第20話 早坂兄妹の密談

コン、コン。「お兄ちゃん、入るよ」

「どうぞ」早坂は空返事をして、確認をとった花子は早坂の部屋のドアを静かに開けた。



早坂家は都内の一等地にあり、早坂と花子はそこで生活を共にしていた。なにぶん時期が時期だけに父親は忙しく動き回り、ほとんど帰ってこなかった。

「今日はありがとうね。楽しかった」

早坂は3台並んだモニターに向かいブラインドタッチをしていたが、一度手を止めて、15万円で購入した高級な椅子をくるりと回して花子を見た

「楽しんでもらえたなら、良かったよ」早坂の部屋は20畳ほどあり、独りで寝るのにセミダブルのベッドが置かれていた。花子の部屋も同じ作りで、ほとんどの部屋が無駄に広かった。



花子は「座るよ」と制服のスカートに皺がつかないように早坂のベッドにゆっくりと腰を下ろした。

「みんな喜んでくれたみたいで、急だったけど誘った甲斐があったよ。ただ、事前に連絡をするべきだった」壮太はともかく、一ノ瀬と高森はどこに連れていかれるのか怯えていた。

「そうだよ。次からはちゃんと連絡してね。でも、私はお兄ちゃんのお友達を初めて見れて、一緒に遊べて本当に楽しかった」

「うん、それなら良いんだけど・・・花子、何か言いたいことがあったから来たんじゃないの?」異母兄弟とはいえ、血縁関係はある。早坂は花子が何かしらの用があって部屋を訪ねてきたのを察していた。



「うん」花子は早坂の質問に頷いた。

「多分だけど、五十嵐くんのことじゃない?」

「やっぱり兄妹だね。すぐにバレちゃった」花子は顔をあげると、少しだけ舌を出して、バツが悪そうに笑った。



「お兄ちゃんが、五十嵐さんだけ違う接し方をしているのは、悪い意味ではなくって、むしろ信頼しているからっていうのはわかるんだけど・・・」そう言うと花子はまた俯いた。

「やっぱり、やり過ぎなのかなあ?」

「私はそう思った。今日のことしかわからないけど、あれじゃ五十嵐さんが可哀そうだし、誤解を生むよ?」

「どうしたらいいものか・・・」早坂は背もたれに寄りかかると、鉛筆を鼻で挟むように唇をあげ、頭の後ろで手を合わせた。

「どうにかしないと、五十嵐さん、やめちゃうかもよ?」

「それは困る。一番いて貰わないと困る人なんだから」早坂は組んでいた手を離し、慌てた様子で花子を見た。

「だったら、ちゃんと謝ったほうが良いと思うけど」そう言うと花子はベッドから立ち上がった。



「ねえ、花子。変なことを聞くようだけど、五十嵐くんのことが気になっているんじゃない?クランメンバーということじゃなくてさ?」早坂は部屋を出ていこうとする花子を早坂は呼び止めた。

「クランメンバーとか友達とかでもなくて男性として。違うかい?」

「それもバレているんだ」花子は少しだけ笑って見せた。

「いや、なんとなくだけど、花子ってああいう感じの男の人に弱いじゃない?ダメ人間とは言わないけど、貧乏くじを引かされて損をする人を放っておけないというか、うーん、なんていうか母性本能でも働くの?僕は昔からそんなような気がするんだけど」

「私もよくわかんないんだよね。でも、私が外見だけで好きにならないのはお兄ちゃんも知っているでしょ?」

「それはわかっているけど、兄としては複雑な気分だよ」早坂は過去を思い返し、顔を歪めた。早坂は花子が好意を抱いてきた男性に常に疑問をもった。どうしてこんな男を?と思い続けてきた。



「お兄ちゃんだって、五十嵐さんのことを気にいっているじゃない」

「いや、それとこれとは違う気がするんだけど」

「同じだよ。でも、好きっていうのとは違うよ。私が一目惚れしないのはお兄ちゃんもわかっていると思うけど、今は気になっているだけだから」花子が照れているよう見え、早坂は不安に襲われた。



「あのさ、花子のことだから大丈夫だと思うけど、それは今の段階、いや今後もできる限り五十嵐くんにバレないようにしてね。五十嵐くんは明らかに花子に好意を抱いているし、恋愛沙汰で揉められると困るんだ」

「それは大丈夫・・・だと思う」花子は言葉を濁した。

「頼むよ、本当に。今がどれだけ大事なときか、花子にだってわかるはずだよ?」

「うん。わかっている。じゃあ私は部屋に戻るね。お邪魔しました。お休み、お兄ちゃん」



                ✦



その頃、五十嵐家では壮太がベッドに仰向けにあり、早坂との付き合い方を真剣に考えていた。

プラスとマイナスで人間関係は割り切れないが、早坂との付き合いは大きくマイナスに傾いていた。世の中の大半が体験したこともない未来のゲームをできるのは嬉しいし優越感がある。それに花子という、とんでもない美少女と出会えた。ブラコンなのが残念としか言いようがないが。

モルモットでも良いとは思っていたが、壮太は早坂の仕打ちが笑って許せる範疇を超えていると感じていた。



ピピッ、ピピッ、スマホの通知音が鳴り、壮太は立ち上がると机の上で充電していたスマホをタップした。どうせ迷惑なDMだろうが確認だけはすることにした。



『みなさん、今日はどうもありがとうございました。とても楽しかったです』



届いたのは花子からのLINEだった。そう言えば高森が連絡先を交換しようと言っていた。だが、壮太と一ノ瀬は交換した覚えがない。おそらく早坂か高森が教えたのだろうが、これは個人情報の流失だ。壮太は花子からのメッセージを読んでも、さほど嬉しいとは思えなかった。



ピピッ、ピピッ、メッセージは更に続いた。

『これは五十嵐さんにだけ送っています。お兄ちゃんの失礼な言動をお許しください。私から、お兄ちゃん注意をしました』

え?なんだこれ。壮太は目が悪くなった年配の男性のように、スマホを近づけたり遠ざけたりした。



『どうか気分を悪くしないでください。それと、私は皆さんと一緒に冒険したいと思っています。ぜひ仲間に入りたいです』壮太の鼓動が自然と早くなる。

『だから、私がクランに入りたいときは、お兄ちゃんを説得してくださいね』

『これは本当に花子ちゃんが送っているの?早坂が成りすましているんじゃないの?』

壮太は慌ててメッセージを打ち込んだ。すると、いきなり着信音が鳴り響いた。

「だから、本当に私ですって」聞こえてきたのは、楽しそうに笑う花子の声だった。

「これはドッキリか何か?それとも誰かがボイスチェンジャーで声を変えているの?いや、なりすましか?」壮太の心臓は爆発しそうに脈を打っていた。

「五十嵐さん、疑いすぎるというのは良し悪しですよ」花子は壮太の慌てぶりがおかしかったようで、クスクスと笑った。

「それで、さっきの続きですけど、私がクランに加入したいのに、お兄ちゃんが嫌がったり拒否したら、私の味方になって、私を助けてくださいね」

「ああ、それは任せて」

「お願いします、それじゃ五十嵐さん、お休みなさい」

「うん、お休み」

時間にして数十秒だが、壮太はプロポーズのようなサプライズで茫然自失となった。

ただ、油断はできない。早坂が何かを企んでいるのかもしれない。妹である花子を利用して。そう思いながらも壮太の顔はだらしなく緩みきっていた。

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