第14話 喜ぶゲーマーと動揺する容姿端麗組

「やっと落ち着いた」早坂は運転手から差し出されたスポーツドリンクを飲み干すと、ふうと大きく深呼吸をした。

「もう授業は諦めたけど、早坂くん、この埋め合わせはお願いね」高森は笑顔を作っていたが、目は全く笑っていなかった。

「ところで、この車はどこに向かっているんだ?」一ノ瀬は窓に叩きつけられて落ちていく雨粒をジッと眺めながら、3人の疑問を代弁した。

「さっきも言ったじゃない。僕たちは今、都内の病院に向かっているんだ」

「だから、どうしてなんだよ?」

「どうして病院に行く必要があるの?」一ノ瀬と高森は要領を得ないのか、語気を荒くして早坂を問い詰めた。



「五十嵐くんは随分と落ち着いているね」

「それは、俺が借りているお前のPCに昨晩、なんかそんな感じのメールが送られてきて、よく考えてみれば、あれは試作機が別の段階に移行したと思っただけだ」

「五十嵐くんのPCにもメールが届いちゃったのか。あ、僕が主任に報告していなかったからか。あれも社外秘だから早く連絡しないと」早坂はスマホを取り出したが、一ノ瀬がその手を止めた。



「おい、質問に答えろ、病院ってどういうことだよ?」温厚な一ノ瀬の真顔というのはなかなかに怖いものがある。

「早坂、2人にもわかるように、きちんと説明したほうが良い」

「わかった。物凄く簡単に説明すると、もっと先の予定だった試作機が完成したんだ」

「試作機って、例のVR何とかってやつか?」一ノ瀬は興味がないものに対して覚える気がないのか、未だに名称があやふやだ。

「そういうこと。あくまでも試作段階だけど、まさかこんなに早く僕たちにお呼びがかかるとは思っていなかった」

「確かに、俺もここまで早く体験できるとは考えてもいなかった」

壮太だけが浮かれていて、一ノ瀬と高森は段々と理解が追い付いてきたのか、沈んだ表情に変わっていった。



「それで、どうして病院なのかっていうことだけど、それはサンプルを取りたいのと君たちの安全のため。なにせ、試作機だから万が一に備えてね。備えあらば憂いなしだよ」

早坂の説明を受けると、一ノ瀬と高森の顔がみるみるうちに青ざめていった。で危険を察したようだ。



「おいおい、俺と高森は完全に素人だぞ。五十嵐みたいに知っているならともかく、俺たちは予備知識ゼロだ」

「それって本当に大丈夫なの?」

「早坂を庇うつもりはないけど、それくらいの用意があれば問題ないと思うよ」壮太は2人を落ち着かせるように、優しく語り掛けた。



「もともとVRMMOは脳の機械を直接やりとり?でいいのか、ともかく信号か何かを送るんだよ」

「さすが五十嵐くん。僕もエンジニアじゃないから詳しくはわからないけど、大体そんな感じで良いと思う」

落ち着かせるつもりだったのに、壮太と早坂のやり取りに、二人は更に混乱した。

「脳って、本当に大丈夫なのかよ?」

「後遺症とか残ったらどうするの?」

「だから、病院なんだよ」壮太は予備知識がないから仕方がないにしても、うるさく慌てふためく二人に真顔で答えた。

「何かあったら、いや何かある前に、すぐに診察できるから病院なんだよ。薬だって治験があるでしょ?俺が思うに、あれよりはよほど安全だと思うけど」



「うーん」納得がいかないようだが、とりあえず二人は騒ぎたてるのを止めてくれた。

「大丈夫、うちの会社を少しは信用してよ」

「お前が言うと信用できなくなるぞ」壮太と早坂がいつも通りに会話していることで、2人の緊張が多少はほぐれたようだ。

「早坂、信じているからな」と一ノ瀬が早坂の瞳をジッと見つめ、「早坂くん、今回は時給を倍にしてね」と高森はこの状態でいつものように、要求をしたが、早坂は「いいよ」と二つ返事で了承した。



やがて、壮太たちを乗せた車は、大病院の「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた駐車場に停車をした。土砂降りだった雨はどこに姿を消したのか、いつの間にか雲の隙間から太陽がこっそりと顔を出していた。

「しかし、でかい病院だなあ」車を降りた壮太は、広大な敷地に整然と立ち並ぶ白塗りの建物を眺めて感嘆の声をあげた。

「凄いでしょ?敷地だけで東京ドーム・・・」

「そのよくわからない例えはいい。東京ドーム何個分とか言われてもピンとこないし、俺は東京ドームに行ったことがない」壮太は早坂の例えをピシャリと遮った。



「覚悟とは言いたくないけど、少しはリラックスしようよ、お2人さん」

イケメンと美女が挙動不審なのは見ていて痛々しい。心配なのはわかるが壮太のようなゲーム好きには垂涎ものだ。これに時給を要求するなんて罰当たりだとさえ思った。

「リラックスはできないけど、ここまできちゃったしな」一ノ瀬は諦めたようだ。

「本当に大丈夫なの?」高森はまだ心配している。さっきから同じことしか口にしていない。



「太郎さん、こちらです」車を運転していた中年の男性性が、3号棟と書かれた建物の入り口で壮太たちを呼んでいた。

建物の内部は普通に病院そのものだった。壮太はてっきりスーパーコンピューターが立ち並び、白衣の科学者が忙しそうに右往左往していると思っていたのだが、スーツ姿の男性と女性ばかりで、医師や看護師らしき人も見たらない。

「関係者以外立ち入り禁止」と張り紙がされたエレベーターに乗り込むと、早坂は迷わず7階を押した。



早坂は楽しそうだが、一ノ瀬と高森はお化け屋敷に迷いこんでしまったようにおどおどしている。

壮太は早坂と同じで心を躍らせていた。テストはいえ未来のマシンをこんなに早く体験できるとは思ってもみなかった。



「早坂、初めてお前に感謝する。ありがとう」壮太は早坂の両手を掴み、縄跳びでもするのかと思うほど上下にブンブンと振った。

「五十嵐くんは頼りになるけど、失礼なのが玉に瑕だよね。それはなおしたほうが良いと思うけど」そう言いながら、早坂は壮太の手を離さず、されるがままにしていた。



もうすぐ7階に到着する。開発に携わる企業のボンボンと、そのボンボンに上手く釣られた平凡な男と、見た目で選ばれたイケメン。それに時給まで発生している美女。奇妙な組み合わせな4人が乗るエレベーターは、目的地である7階に到着した。

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