第9話 早坂の狙い
「はあ」壮太は大きく溜め息を吐いた。
「さっきのこと?」
「そうだよ、さっきのことだよ」壮太は忌々し気に言い放った。
学食を出て右に曲がると、校門まで一直線の道が50メートルほど続き、通路の両脇は木々で囲まれていた。そのおかげか、自由に揺れる葉が日除けの役割を果たしている。少しだけ差し込む太陽の日差しを片手で覆いながら、壮太と早坂は校門に向かって歩いていた。
「どうして、お前は余計なことを言うんだよ!」学外が近くづくと、壮太の怒りは爆発した。
「余計なことって?」
「一ノ瀬に、2人で参加しても良いってことだよ!お前は空気が読めないのか?」
「別にそういうんじゃないのよ。うーん、僕としては原田さんと井上さん、2人とも誘うつもりはないんだけどね」
「それなら、一ノ瀬に余計な助言をするなって!」
「だって、ああなっちゃったら断るに断れないでしょ?それに」早坂は興味深そうに壮太を見た。
「それに、なんなんだ?」
歩いてだけで疲労が蓄積されていく。食堂で精神力を削られ、その分を体力で補ってしまったようだ。それほど暑くもないのに、体の至るところから汗が噴き出しているように感じる。
「それに、五十嵐くんがうまいこと断ってくれると思っていたから。こうみえても僕は五十嵐くんを信頼しているんだから」早坂はニッと微笑み、独特のエクボを作ったまま壮太の肩を軽く叩いた。
「ああ、その結果、俺独りが悪者にされた。2人とも意味は違うが、恐ろしい顔で俺を睨みやがった。こんなことなら女性生徒AとBのままで良かった」
「その女子生徒AとBっていうのはよくわからないけど、五十嵐くんは僕の期待に見事に応えてくれた。結果オーライだよ。ありがとう、五十嵐くん」
壮太が2人を参加させないように拒ぶとわかった上で「2人で一緒ならいいよ」と一ノ瀬に言ったのだとしたら、早坂は相当な策士だ。金持ちのアンポンタンと舐めているといつか本当に痛い目にあうかもしれない。壮太は早坂に底知れぬ恐怖を覚えた。
「なあ」壮太は立ち止まり、スタスタと歩き続ける早坂を呼び止めた。
「お前のクラン設立の本当の意味ってなんなんだよ。俺はまだ本当のことを知らない」
「そうだね」早坂は振り返って壮太を見た。
「意味とは違うんだけど、最終的な目標としてはリリース予定のVRMMOのβテストの参加者を集めることだね」
「参加者なら、一ノ瀬や高森さんに拘る理由なんてないだろう?」
早坂は壮太に一歩近づくと「五十嵐くんなら、esportsがいかに世界で注目されているかはわかるよね?」
「ああ、高校の部活にあるくらいだもんな。よく知っているとは思う」
「そこにだよ、ついに専用デバイスで実際に五感を使って遊ぶVRMMOが参入したら、esportsも新たな局面を迎えると思うんだ」
「まあ、そうだろうなあ」
壮太もVRMMOの制作が発表された時点で胸を膨らませていた。試しにVRゴーグル買ってみたがあれとは別格だろう。はっきり言って無駄な出費になった。あれでも充分楽しめるだろうが、壮太が求めているのは別物だ。
早坂は更に、もう一歩壮太に近づいた。
「前にも話したけど、うちの会社も一枚噛んでいるから」早坂は不敵な笑みを浮かべ、独特のエクボを作ってみせた。
「未来の話をするのはいいけど、俺の質問の答えになっていない」
「VRMMO はデバイスがあまりにも高額なのと、初期ロットのことも考えると、遊べる人間は限られた人だけになる。でも、僕たちは参加券をすでに手にしたようなものなんだ!」早坂は興奮しているようだ。だが、熱弁を振うと更に暑苦しくなる
「お前のその特別云々は置いておいて、だったら、もっと詳しい人間を選ぶべきだ。一ノ瀬はゲームに疎いし、高森さんに至ってはアルバイトだぞ」
「それで良いんだよ」早坂は自信あり気に、そう言い切った。
「良くないだろう?」
「いいかい、五十嵐くん、一ノ瀬くんと高森さんに共通していることはなんだい?」
「いきなりクイズかよ?うーん、まず二人とも美男美女、あ、それからゲームの知識がほとんどない」壮太にはそれくらいしか思い浮かばなかった。
「大正解!」早坂は喜びのあまりジャンプをしたが、すぐ横を歩いていた女子生徒が迷惑そうに壮太たちから離れていった。
「あのさ、全然要領を得ないんだけど・・・」
「今からゲームを教えても、あの2人はよくわからないままで成長も期待できないだろうね」
「じゃあ尚更、あの2人に拘る必要性を感じないんだけど?」イライラする。壮太には早坂が何を言いたいのか理解できなかった。
「あのさ、あの2人が全くゲームができないんじゃ困るんだけど、ある程度の知識を持っていてもらいたい。すごく矛盾していると思うでしょ?」
「ああ、矛盾しているな」
「うちのプロモーションというのが、普段ゲームで遊ばない人がVRMMOを体験するとどうなるか?ということに重点を置いているんだ」
「プロモーションって・・・お前それは一枚どころか、がっつり嚙みついているじゃないか。ずぶずぶだな」
「その言い方はやめてよ。まあまあ、とりあえず最後まで聞いてよ。すごく簡単に言うと一ノ瀬くんと高森さんは、そのゲームで遊ばない人に当てはまっていて、おまけに容姿がいい。しかもタレントじゃない」
「イメージキャラクターまではいかなくても、宣伝するのが芸能人じゃなくて一般人であれば、あの2人でも全然問題はないよなあ」確かに早坂の条件にあう。壮太は2人の顔を思い出して、独りで納得した。
「だから、今のうちにあの2人を押さえたわけ。下手でも苦手でもアルバイトでもいいんだよ」
「要するに、あの2人は客寄せパンダ要員か?」
「そこまでは言わないけど、画面映えすると思わない、あの2人なら?楽しそうだけど初心者。ゲームに興味の人でも購買意欲が掻き立てられるだろうね。ただ・・」
「ただ、なんだよ?」早坂は妙に勿体ぶった。
「あの2人で確定しているわけじゃないから。僕と同じようにモデルを探している人は大勢いるし」
「なんだか、勝手にオーディションに参加されている一ノ瀬と高森さんが可哀そうになってきた」そんなことを言いながら、壮太はふと違和感を抱いた。
一ノ瀬と高森は容姿端麗の、普段ゲームをしないし、興味がない見本。
それはなんとなくわかる。
じゃあ、俺はなんなんだ?俺が参加している理由ってなんなんだ?
「お前のネタ晴らしで、一ノ瀬と高森さんが誘われたことは理解した。だったら、俺はどうしてお前に選ばれたんだよ?」壮太はずっと抱き続けてきた疑問を早坂にぶつけた。
「五十嵐くんは、裏の人間だから」
「は?」いつの間にか壮太と早坂は歩くのを止めて、立ち止まって話し込んでいた。
「裏って、どういう意味だよ?お前も大概失礼だよな。なんだよ、じゃああの2人は表で俺は裏の人間なのか?」
「悪い意味で捉えないで。言い換えれば僕はプロデュサーで、一ノ瀬くんたちはタレント、それで五十嵐くんはマネージャー、いいや裏方さんかな?」
「おい!」堪らず壮太は早坂の背中をこずいた。
「痛いなあ。あのさ、じゃあ聞くけど、五十嵐くんは表舞台に立ちたい人なの?目立ちたい人なの?」
「いいや、そういうわけじゃないけど・・・」尻つぼみになる。面と向かってそう言われると壮太は自信を持って「そうだ」とは言えない。壮太なりに身の程をわきまえて生きてきたつもりだった。
「裏方だって立派な仕事だよ。そういう人がいるから演者は輝くことができるんだよ」
「演者ねえ・・・」釈然とはしないが早坂の言う分にも一理ある。確かに目立ちたくはない。壮太の場合は悪目立ちになりそうだと自分で自覚していた。
校門がだいぶ近づいてきた。緑のトンネルの出口に近づいてから、壮太はふと気付いた。
「なあ、お前はいつまで俺と一緒にいるんだ?俺は帰るだけだぞ。まさか一緒に遊ぼうとか、そういうつもりなのか?」
「まさか、僕はそんなに暇じゃないよ」壮太はその物言いに腹が立ち、早坂の肩をもう一度こずいた。
「暴力反対だよ!君をスカウトしたのは正解だったけど、狂暴すぎる!」
「おい、今、スカウトって言ったのか?」聞き間違えでなければ、早坂はスカウトと言う言葉を使ったはずだ。
「うん、下手な鉄砲も数撃てば当たるの理論で。それで五十嵐くんにも当たったというわけ」スカウトから、下手な鉄砲が命中した普通の人。落差が激し過ぎる。
「喜ぶべきか怒るべきか、お前と話とわからなくなる」壮太は色々と考えたが、早坂の真意が未だにわからず混乱していた。
「喜んで良いよ。五十嵐くんに声をかけてどうなるかと思ったけど、合格も合格。花丸合格だよ」
早坂は楽しそうに頭の上で〇を作ったが、壮太には〇ではなく、限りなく✖に近い△にしか見えなかった。
「太郎さん、少しお急ぎ頂けますか?」
ふと、校門の正面に高級車が止まっているのが見えた。壮太は車に詳しくないがエンブレムだけは知っている。あのエンブレムはベンツだ。間違いない。しかも、かなりグレードが高そうに見えた。
「ごめん。すぐに行くから」
「ベンツ、運転手付き・・・」壮太の思考回路はショート寸前だった。
「じゃあ、僕はこれから大事な打ち合わせがあるから、またね」早坂は壮太にバイバイと手を振り、ベンツに乗り込んだ。
「俺、金持ちが嫌いになりそうだ」絞り出した言葉はいつものように、金持ちに対する嫉妬と絶望感だった。
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