第11話 情報共有 壮太と一ノ瀬

「へえ、早坂はそんなことを考えていたのか?俺と高森をプロモーションのモデルにか・・・」

「わかっていると思うけど、ここだけの話だからな」壮太は椅子を斜めに傾けながら一ノ瀬に念を押した。

壮太は一ノ瀬と高森、2人と知っている情報を共有しようと思い、暇なのときでいいから電話で話せないかと相談していた。

高森は用事があるらしく、まだ通話に参加していない。なので、今は壮太と一ノ瀬だけで話をしていた。



「それで、一ノ瀬はそれを聞いてどう思った?うおお」腰を下ろている椅子が傾き過ぎて後ろにひっくり返りそうになったので、壮太は慌てて椅子を元に戻した。

「おい、大丈夫か?」

「危なく椅子ごとひっくり返りそうになった。もう大丈夫。それで・・・なんだっけ?」

「俺がどう思ったってところだよ。そう聞かれてもなあ、返答に困る。だって俺たちだって、あくまでも候補だろ?」

「そうなんだよなあ・・・競争相手がどういう奴かもわからないし」

「俺はどっちでも良いんだ。さして興味はない」一ノ瀬はキッパリと言い切った。

「俺は表舞台には向いていないと思うし、正直言ってあまり羨ましいとも思えないんだ」早坂の「裏方」という表現には苛ついたが、実際のところ壮太には無理だと自覚していた。



「しかし、早坂の要求も難しいな。タレントじゃないとダメなのか?どうして一般人を起用しようと思っているんだ?」

「それなんだけど、あらゆる形でプロモーションを展開するみたいだから、タレントも起用するとは思うんだけど、やっぱりタレントだとがでちゃうからじゃないか?多額のギャラも発生するし」

「それじゃダメなのか?」一ノ瀬は気づいていないのだろうが、さっきから壮太に質問攻めをしている。

「それは俺に聞かれてもわからない。複数の会社が絡むとそれぞれ思惑が違うとか、それぞれ役割があるんじゃないの?」壮太は机の上に置いていたアイスコーヒーで喉を潤した。



「まあ、早坂が主導で俺たちのクランが成り立っているわけだから・・・」

急に一ノ瀬の声が途切れた。「おーい、一ノ瀬、どうしたんだ?」壮太は残りのアイスコーヒーを一気に流しこみながら一ノ瀬に問い掛けた。

「ああ、悪い悪い。ちょっと呼ばれたから」

「おい、ちょっと待て」

「なんだよ、急に真剣な声を出して?」

「お前、独り暮らしだっけ?」

「いいや、実家だけど」一ノ瀬は壮太に何か底知れない気迫のようなものを感じ、小声で答えた。

「まさかとは思うけど、そこに原田さんがいるってことはないよな?」

「ああ、そのことか。いないって。今日は来ていない」



「今日は来ていない・・・だと?」壮太の声は明らかに敵意に満ちていた。そもそも、壮太が早坂を責めることなんてはできない。壮太も何かしらか影響を受けて、その表現を無自覚で使っているのだから。

「ああ、今日はな」一ノ瀬はその敵意を上手くあしらい、壮太は「お前、実家に彼女を呼ぶとか何を考えているんだよ?」と更に敵意を増した。

「そんなにおかしなことでもないだろ?」

「え、そうなの?そういうものなの?」壮太声のトーンが別の方向に働き、敵意ではなく興味に変わっていた。残念ながらもうすぐ19歳になろうとしているのに、壮太には付き合った経験がなかった。



「お前だってそうじゃないのか?」一ノ瀬は事情を知らないので平気で傷口に塩を塗る。

「うん、いや、あの、うーん、高森さんには言わないで欲しいんだけど、俺はまだ彼女がいたことがない。すまないというか申し訳ない」

「おいおい、なんで俺に謝るんだよ。それにまだ18歳だろ?彼女がいない奴だってまだ大勢いるって」

「そ、そうなのかな?」壮太はしどろもどろになっていた。

「そうだって。そんなの気にすることないって」

「あ、そうなんだ」壮太は、ほっと胸を撫でおろした。



「一ノ瀬、お前の外見はムカつくけど、良い奴だよなあ」

「おい、外見がムカつくって何だよ?失礼だろ?」温厚な一ノ瀬も、あまりにもストレートな表現に語気を荒げた。

「だってお前、イケメンじゃん。しかも身長が185センチくらいあるし爽やかだ」壮太は壮太で、正義は自分にあるように自論を展開した。

「185じゃなくて186センチだけどな。五十嵐は、どうして俺の容姿にムカつくんだよ?」

「自覚していないだろうけど、お前は俺のゼミでも話題になるほどモテている。だからムカつく。だけど、性格は良い。あれ?だとするとやっぱりお前は嫌な奴なのか?」

壮太は勝手に足し算をはじめ、プラスを足してもプラスにしかならないことにようやく気付いた。



「俺はお前から謂れのないをつけられている気がするんだけど」一ノ瀬は正論で壮太の自論を跳ね返した。

「理解してくれとは言わないが、あれだ、要するに僻みと思ってくれ」結局、壮太は自分の発言の愚かさに気づき、本音を漏らした。

「五十嵐だって良い奴じゃないか。これでも俺はお前を頼っているんだ」

「あーお前がモテる理由がよくわかる。うん、わかった。俺が女子ならやっぱりお前に惚れている。多分、抱かれたいと思うはずだ」

「気持ちの悪いことを言うな!」

男2人だと、どうでも良いことばかりで話がちっとも前進しない。その原因を作っているのが壮太なのだが、壮太はそのことに気づいていなかった。



「話を戻すぞ。俺はゲーム、というか流行りもの全般に関して疎い。だから、早坂のVRMMOというのものがどれだけ凄いのか、よくわからないんだ」

「そうだよなあ」そう言うと、壮太は椅子から立ち上がり、木製の本棚から雑誌を取り出した。その雑誌は早坂と知り合う前から持っていたVRMMOの特集記事だった。

「正直に言うと・・・」壮太はページをペラペラ捲り、「俺にもどれほどのものなのかは検討がつかない」と溜め息交じりに答えた。

「お前にもわからないと俺や高森には全くわからないぞ」

「なあ、一ノ瀬、VRは知っているか?」

「ああ、ヴァーチャルリアリティだろ。俺もそこまではわかる」

「じゃあ、VRゴーグルって付けたことあるか?」

「ちょっと待て、VRゴーグル・・・えーと、映画館で貸し出す奴か?」一ノ瀬はデートのとき、映画館で借りた眼鏡のような、ゴーグルのような物のことを思い出した。

「それは3D ゴーグルだな。でもあんまり違いはないか。ともかく、そのゴーグルの超進化版がVRMMO で遊ぶときに必要になる、専用のデバイスだ」

「わかるようなわからないような。あ、でもやっぱりわからないな」



ツ、ツ、ツ、着信を知らせる音が鳴る。どうやら高森のようだ。

「お待たせ、それで今は何の話をしているの?あ、そう言えば聞いてよ」

真面目な話をし始めると大体、話は元のどうでも良いことに戻ってしまう。

壮太と一ノ瀬は頭をリセットして、高森の話に付き合うことにした。

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