51話 エピローグ

 学園に現れた災悪・悪魔バティンはねねねたちの活躍で魔界へと帰された。

 バティンによって学園が受けた傷は浅くはなかった。校舎は破壊され、一部魔法的な価値の高い備品などが破損し、悪魔との戦闘においては多数のけが人を出した。また事件の最初の犠牲者となったある一人の少女の死は重く、深いものとなった。


「にあちゃん……」


 ねねねは夢を見ていた。

 にあが生きていて、一緒に学校に通い、魔法の勉強をして、時に笑い、時に喧嘩をし、またすぐに仲直りする、そんな悲しい夢だった。


「ん、んん……」


 目が覚めると、見慣れない真っ白な天井が目に入った。

 

「あれ? ここ、どこ?」


 ねねねは涙で濡れた目を擦り、周囲を見渡す。ねねねは見慣れないパジャマで、白いカーテンに覆われたベッドに寝ていた。


「あら? 目が覚めた? カーテン開けるわよ。どこか痛いところはない?」


 白いカーテンが引かれ、現れたのは白衣を着て魔女の三角帽子を被っている、なんだかチグハグな格好をしたふくよかな体型の女性だった。


「あの、ここは?」

「ここは学園の保健室で私は保健室の先生。あなたは生徒の中で一番酷い怪我で、手と腕に酷いやけどを負って昨晩ここに泊まったのよ」

「あ、やけど……。あ、あれ?」


 ねねねは焼けただれていた両手を見てみる。しかし、まるで無かったかのようにキレイに治っていた。


「私の使える最大出力の治癒魔法を使ったわ。大したもんでしょう? 他に痛いところはない?」

「あ、はい。大丈夫です! あの、他の生徒たちは? アルトちゃんと真菰ちゃんは?」

「他の子たちは大した怪我じゃなかったから、治癒魔法で治療を受けて、昨日のうちに帰って行ったわ。最後まで心配して付き添ってくれた金髪の子とローブの子も保護者が心配するからって帰したわよ。そろそろ登校時間だからここに来るんじゃないかしら? あなたも、今日は終業式だから支度をしなさい」


 先生はそう微笑んで、折り畳まれた制服と真新しい下着を出してくれた。そして、「私は隣の事務室にいるわ。そこの洗面台で使って」と室内にある洗面台にタオルを置いて部屋から出て行った。


(こんなことがあった後なのに終業式はやるんだぁ……)


 ねねねはあっけに取られたまま、洗面台で顔を洗おうと洗面台の前に行った。解けていた髪をツインテールに結って顔を洗い、何気なくそのまま着替えをしようとパジャマを脱いだ。

 ふと洗面台の鏡に映った自分の姿が目に入った。運動部をやめたせいか日焼けが薄くなって肌が白くなり、またずっとバトルを繰り返してきたせいか体を引き締まっている気がした。


(二学期だけで変わったなぁ。それに、何か胸もお尻も出た気がする)


 入学式前は腕も足も細くて少年のような体付きだと思っていたが、少女らしい、しなやかで凹凸のある体つきになっていた。


(なんか、女の子っぽくなって、魔法少女らしくなった?)


 下着一枚で体をくねらせ、魔法少女っぽいポーズをとってみる。左手はピースサインを出して右手にステッキを振りかざし、ウインクをしてみた。


「ねねねちゃん! 目が覚めた!?」

「ねねねサン! 生きてるデスか?」


 ガラッと勢いよく保健室の戸が開き、ねねねは下着一枚でポージングをしているところでアルトと真菰にご対面してしまう。


「あ……。ご、ごめん。何かの練習?」

「き、着替え中だったのデス? 失礼しました」

「ひ、ひゃあぁぁぁっ!!」


 ねねねは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして、体を隠すようにその場に座り込んでしまう。その悲鳴に驚いて、アルトと真菰は慌てて部屋を出た。


「……え? あれ? ねねねちゃん何かいつもと反応違わない?」

「ねねねサン、セクハラするのは好きだけどされるのは苦手って言ってたのデス」


 二人はねねねの思わぬ反応に頬を赤くして、悶々とした気分のまま部屋の前で待っていた。すると保健室の戸が開いて、制服に着替えたねねねが無言のまま出てきた。


「ね、ねねねちゃん?」

「お、怒ってるデスか?」

「ううぅ、裸見られちゃった。中二病っぽいポーズも見られちゃった。もうお嫁に行けない! 二人とも責任取ってもらうからね?」


 反ベソになって訴えかけるねねねに慌てふためくアルトと真菰。


「え、えぇぇ……? 散々バトル相手をひんむいてきたねねねサンが言うデスか!?」

「わ、私たちだって見られてるからおあいこだよ……」

「じゃあ私が二人のことお嫁にもらうよ!?」

「ね、ね、ねねねちゃん! 女の子同士でそんな! で、でも、わ、私、お嫁さん側なら……」

「どさくさに紛れて、まんざらでもないことを言ってるのデス!」


 いつものようにいちゃつき始めたねねねたちに、保健室の先生が呆れた様子で声をかける。


「あらあら、随分騒がしいわね。もうそろそろ予鈴がなるわよ?」

「え? もうそんな時間?」

「ねねねちゃん、行こう!」

「急ぐのデス」


 二人に連れられて、ねねねは教室へ急いだ。


 バタバタと急いで教室に入り着席したところで、中井先生が入ってきてホームルームが始まった。


「おはよう。昨日の悪魔との戦い、ご苦労だったわね。大きな怪我人もなく何よりだったわ」

 

 中井先生から昨日の悪魔事件のこと、事件の始まりに生徒が悪魔に取り憑かれ、また別の生徒が一人自殺に追い込まれたことが話された。そのことを調査の為に口外無用の魔法契約書で生徒たちの口止めを図っていたことも併せて話される。


「え? あれ? そうだ、私、契約書書いた」

「事件の調査があるからって、あ! こんな風に忘れちゃうんだ」


 魔法と効果が切れたのか、生徒たちは口々に驚きの声を上げる。


「そして、その外道悪魔はあなたたちの力で撃退した。あなたたちは素晴らしいことをしたと褒め称えます。良くやったわね!」


 中井先生のその言葉に生徒たちは誇らしげな顔になる。しかし、ねねねだけはにあのことを思い出してしまい、少しだけしんみりした気持ちになっていた。


「……この後は終業式だが、……轟ねねねっ!」

「ひゃ、ひゃい!」


 ねねねは完全に油断していたところを中井先生に指された。


「まったく、悪魔事件解決の立役者がぼんやりするな。これでランキング序列一位だからな……。終業式、壇上でお前が挨拶をすることになっている。なんか考えとけよ」

「え? えぇぇーーーっ!?」


 中井先生はなんの説明もなくそう言い放って、教室から去っていった。

 中井先生がいなくなった教室で、ねねねは目を白黒させながらアルトに疑問をぶつける。


「ね、ねぇ、アルトちゃん。な、なんで私なの?」

「あ、あはは、この学校変わってて終業式ではランキング序列一位の生徒が挨拶することになってるんだよ」


 アルトはぬけぬけとそんなことを言ってくる。


「き、キコちゃん先生、なんでそれを今日言うの?」

「だって、昨日ランキング序列一位になったから?」

「えぇぇ……」


 全校生徒の前に転校して四カ月の一年生がそんなことをして反感を買わないか、ねねねは不安で仕方なかった。

 ねねねはすぐに何を話したら良いかアルト、真菰に相談した。三人で話し合っているとあっという間に終業式の時間になってしまう。


「頑張って! ねねねちゃん!」

「ファイトなのデス!」


 二人にそう送り出され、ねねねは体育館の壇上のわきにあいさつの為に待たされていた。生徒たちが体育館に集合してきて、ねねねの緊張も高まってくる。


(うー、何を言っても笑われそう。序列一位のりもちゃんに挑んだ時より緊張する)


 校長先生の話、校歌斉唱、教師からの休み中の注意事項など、普通の中学校と変わらぬ流れで終業式が進む。そして、


「続きまして、魔法模擬戦ランキング序列一位・一年の轟ねねねさんよりご挨拶です。轟ねねねさん、お願いします」


 ついにねねねの出番になった。ねねねはカチンコチンに緊張しながら壇上の上に立った。目の前には全生徒三百六十名プラス教師陣が並んでおり、ねねねの緊張を一気に引き上げた。


「こ、こんにちは。一年の轟ねねねです」


 とりあえず挨拶をしてみると、


「声が小さいぞ! 自信持て! ランキング序列一位!」

「みんな知ってるデスよ!」

「ねねねちゃん! 頑張ってー」


 やじなのかエールなのか、デインや真菰、アルトの声が聞こえて、ねねねは少しだけリラックスできた。


「えぇ、こほん。昨日の悪魔とのバトルでは力を貸してもらい、ありがとうございました。皆さんのお陰で何とかすることができました。魔法少女ランキングで一位になれたのも、頼れる仲間と、先輩方のご指導のお陰です。本当にありがとうございます!」


 ねねねは感謝の気持ちを込めて深々と頭を下げた。その気持ちが伝わったのか、生徒たちの反応は寛容だった。


「私が序列一位を志したのは、この学校の一年で私の友人の鷺ノ宮にあちゃんが夏休みに自殺したことがキッカケでした。誰に聞いても知らない、誰もそのことをわからない、その真実を知るため序列一位になろうと思いました。一位になれば真実の鏡を使うことが出来ると聞いたからです。しかし、その真実は序列一位を目指す中で、悪魔の仕業だと知りました」


 シン、と体育館が静まり返る。

 後でアルトと真菰から聞いた話だが、渋谷りもは自ら先生たちに全てを話したという。どんな理由があれ、クラスメイトを死においやった罪は重い、とその日のうちに停学になったと聞いた。


「鷺ノ宮にあちゃんは、悪魔から友達を守るために抗い、悪魔にこれ以上魔力を与えて強大化しない為に、自ら命を落としました。だから、私はそんな友人を誇りに思いたいと思います。そして、この冬休みに彼女の家の仏壇で『にあちゃんは友達と学校を守った最高の魔法少女だよ!』って伝えたいと思います!」


 パチパチ、と事情を知る何人かの生徒が拍手をした。

 

「ありがとうございます。最後に! 今からランキング序列一位になった特権で宝具を使用したいと思います。これは数ある禁呪書の一つで一年に一度だけ使うことができる『スクール・ルールブック』です。使えば学校の校則を一つだけ変えることができる禁断の本です」


 ねねねのその発言に生徒だけでなく、先生たちまでが「なんだ?」「あの生徒は何をしようとしてるんだ?」とざわつき始める。


「私は、この事件の発端になった魔法少女ランキングをこの学校の校則から消滅させます!」


 ねねねのその一言で、体育館の中は大騒ぎになった。それに命を懸けていた生徒、これで進学や就職の有利な条件を得ようとしていた生徒、あれのせいで悲しい思いをしていた生徒、怒り、喜び、悲しみで混乱する中、ねねねは序列一位だけが使える特権でその本を呼び出した。

 難しい魔術文字と魔法陣に彩られたその本をねねねは開く。


「ルール・ブック、国立・魔法教育女子専門学校の校則改定! 魔法少女ランキングを校則から廃止する!」


 ねねねがそう命じるとルールブックから光があふれ、生徒たちの持っていた生徒手帳もポケットから飛び出した。ルールブックから出た光にランキングのページが削除されていく。そして、改訂された生徒手帳は元の持ち主の元へ戻っていった。

 ねねねも自分の生徒手帳を開き、ランキングのページがなくなったことを確認した。


「以上を持って、元ランキング序列一位・轟ねねねからのあいさつを終わります! ありがとうございました!」


 ねねねは深々と頭を下げて、壇上ならさっと退いた。


「な、な、なんてことしてくれたんだーっ! アイツーっ!」

「はっはっはっ、やられたね。まぁ、これも一興かな?」

「ねねねちゃん、ずるいよ。せっかくねねねちゃんへリベンジ狙ってたのに」


 歓声やブーイングで大騒ぎの中、ねねねは逃げるように体育館を抜け出す。


(せっかくランキング序列一位になったのに、ちょっともったいなかったかな? でも、私には序列一位よりずっと大事なものができたから。これで良かったんだよね? にあちゃん?)


 ねねねは仲間の顔を思い、晴れやかな顔で一人教室へ向かった。阿鼻叫喚の中に終業式は閉式する。

 ねねねが教室で闇討ちされないように、いそいそと帰る準備をしていると、


「あ、ねねねちゃん。今日はまだ大掃除あるよー」

「あー、ごめん! そうだったね!」


 ねねねは先生にまで目をつけられてはたまらない、と慌てて席についたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

轟ねねねのチート破り‼ 珀花 繕志(ハッカ) @hakkazen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ