第21話 喜ばしい勘違い

ウィーン、ウィーン。校内に併設されているコンビニのコピー機が小気味よくリズムを刻む。

「助かったよ。俺もノートは取っているけど心配でさ」壮太はそう言うと財布から500円玉を取り出した。

「まあ、いいよ。手間賃は貰ったし」壮太の隣に立つ友人は、壮太から貰った500円玉を地球儀でも回すようにクルクルと回転させてから財布に仕舞った。

「五十嵐って、よく早坂とつるんでいるよな。え?コピーが全部終わった?じゃあ、次は俺の番な」もう一人の友人も500円玉を渡し、コピーを取り始めた。

「そうそう。早坂だけじゃなくて、別のゼミの一ノ瀬だっけ?あの背の高いイケメンもそうだし」そう言いながらノートのコピー代で1000円稼いだ友人は「それと、どうして高森さんとまで仲良くなっているんだよ?」と怒り気意味に壮太を問い質した。

「俺もずっと不思議に思っていた。高森さんは俺たちにとって高嶺の花じゃなかったのか?」



7月になるとテストが始まり、テストの終わりが長い夏休みの始まりを教える。この頃には、壮太にも早坂以外の普通の友達はできていた。



「高嶺の花ねえ・・・」壮太もそう思っていたが、高森のことを知れば知るほど嫌な側面が見えてしまう。見ているのと知り合うのでは大違いだ。高森には失礼だが、そう思うことが多かった。それに重ね重ね失礼だとは思うのだが、花子と知り合った今となっては『旧高嶺の花』と呼ぶほうが正しかった。



「お前の、高森さんねえって言い方、なんか気にくわないな」

「高森さんに興味がなくなったのか?まさか、彼女ができたとか?」

「いやあ、五十嵐には無理だろう。こいつ、性格が暗いし捻くれてもいるし」

「何とでもいえ。もちろん彼女はいないし、暗くて捻くれ者でもいいんだよ」気の置けない友人だからこそ、こういう普通のやり取りができる。いちいちムキになったりはしないし、普通に言い返すことができる。そんな当たり前の感覚を壮太は忘れてしまっていたような気がしていた。



「あ、五十嵐くん、発見!」コンビニの入口で壮太を見つけた高森が手を振りながら近寄ってきた。

「あれ、今日はえーとえーと、誰だっけ?ほら、あの2人は?」壮太は記憶を辿るがなかなか答えが出てこない。

「美世、ああ、原田さんと井上さんのことね。五十嵐くん、覚える気がないでしょ?」高森に言われて思い出す。そうだ、原田と井上。あれ?一ノ瀬と付き合っているのはどっちだっけ?もういいや。壮太は考えるのを止めた。

「だって一ノ瀬狙いがバレバレで、俺のことなんか眼中にないみたいでさ」

「まあねえ、五十嵐くんは勘が良いからね」

「もしかして、結構な修羅場になっているとか?高森さんが1人って珍しいじゃん」

「参ったな」高森は壮太に軽く体当たりをしてきた。「本当に勘がいいのか、鋭いっていうのか、今まさに、そんな感じ」高森は大きく溜め息を吐いた。

「一ノ瀬はイケメンなんだけど、結構なポンコツだからなあ」とポンコツの自覚がない壮太は軽口を叩いた。



「この後、少し話でもしない?一ノ瀬くんにも声をかけたんだけど」

「早坂には?」

「ううん。だってあれ以来、全然会わないし、そもそも学校に来ているのかな?」

「さあ、どうなんだろう?俺はコピーを取らせてもらったから時間はあるよ」

「あ、そのコピー、私にもとらせて」高森はやはりしたたかだ。可愛い顔をして平気で強請る。

「いいよ。話が終わってからでも、帰るときでも」

「ありがとう。じゃあ、私、ジュースを買ってくるね」高森は足早にジュースが陳列されている棚に向かっていった。



「あのさ、このコピーは俺のノートのコピーなんだけど?」

「だから、500円払ったじゃん。それで、どうしてお前らは俺を親の仇みたいに睨んでいるだ?」壮太は目つきの悪くなった友人たちを睨み返した。

「五十嵐が高森さんと普通に話しているのがおかしいんだよ。相手は高森さんだぞ?本来なら、挙動不審にならないといけないのに」

「俺を危ない奴みたいに言うなよ」壮太は怪訝そうな表情で二人を見た。



「あれじゃ、まるで高森さんと友達みたいじゃねえか!しかも、かなり仲が良さそうだぞ」コピーの途中だというのに、高森の真似をして体当たりをしてきたが、そいつのそれは高森と明らかに勢いが違った。

「痛いって!お前ら何か誤解しているぞ!」

「うるせえな、誤解でも六回でもなんでいいんだよ」

「お待たせ」スポーツドリンクを2本抱え、足早に高森が壮太たちのところへ戻ってきた。

「五十嵐くん、これコピーのお礼。先払いだから」そう言って高森は持っていたスポーツドリンクを壮太に差し出した。



「あ、あの、高森さん?」六回でもいいと突っぱねた友人が恐る恐る高森に声を掛けた。「それが挙動不審なんだよ」と言いそうになり壮太はぐっと堪えた。

「なに?」

「あのさ、高森さんと五十嵐ってどういう関係なの?」

「どういう関係?」壮太と高森は互いに顔を見合わせた。

「どういうってのいうのが、俺にはよくわからない」

「私にもよく意味がわからないなあ。うーん、強いて言うなら同じ研究材料かな?」

「研究材料?」

「それは俺のことでしょ?俺が散々モルモット要員って言ったからってさ、こいつらに余計なことは言わないでよ」

「ごめんごめん、本当に簡単に説明すると、ゲーム仲間でいいのかな?」高森は確認するように壮太に視線を送った。

「それが一番しっくりくるね。そういうことだよ、わかった?」壮太は視線を高森から二人の友人に移した。

「いや、全然・・・」

「俺もそう思うよ。なんでこんなことになっているのか。ともかく、コピー、ありがとうな。それで、どこに行くの、高森さん?」

「いつものところでいいんじゃないかな?テストが近いから空いているし、長話をするわけじゃないから」



「暑い、これじゃ溶けちゃうよ」

「本当だ。蒸し暑くて息苦しくなる」

外に出ると、夏の日差しが容赦なく降り注ぎ、そのままクーラーが効いている店内に戻りそうになった。

「急ごう、熱中症になりそう」手で顔を覆い即席の日除けを作った高森は、すでに額から汗を零れ落ちていた。

「日陰のほうがまだマシだね」

「あ、本当だ」

2人で日陰を渡り歩いていると、まるでステルスをしているようだ、と壮太はどうででいいことを考えた。

「ほらほら、早く早く」壮太は高森に急かされて急いで食堂へ向かった。



「なあ、ゲーム仲間ってなんだよ?」

「さあ、高森さんがゲーム好きなんて聞いたことないし」

「じゃあ、研究材料とかモルモットってなんだよ?」

「だから、知らないって!お前、五十嵐が羨ましいからって俺にあたるなよ!」

壮太と高森が去ったコンビニのコピー機の前では、思い違いに囚われてしまった男子生徒が醜い言い争いを繰り広げていた。

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