第12話 情報共有 壮太と一ノ瀬と高森(修正)

男2人しかいない通話空間に、高森の華やかな声が混じってきた。

「高森、何かあったのか?」いつだって気が利く一ノ瀬は、すぐに高森に問い掛けた。

「私、時給が上がったんだ。1200円から1300円に上がったの!凄いでしょ!!」

壮太は高森が喜びのあまり飛び跳ねている姿が目に浮かんだ。

「高森さんって大人しそうだけど、したたか、じゃなくて世渡り上手だね」壮太はつい本音を漏らしてしまい、慌てて軌道修正した。

「別にしたたかでも良いよ。実際そうだし」呟くような小声で喋ったのに高森には聞こえていたようだ。

「ごめんなさい」壮太は消え入りそうな声で謝った。



しかし、一度だけFPSのパチモンオンラインゲームに参加しただけで時給をあげるとは早坂は何を考えているのだろう?高森を手放したくないからだろうか?壮太には早坂の真意がどこにあるのかわからないが、金持ちはもう少しお金を大事にするべきだと勝手に思った。



「それと、ここだけの話なんだけど、もう少し考えればよかったんだよね。五十嵐くんにはわかるだろうけど」高森は悔いるように呟いた。確かに壮太にはわかる。高森を中心とした原田、井上のことだろう。



「高森、何か言ったか?考えれば良かったとかなんとか?」

「ううん、何も言っていないよね、五十嵐くん、そうだよね?」

高森の圧に潰されそうになりながら、「一ノ瀬、高森さんは別に何も言っていない。気のせいだ」と今度は高森のフォローにまわることになった。

俺の立ち位置って、なんか可哀そうじゃないか?言葉には出せないが壮太はスマホを耳から離して恨めしそうに一瞥すると、会話に再び参加した。



「そうだ、五十嵐、例の早坂のプロモーションの話を高森にも話してもいいのか?」

「いいけど、他言無用だよ。早坂にバレると厄介なことになりだし」

「プロモーション?」何も知らない高森は不思議そうな声をあげた。

「ええと、どこから話せばいいのかな」一ノ瀬は壮太の助けを借りながら、どうにか高森に説明することができた。



「え、嘘?プロモーションのモデル?うーん、どうしようかな・・・」

高森が浮かれているのは声質ですぐにわかった。喜んで引き受ける気はずなのに悩むフリをしている。

「ほら、一ノ瀬はイケメンだし、高森さんは可愛いから」

「嫌だ、五十嵐くん、可愛いだなんて」

「いやいや、お世辞じゃなくて、隠れファンだって大勢いると思うよ」

隠れファンという言葉を使う度に、壮太は違和感を覚えていた。なぜ隠れなければいけないのか、まるで後ろめたいことがあるようで変だと思っていたが、その表現より相応しい言葉が思い浮かばなかった。



「それで、そのVR何とかというのは、いつ頃発売されるの?五十嵐くんならわかるでしょ?」上機嫌になった高森は、一ノ瀬にではなく壮太に質問を問い掛けてきた。

「うーん、それが何ともいえなくて。あと1年はかかるだろうとは言われているんだけど、正確にはわからないんだ」

「そうなのか?」一ノ瀬は驚いた声をあげ「俺は五十嵐なら知っていると思っていた」と続けた。

「私も」高森も驚いている。壮太にしてみれば、二人が驚いていることが驚きだった。

「どうしてそう思うの?」

「なんだかんだ言って五十嵐くんと早坂くんって仲が良いじゃない。だからそう思っていたんだ」

「そう・・・なんだ」



壮太としては複雑な気分だった。早坂は悪い奴ではないが、一般常識や、人間として大事な何かが欠落しているとしか思えなかった。

そもそも、最初のチーターを退治するのに自分たちがチーターになるかしないという理論が破綻している。

「高森の言う通り、俺にも仲が良いように見える」一ノ瀬も悪気はないのだろう。むしろ褒めているつもりだろう。だが、何かが引っ掛かっていて素直に喜ぶことができない。



「なんにせよ、それが完成しない限り、俺たちは色々なゲームをやらさられるのか?」

「一ノ瀬くんは嫌なの?」

一ノ瀬は逡巡し、「ほら美世も参加したいってうるさいからさ」と気恥ずかしいのか、惚気ているのか、壮太には判別できないように答えた。

「あーそれね・・・」

「そうだった」壮太と高森は示し合わせたように溜め息を吐いた。

「何だよ、その言い方?」

「いや、ねえ、五十嵐くん、別に何がってわけじゃないよね?」

三人の関係にヒビが入っているのだろう、高森は気まずそうに壮太に同意を求めた。

「ああ、ほら俺たちが早坂から預かっているPCって、かなりスペックが良いから高額なんだ。普通に買うと20万以上するんじゃないかな?それでさ、もう2人だっけ?その分まで用意するのは大変なんじゃないかなあ、ってさ」

高森から助けを乞われた以上、壮太は全力で応えるしかない。

「今は待つしかないってことか」一ノ瀬はそう言うと欠伸をした。壮太は枕もとのデジタル時計を見ると、時刻は22時45分と表示され、思っていたよりも長電話していたのに気が付いた。



「2人とも、明日は授業があるんでしょ?私は2限からなんだけど」

「俺は1限からだ」

「俺は3限からだから、ゆっくり行く」

話を纏めると、一ノ瀬が一番乗りだ。1限だから9時前には学校に着いていなればならないが、それでも毎日早起きして働きに出る会社員よりも充分すぎるほど余裕がある。これが大学生がお気楽極楽と揶揄される1つの要因だ。



「みんなバラバラだけど、何かあった場合はいつものテラスに集合でしょ?」

「別に毎日活動するわけじゃないからね。一ノ瀬だってバスケを続ければいいのに」壮太は186センチもある一ノ瀬のことを羨ましく思いながらも、善意でそう言った。

「一ノ瀬くんって、バスケやっていたの?」

「ああ、中学、高校とバスケ部だった」

「あの、続きはまたで良い?なんか早坂から借りているPCがチカチカ点滅しているんだ」

「それって借りているんじゃなくて、もら・・・いや、何でもない。忘れてくれ」

一ノ瀬は危なく口を滑らしそうになった。早坂から少し時間が欲しいと言われていることを失念していた。

「なんだよ、一ノ瀬。言い掛けておいて、途中で止めると気持ちが悪いだろ?

「いや、本当に何でもない。俺の勘違いだ」

「まあ、いいや。本当にどうでもよさそうだし」



「ああ、じゃあ今日はここまでにしよう。高森、バスケの話はまた今度」

「わかった。2人ともお休み」

「俺はPCが心配だから確認する。またね」

こうして、3人の情報共有、及び、情報交換が終わり、壮太は点滅していたPCに電源を入れた。



『プロジェクトHA。αからβへ移行。至急確認されたし。関係各所と緊密な連携を取るように。なお返信は無用』

「なんだよ、このメール?」壮太が借りているPCには、意味のわからないメールが届いていた。

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