第8話 進展なし、進展あり
入道雲が工場の煙のように立ち上り、風でその形をどんどん変えていく。それは綿菓子のようで、またソフトクリームのようでもあり、ときにには連なる山脈のように見えるが、感受性の乏しい壮太にはゴジラにしか見えなかった。
「もう夏だもんなあ」壮太は独り寂しく食堂のテラスから空を見上げて、小さく呟いた。
「なんだか悲壮感が漂っているよ、五十嵐くん」早坂が両脇に缶ジュースを一本ずつ挟み、ジュースを落とさないように内股で歩いてくると、壮太の前の長椅子に腰を下ろした。
「はい、これ」そう言うと、早坂は脇に挟んでいた炭酸ジュースを壮太に差し出した。
「これは僕の奢りだから」早坂は得意気だったが、壮太はジュースを受け取るのを躊躇った。
「お前、なんで脇に挟んでくるんだよ?」
「だって手が塞がっているからしょうがないでしょ?」そう言って、早坂は両手で抱えていた食堂のカレーライスを大事そうにテーブルの上へ置いた。
「まあ、もういいや、こういうのも慣れた」壮太は渋々ジュースを受けとり、自分のTシャツでジュースを拭き取った。
「前々から思っていたんだけど、五十嵐くんって性格悪いよね?」
「さあ、どうだろう、人にもよるんじゃないかな?」
「何それ?僕にだけこういう態度をとるってこと?」
早坂はスプーンを手にすると、カチンとカレーライスの皿を叩いた。
「お前は金持ちのくせにマナーが悪い」
壮太にはこんなやり取りが早坂と知り合ってから、やたらと増えた気がしてならなかった。
「お二人さん、お待たせ」
美男と美女と、その取り巻きが2人。いつもの5人編成で、高森と一ノ瀬が姿を現した。
「一ノ瀬と高森さんって、いつも一緒にいない?」
「そんなことはないと思うけど」
「俺も。たまたま一緒になることが多いだけだ」
ふーん、と壮太は意地悪く2人を見ながら、早坂から貰ったジュースのキャップを回した。
ふと、壮太は違和感を覚えた。
いつもであれば、一ノ瀬と高森は互いが斜めになるように座り、女子生徒AとBが高森の後ろに腰を下ろしていた。それなのに、なぜか女子生徒Aが一ノ瀬の真横に座っている。
一ノ瀬は壮太の訝しむ視線に気づいたのか、「実は俺たち、付き合うことになったんだ」と尋ねてもいないのに答えた。
マジかよ、まだ6月中旬だぞ、いや、もう中旬なのか?どっちでもいいや、お前ら、
もう付き合っているのかよ?
声には出せないが、壮太は動揺し過ぎてジュースのキャップが落としてしまった。転がっていくことでキャップを追いながら、壮太の思い違いでなければ、この2人は明らかに一ノ瀬に好意を抱いていた。2人の熱視線で一ノ瀬が溶けてしまうと思ったこともある。それなのに・・・
「た、高森さんは知っていたの?」
「うん、知っていたよ。だから、好きなら告白してみれば?って言っただけだよ」
ふと気になり、高森の横に座る女子生徒Bの顔を伺うと、嫉妬を隠そうとしているようだが、表情から悔しさが滲みでていた。
高森は高森で、余計な手助けをしたことを後悔したようだ。壮太がA、Bと見比べているその間も俯いたままだった。
この3人は近いうちに3人でいられなくなる。一ノ瀬とAが別れない限り、この周囲を覆いつくす深くてドス黒い霧を晴らすことはできないだろう。
「今更だけど、私は
本当に今更だし、正直いってどうでもいい。壮太はAの名前を原田とだけ覚え、Bの出方を伺うと、Bは自己紹介をする気はないらしく下を向いていた。
この空間にいると息苦しくなる。壮太は早坂から貰った炭酸ジュースを飲み、少し咽た。
ケホッケホッ。「五十嵐くん、汚いよ、はい」黙々とカレーライスを食べていた早坂がハンカチを差し出したが、壮太は「大丈夫だ」と言って押し戻した。
「それで早坂、原田さんはクランに加入できそうか?」
「うんうん、できそうなのかな?」
イケメンと付き合って調子に乗った女子は空気が読めないのか、一ノ瀬と原田は同時に尋ねた。
「うーん、前にも言ったけど、PCの台数の問題とかあるから、今すぐっていうのは難しいかなあ」
よく言った、早坂。壮太は隠れて小さくガッツポーズを作った。
「でも、2人で1台というか、2人で一緒になら問題はないと思うけど、五十嵐くんと高森さんはどう思う?」
どう思うじゃねーよ、この馬鹿!壮太は安穏とジュースに口をつけている早坂を睨みつけ、すぐに高森と視線を合わした。いきなり話題を振られ高森も困惑していた。
「うーん、どうなのかな?私は、ほらアルバイトだから」
高森はうまく切り抜けた。壮太は次に一ノ瀬と原田を覗き見ると、原田の視線が「もちろん、いいに決まっているだろ?」とでも脅迫するような視線が突き刺さり、「あれ、今日って降水確率ってどうだったけ?」と惚けたが、原田からの殺気を消すことができず、話すのを止めて俯いた。
「そういえば、早坂がまとめ役というのは、みんなも知っていると思うんだけど、俺は高森さんの友達のことをよく知らないなあ」解決策は見つからないが、せめて名前を知っておかないと、いざというときに何の役にも立てない。
「俺、君の名前を知らないんだけど・・・」壮太は女子生徒Bと呼んでいた女の子に、顔を引きつらせながら笑みを見せた。
「わ、私は井上・・・」
「ああ、井上さんね。俺は五十嵐。まあ、そんなことは今はどうでもいいのかな?」
「それで五十嵐くんは何を言いたいの?」この息苦しさを感じることができないのか、早坂が不思議そうな顔をした。
「だからさ、どうせなら、井上さんの分も整ってから、ここにいる全員で参加できたらいいなあ、なんてさ」壮太の額から汗が零れ落ちる。怖くて正面が見れず、片手で後頭部をかきながら天井を見上げた。
「私もそのほうがいいかな」高森は壮太の味方についたようだ。高森もこの空気を作ってしまった責任を感じているのだろう。
「えー-裕子、どうして?」」
「だって2人とも早坂くんのクラン?だっけ、それに参加したいって言ってたんだから、そうしないと不公平じゃないかな?どうかな、一ノ瀬くん?」
結論がたらい回しされている。あとは一ノ瀬次第だ。
「まあ、言われてみればそうだよな。どうせなら井上さんも含めてからのほうが良いと思う」
一ノ瀬は正直者で誠実なのだろう。壮太の案に同意してくれた。
「それじゃ、そういう・・・」そこまで言ったとき、壮太は原田が鬼の形相で睨みつけていることに気づいた。いや、でも井上は感謝をしているはずだ。今度は井上の表情を伺うと、「お前なんかが同情なんかするな」とでも言いたげに下唇を噛み締め、やはりこちらを睨みつけていた。
早坂のクランはゲーム内外で俺を疲弊させる。
「うん、それじゃそういうことで」壮太は消え入るような声で呟いた。
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