第19話 モルモット要員

「五十嵐くんは武器を持たないで、敵から盗むっていうのをやってもらいたいんだ」

「ああ、スティールとかっていうやつだな」

「呼び方はなんでもいいんだけど、それであのスライムから何かを奪うイメージを膨らませてみて」

「わかった、やってみる」



一ノ瀬に切られ、高森に殴られた挙句、消し炭にされたスライムの仲間が怒っているようにこちらへ突進してきた。壮太はを受けたようにしか思えなかった。

「あのさ、この世界で攻撃を受けたら、本当に痛みを感じるのか?」壮太は闘牛のように襲い掛かってきたスライムを屈んで避けた。

「いや、軽い衝撃を受けるだけだよ。本当に痛かったから、それはもうゲームじゃないからね」

「それもそうだよな。じゃあ、やってみるか」

シーフという職業のステータスが働いているのか、スライムの動きを避けるのは余裕だったが、そこからスライムに触れて何を盗むイメージが働かず、傍から見ると壮太とスライムがじゃれ合っているように見えた。



「五十嵐くん。遊んでいないでやってみて」

「いや、決して遊んでいるわけじゃないんだけど、そもそもこいつの所持品が全く思い浮かばない」

「五十嵐さん、ファイトです!」花子の応援する声が聞こえ、壮太は俄然やる気を出した。

「よっしゃ!」あらゆる方向からスライムに触ったが、やはり何も取ることができない。威勢の良い掛け声だけが虚しく響いた。



「うーん、スライムから盗むもの、盗めるものねえ・・・青い液体なのか?でもそんなもの必要ないし」

壮太は距離を取り、目を閉じて集中していると「五十嵐さん、危ないです!」と花子が叫び、壮太は攻撃を防ぐように咄嗟に右腕を差し出した。



「ふう、花子ちゃんありがとう」手を振り応えようとすると、壮太の右手は手首から先が無くなっていた。



「おいおいおいおい、なんだよ、これ。なんで噛まれているんだよ!スライムって噛みつく生き物だっけ?」壮太パニックに陥り、「ちょっと待っていろ」と一ノ瀬は剣を横に構え、「私もやりたい!」と高森は杖を持ち集中するように瞼を閉じた。

「ちょっと待って!今、一ノ瀬くんと高森さんが攻撃すると五十嵐くんも巻き込まれちゃうから、ちょっと待って!」早坂はやる気満々の二人を制止するように躍り出ると、すぐさま花子に目をやった。花子は無言で頷くと手に持っていた魔法書がペラペラと勝手に捲れ、壮太の右手を食べてしまったスライムを一瞬で消した。



「早坂、いつからRPGにバイオハザードの要素が加わったんだよ!うわあ、エグイって!このゲームのCEROはZなのか?バイオの新シリーズなのか?」スライムは消えても壮太は手は戻ってこない。壮太は右腕をぶんぶん振り回し、我を失ったように暴れた。



「五十嵐さん、落ち着いてください。今、治療しますから」

シスターの恰好した美少女の顔が近づいているのに、壮太はこの状況で喜べるはずもなく、みっともなくジタバタと暴れ続けた。

花子は両手を合わせて祈るポーズをとると、壮太の体を温かい光の粒が包み込んだ。

「もう大丈夫です。あれ?」花子は意外そうな顔で壮太を見ると、何かの確認をとるように早坂を見た。

「これも予定外か・・・」

「何がだよ」壮太は戻ってきてくれた右手に熱い飲み物でも冷ますように、ふうふうと息をかけていた。



「五十嵐、お前、五十嵐になっているぞ」

「はあ、馬鹿にしてんのか、一ノ瀬?」

「そうじゃなくて、五十嵐くんの顔が元通りになっているの」

「はい?どういうこと?」高森から諭すように告げられ、壮太は戻ってきた右手と傷一つない左手で、顔にクリームを塗り込みようにペタペタと触った。

ない、あの忌々しい二本の出っ歯がない。鏡は見ていないが無精ひげもないので、おそらく二人の言う通り、いつもの壮太の顔になっているのだろう。



「お兄ちゃん、これって・・・」

「うーん、まさか回復魔法でアバターのマイナス補正まで回復しちゃうとは・・・やっぱりまだ早いのかなあ?」

「お父さんには報告する?」

「いや、そうすると、プログラマーの人たちに迷惑がかかりそうだしなあ」

早坂兄妹は内緒話をするように小声で話していたが、壮太は「アバターのマイナス補正」と言う言葉を聞き逃さなかった。

「おい早坂、いや、太郎。マイナス補正って何のことだよ?」

「五十嵐くんは本当に地獄耳だなあ。だから謝ったじゃない、今回は色々試しているって」

「だったら、俺に一ノ瀬みたいなプラスの補正だってかけられたはずだ」

「俺は何も変わっていないぞ」突然、一ノ瀬の名前が出て、当の本人はキョトンしていた。

「ああ、面倒くさいなあ、俺を一ノ瀬のようなイケメンにすることができたってことだよ!」

「イケメンばっかりじゃ、少女漫画になっちゃうでしょ?」早坂は悪びれた様子をみせず、自分が正しいというような物言いをし、それがさらに壮太の怒りに火を点けた。



「じゃあ、俺は噛ませ犬か?それとも通行人Aか?それとも盗賊Bなのか!モブに人権はないのか!」

「まあまあ、五十嵐さん、お兄ちゃんも、いえ、兄も悪気があるわけじゃないので」花子は座り込んだ壮太の肩に手を置いて優しく宥めてくれたが、壮太には花子とはいえども気にいらないことがあった。

「花子ちゃん、いちいち言い直さなくて良いよ。兄じゃなくて、もうお兄ちゃんで統一して」壮太は溜まったガスを抜くように大きな溜め息を吐いた。

「じゃあ、これからは気兼ねなくお兄ちゃんって呼ばせてもらいます」花子は嬉しそうに「だって、お兄ちゃん」と、まるで恋人がいちゃくつような甘い声を出した。



「太郎さん、そろそろお時間です」

空からマイクで語り掛ける声が聞こえ、早坂は「わかった。色々と問題点が見つかったから詳しいことはそっちで話すね」と天に向かって語り掛けた。

「じゃあ、みんな戻るよ。お疲れ様」

「いや、楽しかった。ありがとうな、早坂」

「私も。ゲームをこんなに楽しいと思ったのは初めて。ありがとうね、早坂くん」

「ああ、そりゃようございましたね」

「ほらほら、五十嵐くん、不貞腐れていないで戻るよ」

「五十嵐さん、少しはお兄ちゃんのことを信用してください。お願いします」

「信用・・・ね」



ああ、やっぱり俺はモルモット要員なのか。壮太の心の中で、革新的なゲームと自分の自尊心を計る天秤が大きく傾き始めていた。

壮太はイジられるのを極端に嫌った。過去の体験がそうさせているのだが、イジリも度を超すとイジメと変わらない。



もう、やめようかな、このクランもどき。壮太はそう思わずにはいられなかった。

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