わるかのような盛大な溜め息を吐いた。

「愚痴は聞かないぞ。女子がお前を取り合うなんて話は面白くもなんともない。ただし、ほんの少し、ミジンコくらいは同情している」壮太は相手が一ノ瀬なので、気にせずに鼻をほじくった。



「確かに俺が浅はかだった。もう少し考えるべきだった」あまりに落ち込んでいるので、壮太は鼻をほじるのを止めて「そもそも、どうして原田さんと付き合ったんだよ」と聞いてみた。壮太だけでなく、高森と早坂も原田と井上の二人が一ノ瀬を狙っていることに気づいていた。

「基本的に、俺は来る者を拒まずだから」

「ケッ、やっぱり自業自得だ」壮太は馬鹿馬鹿しくなり、今度は耳掃除を始めた。なぜだか、鼻をほじるから耳掃除までが、お決まりのルートになっていた。

「来る者は全て拒め。そうすればこういうことは起きない。以上」

「お前も冷たい奴だな。同じクランの仲間じゃないか?」

「クランじゃなくて、クランもどきな。俺が知る限り、ああいうのはクランとかギルドとは呼ばない」

「まあ、それでもあのときはお前の電話で助けられた。ありがとうな」

こういうところだけを切り取っても、一ノ瀬がモテるのは納得できる。性格が良いイケメンなんて性質が悪いが、憎むに憎めない。悔しいが同性からも好かれるだろう。



「それで、要点を言ってくれ。何の電話なんだ、これは?」

「ああ、とりあえずは切り抜けることができた。少し考えさせてくれって説得して」

「それって問題を先延ばしにしただけじゃないのか?」

「まあ、確かにそうかもしれないけど、今はテスト期間中だから、あの2人だっていつまでも喧嘩している場合じゃないだろう?」

「高森さんも、あの2人じゃなくて別の友達を選ぶだろうな。だけど、その子まで、お前に熱をあげたら、もう手に負えないな。最悪、クランをクビになるんじゃないか?」壮太はそんなことがないと思う反面、充分に有り得るとも思った。

「そうならないように、俺はしばらくクランの活動に専念する。誰とも付き合わない」一ノ瀬はどこまで本気なのかわからないが、真剣に話していることは壮太にも理解できた。ただ、気がかりなことがあった。

「それは構わないけど、花ちゃんにちょっかいを出したら、俺は本当に許さないからな!」

「それは、俺じゃなくてお前だよ。早坂に言われただろう?ちょっかいを出したら即脱退だって。そもそも、いつから呼び方が花ちゃんに変わったんだ?」

「高森さんの提案だ。俺にそんなことができると思うか?」

「そうだろうな。お前にそんなことはできないだろうな」一ノ瀬に言い掛かりをつけておいて、いざ正論で返されると壮太の勢いは空気の抜けた風船のように縮んでいった。



「なあ、早坂から何か聞いていないか?俺はあの体験が忘れなくてな。あれはゲームというよりも、もっと別の凄いことのように感じた」

「とりあえず、テスト期間はないな。早くてもテストが終わって、うーん、8月に入ったくらいじゃないのか?」

「お前は楽しくなかったのか?」

「あのさ、囚人服を着させられて、ビーバーみたいな歯で、スライムに手を噛みちぎられて楽しいと思うか?唯一、嬉しかったのは花ちゃんのシスター姿だけだ」

「お前、花子ちゃんにベタ惚れだな?本当に気をつけないと消されるぞ」

「怖い言い方をするな。でも、早坂のことだから、この世から消すとか本当にありそうで怖いなあ」



ツ、ツ、ツ、誰かが話に割り込もうとしている。「悪い、一ノ瀬、キャッチだ。切るぞ」

「ああ、またな。お互いにテストを頑張ろう」

「そういう爽やかなことは言わないで良いから。とにかくまたな」

一ノ瀬と会話を終えると、キャッチの発信源は早坂だった。

「なんなんだよ、次から次へと。今度は早坂か」

「は?何のこと?」早坂は不思議そうに聞き返したが、「こっちの話だ。気にするな。それでどうした?」壮太はすぐに用件に移った。

「手短に言うよ。次回のβテストだけど、日程が決まったから。8月4日ね。それじゃあね」

ツー、ツー、早坂はそれだけ言うとすぐに電話を切った。30秒も話していないだろう。



「なんなんだよ。あいつの要点は集約しすぎんなんだよ」壮太は3人と次々に会話を終え、結局いつものように腹を立てていた。

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