君こそがバケモノ

ウワノソラ。

触らぬ神に祟りなし

 ――深夜一時。寝付けなくて散歩に出ていたタカシは、悲鳴をあげそうになった。


 ちょうど街灯の下近くを歩いていたときだ。赤ん坊ほどの大きさをしたがおぼろげに照らされ、うつ伏せに転がっていた。

 頭の頂点が白く目立っているなと思いながらよくよく目をこらしていると、小皿ほどの禿げがざんばら頭の中心で光を集めていることに気付く。

 続いて視線を移すと、地べたにのびた手足が緑色をしているように見えた。


〝触らぬ神に祟りなし〟という言葉が浮かんだタカシは、何も見なかったことにしてその場を立ち去ることに決めた。


 そっと通り過ぎようとしたとき、蚊の鳴くような声がしたのでぎょっとして振り向くと、虚ろな目がタカシを舐めるように見上げていた。


「すみません。頭の皿に、水をかけてくださいませんか……」


 言葉に詰まっていると、お願いしますと恭しい声がした。


「ちょっと、そもそも皿ってなんなんだよ」

「頭のてっぺんにある、白く見えるものがあるでしょう」


 指でさして言いながら、そいつは苦笑いする。


「そこ、禿げてるよな」

「これが皿なんですって」


 皿と主張されたそこは、不自然なほどなだらかに窪んでいた。


「なんで、その皿に水をかけなきゃなんないんだよ」

「それは……その」


 そいつの舌が口のなかでもつれた。


「何か変なんだよな。喉が渇いてるとかだったら、水をくれでいいじゃないか」

「あなたは察しが悪いのかもしれませんね。まあそりゃ、信じようにもすぐには難しいでしょうけれど」

「だから、何がだよ」


 タカシは、迂遠するような言い回しに声を荒げた。


「あなただって薄々気付いてるはずですよ。わたしがそもそも人間じゃないってことが」


 静観する虚ろな目を見返すついで、タカシはそいつの身体を見まわした。


 ――緑の身体で、頭には窪んだ皿。口先はくちばしのように尖っていて、背中に乗っているのはでっぷりとした甲羅……。皿に水をかけて欲しいと懇願し、こいつは自らを人間じゃないと言う。

 そのままの憶測でいくと、こいつは妖怪の〈河童〉ということになるのだろうか。


 半身をひいて逃げ腰になりかけるタカシに、そいつが上ずった声を出した。

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