第23話 愛称
「じゃあ、俺は戻るから」一ノ瀬の顔は戦地に赴くように凛々しく、そして悲し気に見えた。
「まあ、頑張ってくれ。骨は拾わないから」
「困ったら相談に乗るからね」
壮太と高森は、正反対の励まし方で一ノ瀬を見送った。
一ノ瀬が激戦地に戻った後、高森はおもむろにスマホを取り出すと、「見て、これ」と保存されている1枚の画像を壮太に見せた。
「え、これって?」壮太の視線は釘付けになった。高森が見せてきたスマホの画像には、高森と花子が仲良さげに腕を組んでピースサインをしている。
「このあいだ、花ちゃんと撮ったんだ」
「花ちゃん?」
「そう、花ちゃん。だって花子ちゃんって呼びにくいでしょ?だから縮めて花ちゃん。本人からも了解を得ているし」
「うーん、花ちゃんかあ・・・それはそうと、この画像を俺に送ってくれたりしない?」正直言って呼び方は二の次で、壮太にはこの画像が欲しくてたまらなかった。
「どうしようかな?」高森が焦らし始めたので、壮太は一気に核心をつくことにした。
「わかった。幾ら出せばいい?」
「500円でどう?」高森はスマホを持っていない左手でパーを作った。
「わかった。その条件で」
壮太はノートのコピーで500円出費し、1枚の画像を手に入れるために同じ金額を出費した。
「画像を送っておいてなんだけど、変な使い方をしないでね?」
「あのさ、このクランもどきで、どうして俺だけ不審者扱いされるの?」
「いじられるのが五十嵐くんのキャラなんだよ。諦めたほうがいいね」
「俺には心外だよ。しかし、この子が早坂の妹とは俄かに信じられないな」
「顔なんか似ているところはあると思うけど、ただ、花ちゃんはお兄ちゃん大好きっ子だからねえ」高森は残念そうに溜め息を吐いた。
「そうなんだよねえ、早坂がお兄ちゃんとか呼ばれているのを見ていると、なぜか早坂をぶっ飛ばしたくなる」
「それは私に同意を求めないで」高森は椅子の端に座り直し、壮太と距離をとった。
「ああ、良かった。五十嵐くんと高森さんがいてくれた」
馴染みのある声が聞こえ、壮太と高森は声のする方を見た。
「お前、テスト勉強とか大丈夫なの?」久しぶりに見る早坂は少しやつれているように感じた。
「ああ、なんとでもなるよ。五十嵐くんと高森さんこそ大丈夫なの?」
「なんかやけに余裕があるね。早坂くん、まさか、替え玉とか?」
「それも無きにしも非ずかな」冗談を言ったつもりの高森が固まってしまった。
「まあ、お前の成績が悪かろうが、替え玉だろうが、俺や高森さんに実害はないから好きにしてくれ。ほら高森さん、固まっている場合じゃないよ」壮太は目が覚めているのか確認するように、高森の瞳の前で手を振った。
「あれ、今日は一ノ瀬くんがいないんだ?」早坂は辺りをキョロキョロと見回した。
「あいつは戦地、というより死地に赴いた」壮太は恰好をつけて、下を向いたまま小声で呟いた。
「まあ、戦地というか修羅場に戻ったんだけどね」高森はあっさりとネタばらしをして、「ああ、大体わかった」と早坂は頷いた。やっぱり早坂は一ノ瀬を巡る関係性を理解していた。それなのに「一緒にならいいよ」と無責任なことを言ったのだ。
「早坂くん、それにしてもあれは凄い体験だった。あれこそが未来のゲームなんだね」時給で活動している高森は、珍しく熱弁を振った。
「そうでしょ?僕も初めてダイブしたときは感動したよ」
「それで、あれから音沙汰がないけど、少しは開発が進んだのか?」
「どっちにしろ、これからテストが続くから、その間はできないね。学生の本分は勉強だから」
「ああ、そうだね、そうだろうね」壮太は入学試験さえ替え玉受験をしたのではないかと疑い始めた早坂の正論を聞き流した。
「先に言っておくけど、次も盗賊はなしだぞ。シーフも同じだ。俺は花ちゃんから、お前に注意をしたというメッセージをもらったんだ。可愛い妹の言うことは聞けよ」
「花ちゃん?花ちゃんって誰のこと?」早坂は妹の名前を短縮しただけなのに気づかない。これもこいつがポンコツたる由縁だ。そもそも壮太は可愛い妹と言っているのだから、わからないほうがおかしい。
「ねえ、早坂くん、花子ちゃんだと言い難いから花ちゃんってどう?可愛いでしょ?」
「うーん、花ちゃんよりも花子が名前なんだから、僕は花子のほうが良いな。花ちゃんだと犬みたいだよ」
「うるさい。花子ちゃんも良いって言っているんだから、お前の許可なんて必要ない」
「そうだよ、可愛いじゃん、花ちゃんって」
早坂は壮太と高森の両方から責め立てられ、「本人が良いならそれでいいけど、僕は花子で呼ぶからね」と妥協した。
「大学生の夏休みって長いんだよね?」高森はスマホのカレンダーを指でタップした。
「うん。一か月以上はあると思うよ」
「じゃあ、その間に私は魔法を飛ばしまくる」
「高森さん、すっかり乗り気だね」早坂は嬉しそうに笑い、壮太は久しぶりに早坂の独特なエクボを見た。
「花ちゃんをクランに加入させる気はないのか?」
「私は賛成だよ」高森は花子が加入した後のことで権謀術数をめぐらせたが、現段階では答えが見つかりそうになかった。それと女同士の高森が反対すると要らぬ誤解を与えそうで、率先して花子の加入を早坂に求めた。
「まあ、本人も入りたいとは言っているんだけどね・・・」
「なんか煮え切らないな」
「ほら、花子がパーティにいると、五十嵐くんが使い物にならなくなりそうで」
「確かに」
早坂と高森の視線が突き刺さるように飛んできて、咄嗟に壮太は顔を背けたが、疑念が複数の矢と化し、顔を背けただけでは逃げ切れなかった。
「だってさあ、あんなに可愛いJK、俺は見たことがないから」
「だからさ、JKって言うのは止めてって言ったじゃん」早坂はわざとらしく頬を膨らませて壮太を睨んだ。
「でも、確かにビックリするほど可愛いよね。私もあんなに可愛い女子高生を初めて見た」
「まあ、僕のタイプではないけどね」
「お前のそれは明らかに問題発言だ。タイプでなくて良いんだよ。血の繋がっている妹をタイプなんて言ったら、お前は犯罪者予備軍だ」
「五十嵐くん、興奮するのはわかるけど、もう少し静かにしてね」高森が小声で呟いた。壮太は勢い余って立ち上がり、学食にいる数名の生徒が訝しげにこちらを見ていた。
「ごめんなさい」
「素直でよろしい」なぜか高森ではなく、早坂が偉そうに答えた。
「あのさ、それで早坂は何をしに学校へ来たんだよ?」
「あ、そうだ。忘れていた。ゼミの課題を全く提出していないから、教授から呼び出されたんだった。まだ行っていないけどね」
「何で先に教授のところに行かないで、学食にくるわけ?」高森は呆れている。段々と早坂の本性をわかり始めたようだ。
「久しぶりにみんなの顔を見たくてね、じゃあ、僕は行ってくるよ」
「俺たちは待たないぞ」
「わかっているって」走り出した早坂の足は転びそうにもつれていたが、壮太は見て見ぬふりをした。
「俺は帰るけど、高森さんはどうするの?」
「五十嵐くんからコピーを取らせてもらって、それで少しだけ一ノ瀬くんを待ってみる」
「OK、じゃあ、とっととコピーをとっちゃおう」
席を立ちあがったとき、透明な引き戸の向こう側を一ノ瀬が全速力で駆け抜けた。だが、その一ノ瀬の姿を壮太だけでなく高森も全く気付かなかった。
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