第6話 支離滅裂
「じゃあ、私は2人を待たせているから行くね」
「俺も授業の前に学生課に行かないと」
高森と一ノ瀬は用事があるらしく、早坂の説明でどこまで理解したのかわからないが、2人で食堂を後にした。「傍からみたら美男美女なのになあ、本当に残念だ」壮太は盛大に溜め息を吐いた。
「それで何、五十嵐くん、何か話があるんでしょ?」
壮太は2人が出ていく前に「ちょっと聞きたいことがある」と早坂に声をかけていた。
早坂は俗にいう「お誕生日席」から、壮太の正面に移動した。
「五十嵐くんは、何が腑に落ちないの?」
「あのFPSのゲーム、何かおかしいって」
「例えば?」
「なんで俺が開幕早々、高森さんに撃ち殺さたのかよくわからない。そんなことってあるのか?」
「ああ、それねえ」早坂は人差し指で頬をポリポリと掻いた。
「あれはね、便利だと思って付けて貰った」
「ちょっと待て、なんだ、付けて貰ったって?」
「いや、知り合いに滅茶苦茶PCに詳しい人がいてね、その人は自作のPCを今までに10台以上制作している、その道のプロなんだ。だから、お願いして付けて貰ったんだ」
壮太は早坂の顔をマジマジと見た。悪意が感じられない、だとすると、こいつは無意識でそんなことをしているということだ。悪いと思っていないから平然と答えられるんだ。
「いいか、要点だけを聞くぞ」
「どうぞ」早坂はブランド物のトートバッグを漁り始め、壮太の質問などどうでもよいように見えた。
「付けて貰ったというのは、意図的に改造したっていう認識で良いのか?」
「どうなんだろう。あると便利だから付けて貰った。それ以上でもそれ以下でもないよ」早坂は探していた教科書が見つかったのか満足そうだ。
「それで、五十嵐くんは何を言いたいわけ?」
「お前、何か目的を間違えていないか?なんだよ、付けて貰ったって?あると便利だとか」
「そう?そんなことはないよ。だって、敵を見つけたら勝手に発砲してくれるなんて楽でしょ?高森さんはゲーム初心者だし、あの機能があるほうが絶対に便利だよ」
「だから、それがチートじゃないのかって言っているんだ!しかも俺は味方なのに撃たれた。味方まで撃つというのはチートというよりも悪質な行為だ」
思い出したくもないが、壮太はオンラインゲームから遠ざかった原因となった光景を思い返していた。あのときも開幕早々、いきなり味方に撃たれた。誤射ではない。明らかに狙われた。そんなことができないはずなのに、なぜかそれができてしまっていた。
「まあ、今回のことは、こっちのミスだね。識別が上手く働かなかったみたい」
「じゃあ、敵味方の区別がついたなら、敵を見つけた瞬間に勝手に発砲してくれるってことか?」
「そうだね。本当ならそうなるはずなんだけど」
「だから、それがチートじゃないのかって言いたいの?お前、俺の言っていることをちゃんと理解しているのか?」
「どうなんだろう、チートになるのかな?」早坂は悪びれもせず、持っていたスポーツドリンクで喉を潤した。
「まさかと思うけど、一ノ瀬の挑発ポーズも後付けか?」
「ああ、あれもちゃんと機能したんだ。恰好良いよね、戦場なのにかかってこい!ってさ」
こいつが変なのか、それとも自分の頭がおかしくなってしまったのか、壮太は瞼に指を当て、しばらく考え込んだ。
「いや、確実にお前が悪い。お前がチーターそのものじゃないか!」
深く考え込む必要はなかった。100人に聞いたら99人は早坂が悪いというだろう。悪くないと答える残りの1人は早坂のように思考回路が狂っている奴だけだ。
「そもそもサーモグラフィーなんてどのチームも持っていたら、参加者全員の場所が丸わかり・・・いや、もしかしてあれもか?」
「あれは凄いよね。待ち伏せもできる優れものだよ」
早坂は自慢気に答えた。
壮太は眩暈がした。金持ちってみんなこうなのか?それともこいつが特殊なのか?壮太は力なく項垂れた。
「あのさ、お前、ダサいクラン名にまで『チートは許さない』ってつけているのに、お前がチートしてどうするの?」
「ダサいクラン名は不本意だなあ」早坂は不満を表すように口を尖らせた。この仕草は癖なんだろうが、可愛くもなんともない。ただ、早坂なりの意思表示だとは理解した。
「事実、そうだろう?語呂は悪いし、言い難いし、センスの欠片もない。ついでにいえば面白くもなんともない」
「五十嵐くんは随分と攻撃的だね。そんなんだと高森さんに嫌われちゃうよ」
壮太は自分の顔だけでなく耳まで真っ赤になっているのがわかった。
「いや、高森さんは確かに可愛いんだけど、ちょっと俺の想像とは違っていたみたいだ」壮太はつい本音を漏らしていた。守銭奴というのは、やはり好きになれそうにない。
「それから、僕がチートしているのかどうかはわからないけど、仮にだよ?仮に僕がチートをしていたとしても、何の問題もないはずだよ」
「どうして、そう思うんだよ?」
「だって正攻法で勝てない相手に、どうやって正攻法で勝てばいいのさ?悪いことをしている奴らを倒すには同じ土俵にあがるしかないんだ。わかるかい?」
「いや、全然・・・うん、やっぱりわからない」
「五十嵐くんには難しすぎたかな?まあ、そのうちに僕の言っていることが理解できるよ」
「そうであればいいな、まあ期待しないで待つよ」
「いずれ君にもわかるときがくるよ」そう言うと、早坂はトートバッグにまた手を突っ込んで何かを探し始めた。
早坂は詐欺師にもなれないだろう。言っていることが支離滅裂だ。オレオレ詐欺を防ぐために、自分も一緒になってオレオレ詐欺を働こうとしているのと同じだと、なぜ気づかない。
「どうしたの五十嵐くん、なんか顔色が悪いけど。保健室に行ったほうが良いかもよ」早坂の手が止まり、心配そうに壮太を気遣った。
保健室で済むなら俺はいくらでも行く。でも早坂、お前は保健室じゃ済まないと思うぞ。壮太は顔をあげ、「大丈夫、俺はな」と答えた。
「ふうん、まあそれならいいけど」早坂はさして興味がないように話を終わらせた。
いや、「ふうん」じゃなくて、少しは自分の神経を疑えと言いたいが、VRMMOの話をチラつかされては、例え壮太が正論を突き付けたとしても、早坂を攻め切ることができない。まるで人質を取られているようで、交渉に応じるじかなかった。
「それで、さっき言っていた、お前のVRMMOの話なんだけど・・・」
「凄いよね!僕は待ちきれないよ!」早坂は明らかに興奮している。そのうちに奇声をあげるか、食堂内でスキップしてもおかしくないように見えた。
「売ってくれとは言えない。俺にそんな金はない」
「もちろん、五十嵐くんは、そんなお金は持っていないだろうね」
いちいち腹が立つ奴だ。怒りを抑えながら壮太は続けた。
「だから貸してくれ。そうでもしないと俺はお前のクランから抜けるぞ」
「うーん、確かにそうなんだよね」早坂は少しだけ考えると「貸すっていうのは現時点は難しいかな。でも体験はできると思うよ。そう遠くないうちに」早坂の含みのある言い方に壮太は興奮を覚えた。
「未知の領域に手を突っ込むんだから、それで良しとしてよ?」
「体験できるだけで充分だ。充分すぎる」結局、壮太は早坂にいいように言い包れていたが、壮太がそのことに気づけなかった。
辞めるどころか、自ら残留を希望した。まさか早坂の口からVRMMOと言う単語をが出てくるとは思ってもみなかった。
しかも、開発に一枚噛んでいるときた。
早坂が嘘を吐いているとは思えない。それは早坂の私物を見れば金持ちの証拠であり、壮太が借りているゲーミングPCも驚くほど高額だった。
「ただなあ・・・こうなると、もう早坂の思う壺だよなあ」壮太は誰に聞かせるわけでもなく独りごちた。
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