第15話 やっぱり早坂家はズレている

エレベーターのドアが静かに開く。壮太は下りてから辺りをキョロキョロ見回した。やはりどう見ても病院だ。開発はどこか別の階か、全く違う所で行われているのだろう。



「お兄ちゃん、待っていたよ」

胸元に紺色のリボンをつけ、チェックのスカートを穿いている少女がこちらに近づいてきた。真っ白なシャツが透明感を醸し出し、茶色のローファーを穿くその少女はどこからどう見ても見ても高校生だった。女子高生がなんでこんなところにいるのだろうと考える前に壮太は度肝を抜かれ、思考回路は緊急停止した。



突然、姿を現した高校生の少女は恐ろしく可愛いかった。黒髪のロングヘアーを優雅になびかせている姿はCMに出演していてもおかしくない。目鼻立ちが見事に整っているのに愛らしい印象を受ける。綺麗でもあり可愛いなんて反則だ。これで性格まで良かったら現実世界のチーターだ。



「おい、誰だ、あの美少女JKは?」

「五十嵐くんには聞こえなかった?お兄ちゃんって言ったじゃないか。あと、JKって言い方はやめて」

「は?」演算能力が追い付かず、壮太はもう一度聞き直すことにした。

「だから、あの美少女JKは誰なんだ?」

「君は耳が悪いの?それとも頭が悪いの?ともかく、僕の妹だよ。あとJKは禁止ね」呆れるように早坂が言い放ち、壮太は眩暈を覚えた。



「五十嵐、大丈夫か?やっぱりお前もビビっているんだな?」よろけた壮太を一ノ瀬ががっしりと掴み、何がそんなに面白いのか微笑んでいた。

「いや、違う。そういうことじゃなくてさ・・・」

「ちょっと、早坂くん、妹さんってめちゃくちゃ可愛いじゃないの!」

高森は対抗意識を燃やしたのか、早坂の体を両手で掴みと乱暴に揺らした。さっきまで動揺していたとは思えないほど興奮している。



不毛なやり取りをしていると「どうしたんですか?皆さん?」早坂が妹と言い張る美少女がこちらに近づいてきた。

近くで見ると、思わず見惚れてしまうほど可愛く、高森は「早坂くんの妹さんなんだよね?私は高森、高森裕子。よろしくね」さっそく敵意のような嫉妬のような視線で可愛らしくお辞儀をしたが、こればかりは高森に分が悪かった。



「はい、高森さんですね。兄からお話は伺っています」と満面の笑みで応え、壮太はその眩しさに再び眩暈を覚え、高森も勝てないとわかったのか、どうみても不自然な笑顔を作った。

「お兄ちゃん、こっちこっち」

「もう用意はできているの?」

「うん、ほとんど準備は整っているよ」

早坂兄妹と呼んでいいのか、どうしても疑問符が取れない2人はスタスタと歩き始め、高森は無言で続き、一ノ瀬はまだ正気に戻れない壮太を引き摺るように後へ続いた。



廊下の突き当りには左右に、おそらく4人部屋だった部屋を改装したのだろう、右の部屋にはベッドが3つあり、左にはベッドが2つあり、両方の部屋にはスーツ姿の男性と医師、それと看護師が数名いて、そのせいで部屋が狭く見えてしまった。



「そう言えば、まだみんなには話していなかったけど、今日のβテストには妹も参加するから」

「だから、誰の妹なんだよ?」壮太はまだ認めるわけにはいかなかった。認めてしまうと今後は早坂の機嫌をとらなければならない。それも早坂ではなく、早坂の妹のために。

「五十嵐くん、男らしくないよ」高森は自分は負けを認めたのだから、お前も認めろというような鋭い視線を壮太に送ってきた。



「そちらは五十嵐さんと一ノ瀬さんですね。兄から話は伺っています。私は妹のハナコです。学年は高校3年生です。みなさん、今日はよろしくお願いします」

「え?ハナコさんってどういう漢字を書くの?」壮太は嫌な予感を覚え、挨拶をそっちのけで尋ねていた。

「ええと、普通に花に子供の子ですけど何か?」

「ああ、そう・・・」兄が太郎で妹が花子って何か間違っている。早坂の両親がいい加減すぎるのか、それともネーミングセンスがないのか、もしくは画数とかに全く興味がないのか、いずれにせよ兄が「太郎」で妹が「花子」なんて安直すぎる。いくらなんでもあんまりだ。壮太は早坂兄妹に同情した。やはり早坂家はズレている。ズレ過ぎだ。



「まあ、兄妹っていっても僕たちは異母兄弟だから」

突然の早坂の告白に、壮太たちはどう答えれば良いのか反応に困り「ああ、そうなんだ」と下を向いて返事をした。

「ちなみに、僕たちには兄さんと姉さんもいるけど、2人も異母兄弟だから。要するに4人が全員異母兄弟なんて面白いよね?」

早坂はまるで天気の話でもするように平然と、しかも笑顔で複雑な家庭環境を口にした。



何が面白いのか理解できないし、全然笑えない。高森は顔を引きつらせ「そうだね」と無理をして笑い、一ノ瀬は笑顔を作っただけ。壮太だけが「嘘だろ?」と口に出してしまっていた。

「嘘じゃないよ。でも、あんまりそういうのを気にしたことがないから。ねえ、花子?」

「はい。私もそういうのは気にならないです。だから今日は兄に無理を言って参加させて頂くことになりました」

「いやいやいや、そんなの変だ。やっぱりおかしいって!」

「何もおかしくないよ。なんか五十嵐くん、いつもにまして突っかかってくるね?」

「五十嵐さん、本当に私も兄もそういうのが気にならないんです。ですから、私は兄を尊敬していますし、憧れてもいます。兄が大好きなんです」壮太は早坂兄妹から猛抗議を受け、開きかけた口を強引に閉じた。これ以上余計なことを言うと、花子から嫌われそうで、すっかり怖気づいてしまっていた。



「大好きねえ・・・」さすがに高森も引いている。これは普通の反応だろう。一ノ瀬は相変わらず笑顔で何も喋ろうとしない。

「いやいやいやいや、これはないよ、ないない、あんまりだ」黙ると決めていたが、壮太はハンマーで頭をしこたま打ち付けられたような衝撃を覚え、一ノ瀬に凭れかかった。

「お兄ちゃん、五十嵐さんって、少し失礼だね?」

「まあ、五十嵐くんはこういう人だから。でも、いざっていうときは頼りになるよ」

「へえ、そうなんだ」

早坂兄妹が話している間、壮太は正気を保つのに必死だった。

ライバルが早坂だと?いや、すでに花子ちゃんは太郎のことを大好きと公言している。これは勝負になるのか?いや、俺はすでに嫌われているんじゃないのか?ええと、俺も早坂のことを「お兄ちゃん」って呼んだほうが良いのか?それで花子ちゃんのことを妹だと思ったほうが良いのか?



壮太は自分の思考回路が、汚れた衣類を名一杯詰め込んだ洗濯機のようにガタガタと揺れ続け、今にも壊れそうな嫌な異音を発しているような感覚を覚えた

「五十嵐くん、早くメディカルチェックを受けたほうがいいよ。顔色が悪いというか土みたいな色しているよ」

「ああ、お気遣いどうも」普段なら土の色で頭にきて早坂をこずいているところだが、その力が壮太には残されていなかった。



二手に別れるときに高森がこっそりと壮太に囁いた。

「見た目で判断しちゃダメだよ。女の本性なんて簡単にわからないから」そう言った高森の本性は壮太にはバレバレだった。

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