第7話 余談 高森裕子という女
彼女の名は高森裕子。大学1年生で年齢は現在18歳。
本人は裕子という名前を気に入っていないが、両親が「豊かでゆとりがあるような子供に育って欲しい」願いをつけたそうなので、この名前が嫌だとは言えなかった。
彼女は幼い頃から「可愛い」と言われ続けた。本人にはよく理解できていなかったが、小学校に進学すると友人などから、「裕子ちゃんって本当に可愛いよね」と羨望の眼差しを向けられ、クラスのスポーツ万能の男子が、あるいは人気者ものの誰々が、更には勉強がやたらとできるあの子が、などと彼女に好意を抱いている男子の話を散々聞かされた。
彼女は愛らしい顔をしていると近所のおばさん達からよく言われていた。両親がどう思っていたのかはわからないが、彼女を褒め称える人は多かった。
「裕子ちゃんは小動物みたいな可愛らしさがあるんだよね」それは誉め言葉なのか貶しているのかはわからないが、中学生の同級生にそんなことを言われたことがあった。
身長は155センチとあまり高くなく、体重及び、スリーサイズに関しては本人の意向もあり、ここでは割愛する
高校生にもなると彼女の中で自分の容姿が「私は可愛いのかな?」の疑問が「私は可愛い」と肯定に変わり、やがて「私は可愛いんだから」という自慢と自信に変わった。
高校三年生になるまでに告白してきた男子は8人。付き合った人数は3人。数だけ聞くと大したことのないように思えるが、隠れファンや好きだけど告白できない男を含めると、彼女にとって、さして問題ではなかった。
「裕子ならアイドルにだってなれるよ」
「アイドルグループならセンターは、間違いなく裕子だ」
友人や付き合った男からよく言われた。「そんなことないよ」と言いつつ、話題のアイドルグループを見ては、「私のほうが全然可愛い」と思ってしまうあたりが控え目だったはずの彼女が、いつのまにか高慢になってしまった証拠だともいえる。
ただ、彼女はモテることを自覚していたので周囲には気を配った。妬み嫉みの対象にならないように、常に一歩下がり、自発的に何かを起こそうとはしなかったが、彼女のような人物はどうしても表舞台の、しかも中心人物になりやすく、どうしても目立ってしまったが、皆に優しく接することで好感度を維持することができた。
ただ、常に取り巻きがいた。しかも、自分よりも劣っている、もとい、あまり可愛くない女子が彼女に付き纏った。
大学に入学してもそれは変わらなかった。常に2人が彼女から離れようとせず、彼女にしてみれば「引き立て役」と思ってしまったが、本人たちが気にしていなかったようなので、そのまま放っておいた。
彼女は大学生になっても徹頭徹尾、「あざとい女」にならないように細心の注意を払った。
彼女が中学生から高校生になるとき、TVの特集や雑誌の特集を読み漁り、『あざとい=同性から嫌われる』という図式を頭に叩き込んだ。
彼女は揉め事を嫌い、某歌手の「私のために喧嘩をしないで」というフレーズなど死んでも発してはいけないと誓っていた。
入学して彼女は髪をショートヘアに変え、少しだけ茶色にした。
彼女は髪形に拘りがなかった。どんな髪形でも可愛いままでいわれる自負があった。そして、大学でも「高森って可愛いよな」という男子の声を聞くことが多くなった。
ただ、彼女は高校卒業を期に別れ、彼氏を作る気はなかった。まあ、余程のことがない限りだが。
5月の初旬、彼女は早坂という男子から声を掛けられた。高身長ではなく、顔も十人並み。エクボが陥没しているように見える、あまりパッとしない男だった。
「高森さんには僕のクランに入って欲しいんだけど、ダメかな?」
ダメも何も「クラン」という言葉を知らないし、ゲームにも興味がない彼女は「ごめんね」とやんわり断ったが、早坂は「性能の良いPCを貸すし、時給も出す。これでどうかな?」と言われ、「じゃあ話だけでも」とベンチに腰をかけて、詳しく聞くことにした。
早坂の説明を掻い摘んで説明すると、一緒にゲームをする仲間になって欲しいとのことだった。
「どうして私なの?」彼女は当たり前の質問を投げ掛け、早坂は「高森さんくらい可愛い人がいないとクランがむさ苦しくなるし、花は咲いてこそ意味があるんだ」と後半わけのわからないことを言っていたが、熱意だけは伝わった。
「ところで、時給って?」
「1200円でどうかな?」
「そんなに貰えるの?まさか危ない仕事じゃないよね?」彼女は時給に魅かれ、ろくに確認をとらなかった。早坂に言われるがままに参加して、顔や実名がSNSで拡散されてしまったら、時給1200円で済む問題ではない
「危なくないよ。本当にゲームに参加してもらうだけ。さっきも言ったけど、可愛い女性がいるに越したことないんだ。どうかな?」早坂は二度同じように褒めたが、彼女は不信感を抱き続けていた。
「いくら時給が発生たとしても、続けるか止めるのかは私次第で良いなら、参加するけど」
「もちろん、無理強いはしないよ。じゃあ、これで交渉成立だね」早坂を手を差し出すと握手を求め、彼女はおそるおそる早坂の手を握った。
それから彼女は早坂と少しだけ話をした。
どうやら早坂はかなりの金持ちらしい。会社を経営し、自社ビルやら、マンション経営など両親が手広く商売をしているらしく、嘘を吐くようには見えなかったし、嘘を吐けるようるほど器用にも見えなかった。
「毎日参加して欲しいってわけじゃないんだ。今も人選の最中で、はっきりしたらすぐに連絡するから」と言われ、彼女は早坂と連絡先を交換した。
後日、さっそく早坂から連絡がきて、候補がもう1人見つかったと聞いた。
一ノ瀬渡。聞いたことがあるのも当然だった。彼女の取り巻き2人は一ノ瀬に好意を抱いていて、「どうやったら一ノ瀬くんと仲良くなれるかな?」とそれぞれから相談も受けていた。
あとになって3人目が合流し、それが五十嵐壮太と聞いてもあまりピンとこなかった。印象が薄すぎるのだろう、声は聞いたことがあっても顔が思い浮かばなかった。
高森裕子、彼女はしたたかに育っていた。
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