第3話 やる気があるのは一人だけ
ジリリン、ジリリン、スマホが鳴っている。壮太は手を伸ばしてスマホを探すが見つからない。ゴトン、何かがフローリングの床に落ちる音がした。
壮太は寝ぼけ眼を両手で擦りながら、呼び出しを止めないスマホを探す。こんなことを繰り返しているせいで、壮太のスマホは傷だらけだった。
「もしもし・・・」
「五十嵐くん、もしかして寝てた?」
壮太は「ふうん」と空気のように頷いた。
「たるんでいるよ、みんな準備が整っていて、あとは君だけなんだから急いで」
はああ、と体をほぐすように伸びをする。早坂から借りたPCが置いてある勉強机に向かうが、寝ぼけているせいで足がふらつく。まるで宙を浮いているようだ。
「ほら急いで」スピーカーにしたスマホから早坂が急き立てる。
「わかった、わかったから、急かすなって」言われた通りヘッドセットを装着する。
「はい、つけたよ」PCの灯をがともり、気のない返事をする。スマホは切っておこう。壮太はもう一度大きな欠伸をしてスマホを机の端に置いた。
「五十嵐くん?」
は?女性の声がする。これは幻聴か?それともまだ寝ぼけているのか?
「わかる?私、同じゼミの高森、高森裕子だよ」
「え?」混乱する。
「どうして高森さんが?」
「どうしてって?早坂くんに誘われたから?」
「え、高森さんってそんなにゲーム好きだったの?」意外だ。壮太は裕子の声で目がすっかり覚めて、むしろ冴えきってきた。
「別に好きじゃないよ」裕子のトーンは至って冷静で、その口調が本当であること確信させる。
「それならどうして?」
「さっきも言ったけど早坂くんから誘われたから、というかこれアルバイトなんだ」
「はああ?」混乱が更に広がる。
「おい、太郎」
「だから名前はで呼ばないでよ」早坂が不機嫌そうに答える。口を尖らせているのが容易に想像できた。
「おい、早坂、高森さんのアルバイトってどういうことだ?」
「言葉通りのままだよ」高森が早坂の代わりに答えた。
「早坂くんのゲームに参加するっていうアルバイト。ちなみに時給は1200円だよ」
頭が痛くなり壮太は一度ヘッドセットを外し、髪の毛を掻きむしる。
「何か問題がある?」「そうだよね?別に風俗とかじゃないし」
早坂と高森のやり取りが壮太の常識の概念にヒビをいれていく。
「高森さんは可愛いし、女の子が1人はいないとむさ苦しいでしょ?」
早坂は臆面もなく高森を褒め称え、「ありがとう」と普通に照れている高森にも違和感というより嫌悪感を抱きそうになった。
「おーい、俺の自己紹介は?」今度は聞き慣れない男の声が割り込んできた。
「五十嵐だっけ?俺は一ノ瀬だ、よろしくな!」
一ノ瀬、聞いたような聞いたことがないような・・・
「ゼミが違うからわからないか?俺は小川ゼミの人間だから」
小川ゼミ・・・一ノ瀬、連想ゲームのように思い出して繋げていく。
わかった。一ノ
「なんで一ノ瀬くんが?」
「呼び捨てでいいよ、五十嵐」イケメンはどこまでも爽やかだと壮太は痛感した。一ノ瀬は白い歯を見せて親指でも立てているのかもしれいない。壮太の貧弱な想像力では一ノ瀬がそういう仕草をしていて、それこそがイケメンがとる言動や行動であると偏見を持っていた。
「じゃあ、一ノ瀬はどうして参加しているの?」
「俺も元々ゲームに興味がなかったんだけど、早坂がPCをくれるっていうからさ」
「は?くれる・・・おい、太郎」これは重大案件だ。
「五十嵐くんは意地が悪いよね、そんなんだから友達ができないんだよ」
早坂は忌々し気に答えた。
「ごめん、俺ちょっとトイレに行ってもいいかな?」そう言って壮太は一度ヘッドセットを外して、スマホを持って早坂に電話をかけた。
「なんなの、トイレに行くんじゃなかったの?」早坂は不機嫌そうに答えた。
「いいから、一度ヘッドセットを外せって」壮太はなるべく二人に聞こえないように小声で訴えた。
「なんで?」
「なんでもだ」
「ごめんね、高森さんと一ノ瀬くん、ちょっと待っててね」
がちゃと機械の音が聞こえる。どうやら壮太の言う通り、とりあえず言うことを聞いてくれたようだ。
「早坂、今日は何も言わずに付き合う。ただ、どういうことか説明しろよ」壮太の言葉の節々に悪意が満ち溢れていた。
「なんか説明しなきゃいけないことがあったっけ?」
早坂を甘くみていことを壮太は心底後悔した。
要するに、高森は金で釣った。
一ノ瀬は物で釣った。
じゃあ、俺はなんなんだ?
可愛い女の子にイケメンに金持ちに、そこに情けか嫌がらせで平凡な男を一人、いや、モブ要員として加えたのか?
壮太は自分の脳のCPUが足らず、プレステ同様に故障しそうになる錯覚に陥った。
「おーい、五十嵐くん、大丈夫?」早坂が呼んでいるが、腹が立って仕方がない。
「いや全然大丈夫じゃない。全部お前のせいだ」
「言いがかりはやめてよ。話は明日聞くからとりあえず、今日はこのまま参加してよ」
「なあ、クランメンバーってもっと増やす予定はあるのか?」念の為に壮太は確認した。
「そりゃもちろん。前にもそう言ったでしょ?」早坂は自信満々に答えた。
その基準ってなんなんだ?と聞き返しそうになり、壮太はぐっと言葉を飲み込んだ。
「わかった。今日は参加する。あくまでも今日は、だからな」
「いちいち棘があるんだよね、五十嵐くんは。そんなんだから友達が・・・」
勢いよく通話終了のボタンを押す。早坂の嫌味を我慢して聞き流し、黙って壮太はヘッドセットを装着した。「お待たせ、二人とも」画面越しには見えないのに、壮太は気持ちの悪い愛想笑いをしていた。
「今日は五十嵐くんの希望で、シューティングゲームに参戦します」
「シューティングって何?」高森は、のほほんとした調子で尋ねてきた。
「あれだろ?戦闘機で撃ち落とすんだろ?よくゲーセンにあるやつ」一ノ瀬は得意気だが完全に勘違いをしている。
「いいや、簡単にいえば戦争だよ。武器で撃ち合う」
「それって人を殺すやつだよね?」高森は嫌だなあ、とため息を漏らした。
「いや、あなたはアルバイト代をもらっていますよね?」と言いたくなるのを壮太は両手で口を押さえて我慢した。
「高森さん、所詮ゲームだから」と呑気に一ノ瀬が言い、「お前はPCを貰ったんだから少しは頑張れよ」と罵りそうになるのを、壮太は机に額に押し付けて消しゴムで消すように頭を擦らせた。
「まあまあ、お二人はビギナーだからそんなに気をわずに。今日は五十嵐くんと僕でお手本をみせるから」
「五十嵐くんって、こういうの得意なんだ?」
「頼むぜ、五十嵐」
頭がおかしくなりそうだ。この二人は完全にど素人で、自分だってPCのオンラインゲームは初めてなのに。壮太は悶絶するように体をくねらせた。
「それではお三方、ゲームを起動してください」楽しそうに早坂が号令をかける。
流暢な英語で「コールオブフィールド9」とアナウンスが流れる。やっぱりパチモンにしか思えない。
クランバトルというよりパーティ戦だが、すでに終わっている。
さあ、惨劇の始まりだ。壮太はマウスを上手くつかめないほど力が抜けきっていた。
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