第4話 悲惨極まりない
「クランって言ったってたったの4人じゃん。これをクランと呼べるのか?」壮太はデモ画面を眺めながら早坂に愚痴った。
「そもそもクランって何なの?」
高森の問いに答えるだけの力はない。「おい、早坂、説明」と単語だけ並べた。
「クランっていうのは何て言うのかな?団体?違うなあ、ギルドもそうだけど、組織かな?」
「ああ、そうなんだ」絶対にわかっていない、高森の反応もそうだが、早坂も実はよくわかっていないじゃないかと壮太は疑った。
「ところで、そのクランとかってやつ、名前あるのか?」
一ノ瀬の問いに、早坂は待っていましたというように喜んで答えた。
「僕たちの今回のクラン名は『チートは許しませんです』だよ。それはどのゲームでは変えるつもりはないんだ」
なんだそれ?ダセえ、語呂が悪い、センスがない、壊滅的に面白くない。不満が蛇口の壊れた水道のように溢れ出て止まらない。壮太はすでに消耗していた。
「ねえ、チートっていうのは何なのなの?」高森と一ノ瀬の質問が被る。
「あ、ごめん。一ノ瀬くんが聞いて」
「気にするなって。多分だけど、チートっていうんだから、動物の仲間じゃないか?違うのか?」イケメンは馬鹿なのかもしれない。おそらく「チート」と「チーター」を混同しているのだろう。ああ、嫌になる。壮太は額に手を当てて項垂れた。
「チートっていうのは不正行為だよ。卑怯な方法で勝つ奴には負けないっていうのがうちのクラン方針なんだ」
「おお!」一ノ瀬が感嘆の声をあげ「それは許せないよね」と高森は感心している。
こいつら、本当にダメかもしれない。壮太は腹を括ることにした。
「早坂、俺は操作方法がわからないんだけど」
「私も」
「あのさ、俺も借りたばっかりのPCで、操作も何もわかっていないんだけど」
「一ノ瀬くんと高森さんには、おいおい説明するね。それで五十嵐君はプレステを持っているよね。そのコントローラーが使えるから」
エコだな、と壮太は毒づく。とりあえず早坂の指示に従い、PCと寿命を全うしたプレステのコントローラーを同期させた。
「私たちはどうしたらいいの?」
「2人には今度コントローラーをあげるから、今日はキーボードとマウスでやってみて。わからなくて当然だから」
コントローラーをあげる、解せない。
わからなくて当然、じゃあどうして誘ったんだ?解せない。
いつからこの狂ったクランは活動しているのだろうか?壮太の脳は更に消耗を続けた。
「これ、矢印ボタンとかでいけるんじゃないの?」
「ああ、そうか!」
高森と一ノ瀬の自由気ままな会話が終わると、「それではスタート!」と早坂が奇声に近い叫び声をあげた。
一人称視点なので、酔う人は画面酔いするだろう。壮太は初めてFPSに挑戦し、調子に乗ってジープを走られさていたときに吐き気を催し、結局吐いた苦い記憶を思い出していた。
「4人パーティーだけど、3人は自由に動いていいよ。僕は高台から援護する」
「cheat」という名のキャラクターが一人で高台に向かって走りだす。その名前だとお前がチーターだぞと突っ込みたくなる。
早坂が言うには、このパチモンのようなゲームは、1チーム4人で全部で4チーム、計16人で競うらしい。
4キャラとも早坂が用意したようで、装備はある程度整っていたが、名前がsub1、sub2、sub3というのが気にくわない。
不満しかでてこないが、壮太はコントローラーを動かして感覚を掴む。構えて打つ。屈む。武器を変える。これならなんとかなるかもしれない。パチモンのゲームだろうがなんだろうが、ゲーム好きを公言できる壮太は負けたくなかった。
ドスン、突然、鈍い音が鳴り、壮太のキャラが地面に這いつくばる。画面には血文字で「you dead」と、ご丁寧に蘇生までのカウントが表示されていた。
「え?どこから撃たれた?」開戦したばかりで、まだ敵を見つけていない。見つかってもいないはずだ。バグか、いやバグにしてはあまりにも正確すぎる。だとすると、スナイパーから狙い撃ちされたのか?
壮太が熟考していると「あ、ごめん」と高森の声が飛び込んできた。
「そのsub3って五十嵐くん?ごめんね、操作がよくわからなくて」
「もしかして、俺を撃ったのって高森さん?」
「うん、でも悪気はないから。本当にごめんね」
やられた、まさか味方に開幕早々に撃ち殺されるとは思ってもみなかった。
「わかった。わかったから俺を助けて。アイテムに蘇生キットがあるはずだから、それを使って」
「わかった、今行くね」sub1のキャラが行ったり来たりを繰り返している。やっぱり駄目だ。とんでもない有様だ。待っていても一向に来る気配がない。
「ごめん、操作がよくわからなくて」
酒に潰れて千鳥足になったような高森のキャラが、やっと壮太の目の前まで近づいてきた。
「俺も詳しくはわからないけど、アイテムを選んでみて。蘇生キットっていうアイテムを持っているはずだから」
「やってみる」すると高森のキャラが屈み、なぜかハンドガンを取り出して壮太に銃口を向けた。
「ちょっ、待って。違う違う、そうじゃ、そうじゃない」後半が歌の歌詞になっていることさえ気づかないほど壮太は焦った。
パン、パン、パン、乾いた音が3回鳴る。壮太の制止を振り切り、無情にもハンドガンが火を噴いた。しかも3回も。
「なんで味方に止めを刺すのさ?」壮太は泣きそうになっていた。
「ごめんなさーい、本当にわからなくて」そう言って、また高森のキャラが千鳥足で明後日の方向に歩き出す。
「おーい、高森さーん。もういいや、一ノ瀬、俺を助けてくれ」
一ノ瀬の操作キャラであるsub2は、なぜか仁王立ちをしていた。
「わかっているんだけどさ、なんだよこれ?」
ババババン、あちこちで銃声が鳴り響ている。やばい、本格的に始まったみたいだ。
どうやって入手したのかわからないが、所持しているアイテムの効果で敵の位置がサーモグラフィーでわかった。
「一ノ瀬、後ろから2人来ている、屈め」
「了解」
一ノ瀬のキャラがゼンマイ仕掛けの玩具のように、ぎこちなく動く。
「そうそう、そこで屈む」
「よし、ここだな」
一ノ瀬のsub2はなぜ敵の前に出て、ブルースリーよろしく、「こっちへこい」という手招きをして、なぜか挑発行動を始めた。
バン、当たり前のように一ノ瀬のキャラも地面に倒れた。
「どうして無防備に飛び出すんだよ!」
「いや、俺にもよくわからない。難しいな、ゲームって」
難しいも何も、どうして銃撃戦のゲームに格闘戦のような挑発がついているのか理解できない。あんなジェスチャー必要ないだろ?やっぱりパチモンだ、このクソゲー。
「みんなの状況は?」高森のお気楽な声が聞こえる。
「死亡中」と一ノ瀬。「俺は止めを刺された」と壮太は嫌味は言い、「私だって撃たれて死んじゃっているんだから、そういうことを言わないでよ」と高森は完全に開き直った。
「ところで早坂はどこ?」
「さあ?」「どこにいるんだろうね?」
呑気なものだ。開幕早々4人中3人がこの状態では最下位まっしぐらだ。
「早坂、援護するんじゃなかったのか?」壮太はマイクの音量をあげて大声をあげた。
「五十嵐くん、うるさい。今、そこの敵を片付けるから待っていて。スナイパーは常に孤独なんだ」
早坂はいつも何かしらからパクっている気がしてならない。「それで、お前はどこにいるんだよ」
「だから塔の上だって」早坂からの返事と同じタイミングで壮太のキャラが生き返る。
「早く助けろって!」
「任せて!」早坂は矢でも鉄砲でも持ってこいと言わんばかりに威勢よく返事をした。
その直後のことだった。けたたましい爆音が聞こえ、早坂がスタンバイしている塔にひびのような亀裂が入る。どうやら建物ごとRPGで撃たれたようだ。ガタガタと見るも無残に崩れ落ちていく様を壮太は呆然と見つめていた。
「あれ絶対チートだよ。あの倉庫から貫通してきたはずだよ」死亡状態の早坂は憤慨していたが、「いや、RPG担いでいる奴がいたぞ」と壮太は力なく答えた。
ガガガ、蘇生したばかりの壮太のキャラが近距離からマシンガンに撃たら、壮太のキャラはまた地面に倒れ込んだ。
「今度は敵からか・・・まあ、味方から撃たれるよりはマシか」
何もできない、同士討ち、飛び出し挑発、経験者且つ傍観者は建物と同時に木っ端みじん。
「ねえ、RPGって何?」
「誰か助けろって」
「許すまじ、チーターめ!」
壮太は黙ってヘッドセットを外してPCの電源を落とした。駄目だ。話にならない。返そう。このPCをは確かに高性能だが無用の長物だ。出費は痛手だが、新しくPS4を買い直せばいいだけだ。
それに、まだ学生生活は始まったばかりだ。
壮太は肩を落とし、すごすごとトイレへ向かった。
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