第18話 調整不足

「五十嵐くん、ごめんね。そんなに落ち込まないでよ。次からはきちんとしたアバターを用意するから」

「お前の言うことは信用できない」壮太は無様に両膝を地面につけたまま動こうとしなかった。



「ほら、花子も何か言ってよ」

「五十嵐さん、お兄ちゃん、いえ、兄がご迷惑をおかけしてすいません。でも、五十嵐さんのおかげで貴重なデータを取ることができました。ありがとうございます」

「いえ、お構いなく・・・」花子からそう言われても壮太には立ち上がる気力がなかった。

「花子、次、次だよ」早坂がそう言うと、花子は壮太の正面に同じように両膝をつき、「本当にごめんなさい」と壮太の両手を優しく包み込んだ。

その瞬間、壮太の体に雷が落ちたような衝撃が走り、悪霊にでも憑りつかれたように「いえ、必要なことなら喜んでやります」と無精ひげに囚人服のまがい物を身に纏った盗賊は、精一杯恰好を付けて立ち上がった。



「五十嵐くんも、チョロいね」

「高森、何か言ったか?」一ノ瀬が高森の独り言に気づいたようだ。不思議そうな顔で高森のことを見ている。

「ううん、何も」高森は大げさに両手を振り、一ノ瀬に背を向けると「やっぱり、あの子には注意しないとダメみたいね」とまた独り言を呟いた。

高森はいずれ花子と敵対するときがくるかもしれないと憂慮していた。ただ、壮太は確実に花子側につくだろうし、朴念仁のような一ノ瀬もあまり頼りにならない。だからと言ってクランに人が増えたところで、花子の無邪気で清楚と言う魔性の力に堕とされていくのがオチだということもわかっていた。



「それで早坂の旦那、どこへ向かうのでゲスか?」花子の微笑みと手の温もりだけで、壮太はすっかりやる気を取り戻していた。

「それはやりすぎだよ」早坂は鬱陶しそうに手を掴んできた壮太の手を振りはらった。

「盗賊って言っても選べる職業であって、追剥ぎみたいのが本業じゃないからね。それに僕のことを旦那って言うと、僕が頭領みたいだからやめて」

「わかった。俺もはしゃぎすぎた。コホン」壮太は一度咳払いをして「それで、この後はどうするんだ?始まりの町みたいなのは見当たらないぞ」そう言って辺りを見回した。



壮太たちは草原に立ち、目の前に森と呼ぶには木の数が足りず、林と呼ぶには木の数が多すぎる不自然な景色が広がり、後ろを振り返っても草原が続くだけで何も見えなかった。

「本当なら、僕たちの後ろに始まりの町があるはずなんだけど・・・ないね。処理が追い付いていないみたい」

「じゃあお兄ちゃん、私たちはどう動けばいいの?」

「大丈夫」早坂は任せろと言わんばかりに胸を叩いた。



「早坂、このゲームの設定はどうなっているんだ?ゲームのタイトルとか、大陸名とかは?」

「タイトルはまだ正式には決まっていなくて、一応「the new world」が仮の名称。それから大陸も何もほとんどが未定だよ。名前なんか後でどうにでもなるし」

「随分と乱暴だな。まあ、確かに名前は後回しでもいいだろうけどさ」

ゲームの作り方を知らない壮太には、どちらが先でもさして気にはならなかったが、早坂の説明だと雑な作り方をしているように思えてしまった。



「それでなんだけど、この辺にもモンスターが出現するはずなんだ。でも弱いから、まずは戦い方を学んで」

「弱いってどのくらい?」モンスターと聞いて、花子のこと云々ではなくなった高森は明らかに怯えていた。

「五十嵐、お手本をみせてくれよ」

「そうだね。私もいまいちわかっていないし」一ノ瀬と高森は縋るように囚人服の壮太を見た。

「はあ?ちょっと待て。俺もこれは初めてだ。わかるわけないって」

何を勘違いしているのか、壮太はVRMMOの知識があるだけで、体験するのは2人と同じで初めてのことだ。壮太は勢いよく手を振って「無理無理」と手を振った。



「五十嵐くん、大丈夫。この辺のモンスターはかなり弱いから」

「弱いも何も戦い方がわからないって言っているんだよ!」

早坂は何をもって大丈夫と言っているのか壮太には理解できなかった。



「ビビってもしょうがない。実践あるのみだ。早坂、ちなみに俺たちのレベルは?」初めてのVRMMOでレベル1から始めると即死は充分に有り得た。そもそも、チュートリアルを受けていないのだから戦いようがない。

「五十嵐くんたちは、レベル5に設定してあるよ。それで、この辺のモンスターの平均レベルは2ってところかな?」

レベルの差が3あるというのは大きい。ただ、これは現実世界のRPGの話で、VRMMOだとその常識が通用するのか壮太には疑問だった。



「それで早坂のレベルは?俺たちと同じ5なのか?」

「僕はレベル40に設定しておいた。花子はレベル30だから」

そんなことだろうと思った。まあ、早坂兄妹はもう何回か戦闘しているのだろうが、チートを倒すにはチートになるしかないと息巻いていた男は、一般参加者がいないこと良いことにチートをしまくっている。



「よくわからないけど、五十嵐も初めてなんだな?でも、早坂と花子ちゃんが強そうで安心した」一ノ瀬の安心の仕方もおかしいが、壮太もレベル40と30の味方がいるのは心強かった。まあ、インチキというのは間違いないが。

「私もとりあえず安心できた。ねえ、花子ちゃん、ここは本当に仮想空間なんだよね?何だかリアリティがあり過ぎて、よくわからないよ」高森は足元の草を軽く蹴飛ばして感触を確認している。確かに、壮太たちの足元で揺れる草は現実のものとしか思えないほど見事に再現されていた。



ガサガサ、ガサガサ、音を立てながら何かが近づいてくる。早坂の次は誰だ?また誰か参加してきたのか?壮太はそう思っていたのだが、草原から姿を現したのは本当にモンスターだった。



「ねえ、これってぷよぷよの青ぷよ?」高森は怖がることなく、なぜか嬉しそうだった。

「まあ、似たようなもんだろ。ただ、スライムのほうがしっくりくるだろうな」そう言うと一ノ瀬はバッターの姿勢から剣を真横に振った。スライムは真っ二つに切られ、光の粒子とになって消えた。

「一ノ瀬くん、さすが運動神経が良いね。教えなくても感覚を掴んでいる」

早坂は拍手で一ノ瀬を称え、一ノ瀬もまんざらでもないように笑顔を作った。

ただ、なにか違う。壮太は一ノ瀬の攻撃を見て違和感を覚えていた。



「じゃあ、次は高森さんの番だね」

高森が言うところの青ぷよが姿が現すと、高森は一ノ瀬と同じように杖を構え、思い切りスライムを殴りつけた。

「高森さん、それは確かに木刀に見えるけど杖だよ!使い方が違うから!」

やっぱりだ。壮太の思い通りの展開で、ゲームに疎くて、更に基礎知識がないと、ここまで酷いのかと目を疑った。



「高森さん、私の真似をしてください。私のは本ですけど、やり方は同じですから」花子は高森を後ろへ下がらせ、距離を取ってから魔導書のような物を持つと、集中力を高めるように目を閉じた。

「頭の中で火の玉のイメージしてください。それでその意識が高まったら、スライムに向けて杖を振ってください」

「ええと、火の玉、火の玉ね」

「それで、集中力が高まったと思ったら、モンスターに向かって杖を振り下ろしてください」そう言うと、花子は空に向かって火の玉を放った。なるほど、あれがファイアーボールか、と壮太は感心した、



「火の玉、火の玉、火の玉、えい!」高森は木刀のような杖をスライムに向けて振り下ろすと、火の玉ではなく炎の波がスライムを覆いつくした。

「やった!できた!面白い、なにこれ!」高森はキャッキャッと飛び跳ねて喜んでいるが、壮太はまた違和感を覚えた。壮太の想像では花子と同じファイアーボールだと思っていたが、高森の放った魔法は明らかに火力が違う。



「早坂、あれで良いのか?」

「うーん、想いを具現化するのが魔法なんだけど、あれはレベルに見合っていないね。これも要調整だ」早坂は首を傾げ不思議そうにしている。

「なあ、これってβテストできるレベルまで本当に開発が進んでいるのか?なんだかバグだかエラーだかわかんないけど、俺は不安しか感じない。あ、ログアウトできなくなるとかいうのは本当に無しだからな」

「五十嵐くんみたいに、ある程度ゲームの知識があると誤魔化せないね。でも、ログアウトはできるからそれは安心して。その保険も兼ねてみんながモニターをしているんだから」

「ねえねえ、五十嵐くんはどんなことができるの?」高森はよほど楽しかったのか、「えい、えい、ほい、それ」とモンスターがいないのに熱波を飛ばし続けている。

「危ないから、それやめて。俺に燃え移ったら大変だから」

壮太は早坂の体を掴むと一定の距離をとってから「そうだ、次は俺の番だ」と全く似合っていない神父の帽子が落ちそうなほど早坂の体を強く揺すった。

「わかったから、揺すらないで。じゃあ、次は五十嵐くんに戦い方を教えるから」

外見こそ脱獄囚のようだが、心だけは戦士になりきっている壮太は心を躍らせて早坂の指示を待つことにした。

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