第13話 緊急連絡

翌日、壮太は3限の授業を受ける前に早坂に電話をかけた。早坂の時間割まで知らないし、知りたくもないが、あのメールの報告はしておいたほうが良いと思っていた。何より、あのメールには重要な意味があると確信していた。



プルル、プルル、プルル、呼び出し音だけが虚しく壮太の鼓膜に響く。

出ない。壮太は10回目のコールを最後にして電話を切った。

晴天が続いたせいか、雨雲が交代しろと急いているようだ。水色の空が徐々に鈍色の雲に浸食さくれてい。天気予報通りだ。壮太は立て掛けておいたビニール傘を掴み教室へと向かった。



ジリリン、ジリリン、壮太が設定している目覚まし時計のような呼び出し音が廊下に鳴き渡る。「もしもし」壮太は慌ててスマホを取り出した。

「あ、五十嵐くん、電話に出れなくてごめんね」やはり早坂だった。というか壮太はそれほど多くの人と番号交換をしていない。電話をかけてくる人間は限らていた。

「お前、今どこにいるの?」

「今、校門前。雨が降りそうだから送ってもらった」

「チッ」壮太はわざと舌打ちした。なんだよ、雨が降りそうだから送ってもらったって。これだから金持ちの坊ちゃんは・・・

「昨日からバタバタしていて、僕も3人に急いで連絡しなきゃって思っていたんだけど、朝までかかったから電話できなくて・・・」早坂は壮太の舌打ちなど気にせず、早口で捲し立てるように続けた。



「それでなんだけど、一ノ瀬くんと高森さん、2人と連絡が取れないかな?みんなに至急集まって貰いたいんだ」早坂の口調は切羽詰まっているようで、壮太はただならないものを感じた。

「ええと、ちょっと待て。確か一ノ瀬が1限からで高森さんが2限だったはずだ」

「なんだよ、五十嵐くん。すっかり仲良しじゃないか。いつの間にそんなに仲良くなったの?ぼっち卒業だね」

「そんなことは今はどうでもいいんだよ。お前、急いでいるんだろう?あの2人にも集合をかけるなら、お前は高森さんに連絡してくれ、俺は一ノ瀬に電話を掛ける」

「わかった。あ、ちょっと待って。高森さんに電話して、あの2人がくっ付いてきちゃうと困るんだ。僕と高森さんが、あの2人を上手く巻いてから、改めて五十嵐くんに電話をかける」

巻くって、原田と井上は完全に邪魔者扱いだ。早坂も容赦がない。だが、壮太には2人を庇う義理もない。「わかった」壮太は電話を切ってからミスに気付いた。

高森は3人でなく2人でいて、一ノ瀬が2人でいるかもしれない。



こうなりゃ自棄だ。壮太は急いでスマホをタップし、一ノ瀬に電話をかけた。

プルル、1回のコールで出る。「はい、一ノ瀬です」爽やかなイケメンは電話に出るのもスマートなのかと疑い、今はそれどころではないと慌てて確認をとることにした。

「五十嵐だけど、一ノ瀬、今どこにいる?独りなのか?小声で返答してくれ」

「何を焦っているんだよ。それに独りじゃないぞ。友達と一緒だ」

「そこにお前の彼女はいるのか?」聞きたくはないが急ぎの用だ。壮太は祈るように問い掛けた。



「いや、今日はまだ会っていない」

「よし」

「よしって何だよ?」

「俺たちのクランのおさから緊急連絡だ。とりあえず俺と合流しよう。できればひと気のいないところにだ」

「なんか俺とお前でひと気のないところって怖いんだけど」

「あんなの冗談に決まっているだろ?お前に抱かれるなんて嫌なこった」

「わかった、わかった。今、俺2号館の211室にいるんだけど、この教室は次の時間は授業がないみたいだ」



今度は急いで早坂に電話をかける。「もしもし」早坂もワンコールで出た。まあ、早坂がワンコールで出たからと言って、何とも思わない。爽やかではないし、スマートでもない。単に急ぎの用だからだろう。

「俺と一ノ瀬は合流した。俺たちがいるのは2号館の211の教室だ」

「僕のほうが困ったことに3人揃っているみたいで、どうにか高森さんだけ呼び出せいかな?」

「適当な理由で良いんだよ。ゼミの教授が呼んでいるでもなんでも良いんだよ。それでも3人で付いてきそうなら原田さんには一ノ瀬が探していたとでも言ってみろ。あ、ちょっと待て」

「一ノ瀬、少しだけ、うーんと15分くらいスマホの電源を切ってくれ」

「なんでだよ?」一ノ瀬は不機嫌そうに壮太を見るが「いいから。ほんの少しだけだから。ほらほら早く早く。切ったか?」

「ああ、でも本当に少しだけだからな?でも15分って長いよな」一ノ瀬は壮太の指示通り、渋々スマホの電源を落とした。

「早坂、原田さんに彼氏が探していたって言え。ただ、一ノ瀬のスマホは繋がらない状態にしておいた。それから高森さんには時給の件で話したいって言えば、3人がばらけるはずだ」

「了解。やっぱり五十嵐くんは悪知恵が働くね。頼りになるよ」

「お前は一言余計なんだよ。そもそも、お前が至急全員を集めろなんて言うからだ。いいから早く高森さんだけ呼び出せ」



嘘に嘘を重ねたドタバタの連携で、どうにか4人揃うことができた。

「ねえねえ、何、時給の話って?時給が下がるの?」合流した高森は不安そうな表情を浮かべていた。その原因が時給というのが気になるが。

「ごめん、とりあえず、みんな校門までダッシュしてくれる?理由は車の中で話すから」早坂は4人揃うなり、スマホでどこかに電話をかけ「今から向かう」とだけ言って通話を終わらせた。

「え、まだ車が止まっているのか?雨だから送って貰ったんじゃなくて、別件で車が待っているのか?」

「なんなんだよ。俺は何も聞いていないぞ」

「だから、時給の話って何なの?」

うるさい男女4人が周りの目も気にせずに、小雨の降る中、校門まで走り抜けた。



あった。あれが早坂を送ってきた車か。あれ、あの車って何だっけ?見たことはあるけど思い出せない。確か、高級車狙いの窃盗被害にあっているとかなんとか。ニュースで見たことはあるが名前が出てこない。

壮太は走りながら思考を働かせた。あのフォルムにあのエンブレム。ああ、レクサスか。いや、レクサスって超高級車じゃないか!壮太は謎が解けた爽快感と、また高級車かよ、という不快感を同時に抱きながら黒色のレクサスに辿り着いた。



高森は一ノ瀬に片手を引かれ懸命に走っている。イケメンが美女の手を取って走る姿は絵になると思っていたら、その後ろで足がもつれて今にも転びそうな早坂が苦しそうに走っている姿が見えたので、壮太は「仕方がない」と言って早坂を迎えに戻った。

「はあはあ」早坂の呼吸はまるで5キロくらい走り続けたように荒い。

「ほら、もう少しだから頑張れ」さすがに男同士で手を引くのは気が引けたので、壮太は今にも走るのを止めてしまいそうな早坂の背中を押すことにした。

早坂が死にそうな顔でレクサスに辿り着くと、先に着いていた一ノ瀬と高森に「とりあえず乗って」と息を切らせながら言うと、早坂も後部座席のドアを開けて転がり込むように乗り込んだ。



「随分と乱暴に俺たちを集めたな?」一ノ瀬は彼女に嘘を吐いたので少し顔が強張っていた。

「本当にごめん。それで、ごめんついでなんだけど、このまま移動するから」

「え、私はまだ授業が残っているんだけど」高森は動き出した車から学校に目をやった。

「俺もだ。まだあと2つ残っているんだけど?」一ノ瀬がどんどん不機嫌になっていく。

「まあまあ、早坂にも事情があるみたいだから、とりあえず早坂の言い分も聞こう」壮太はほとんど寝ていない早坂に助け舟を出すことにした。正直言って壮太もどこに向かうのかは全然わからない。ただ、昨日のメールといい、早坂の焦りからなんとなくだが察しがついていた。



「早坂、もしかして試作品くらいまでは完成したのか?」

「ぜえぜえ、まあ、そんなところ。だけど今までの中ではかなり良い出来だと思う」

「こちらをどうぞ」赤信号で止まると、ハンドルを握っていたスーツの男性が早坂に飲み物を差し出した。

「ぷはあ、生き返ったあ」

「生き返ったのはどこかに置いといて、やっと試作品ができて、それで俺たちはどこに向かっているんだ?」

「どこって、病院だよ」

「病院?」早坂以外の3人の言葉が申し合わせたように重なった」

「少し休憩させて、僕は運動が苦手なんだ。都内の病院まで行くから、その間にきちんと説明するよ」

仕方がないので、早坂が体力を取り戻すまで黙ることにした。車に乗り込むまでは小雨だったのに、いつしか車に乗っていても音が聞こえるくらいの土砂降りに変わっていた。

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